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 高校時代の終わった、少し未来の話――。
 今まで接点のなかった二人が、些細なきっかけで交錯しあう。
 その間に生まれる感情は、ビターチョコのように苦くて甘い。
 
 
 
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第一章
「はあ」
 祐麒はまさかこの人から祝いの言葉をかけられる日がくるなんて、と思いながら、熱いモカを口に含んだ。
 
第二章
「で、例のものは買えました?」
「もちろん、この通り」
 聖さんはニッと笑うと、小さな紙袋を持ち上げた。
 
第三章
「というわけで、この際だから祐麒の部屋のガサ入れを始めようと思います」
「というわけの意味が分かりませんけど、お断りします」
 祐麒がきっぱり言うと、聖さんはまた口を尖らせた。
 
第四章
「で、祐麒の好みは?」
「へ?」
 一瞬、聖さんが何を言っているのか分からなかった。
 
第五章
「ああ、これ」
 聖さんはスカートを軽くつまみ上げると、ほんの少しだけ照れくさそうに言った。
 
第六章
「あの、聖さ――」
「聖、でしょ」
 聖さんが小さな声で制した。だけど年上の人を呼び捨てにするのって、これが中々難しい。
 
第七章
「祐麒ってさ」
 切なげに揺れていた瞳が不意にこちらに向けられて、祐麒は動揺を隠した。
「本気で人を好きになったことって、ある?」
 
第八章
「あら、お久しぶりね」
 ああ、覚えていてくれたんだ、という間の抜けたことを考えた後、どうしてこの人がと混乱した。いや、動揺と言った方が正しいかも知れない。
 
第九章
「ほーら、祐巳ちゃーん」
 きゃあきゃあと祐巳のやかましい声が聞こえて顔を上げると、聖さんが筒型の手持ち花火を上に向けながら、祐巳を追い掛け回していた。
 
第十章
「ま、オッケーなら早速行きましょ」
 聖さんは残っていた少しのコーヒーを飲み干すと、背の高い椅子から立ち上がった。外はまだ日が高く、九月と言えど影ははっきりと濃い。
 
第十一章
「別にいいです」
「ちぇ、さっきから可愛くなーい」
 それを言われるのは、今日二度目だ。
 
第十二章
「それって、ふてぶてしくなったな、って言いたいわけですか?」
「違う。ただ単に予想が裏切られて嬉しいって話さ」
 そうですか、と祐麒は相槌を打って、また流れる景色に視線を戻した。
 
第十三章
「ちょっとごめん」
 大して喋ってはいないけれど、一応会話していた輪からそう言って抜け出した。急に会話から抜けた祐麒を、瞳子ちゃんは不思議そうに見ていた。
 
第十四章
「いらっしゃいませーぇ」
 マスターの間延びした、相変わらずの「いらっしゃいませ」が聞こえた後、背後で席を探す気配がした。そして間もなくして、祐麒の隣の椅子が引かれる。
 
第十五章
「別に言ってもいいけど?」
「じゃあ、聞かないで置きます」
 分かってるじゃない、と聖さんは笑った。
 
第十六章
「じゃあ、またあの店で」
「うん」
 そう言って手を振った聖さんに、祐麒は手を振り返して背を向けた。数瞬前の聖さんの顔さえ、脳裏に焼き付いて離れない。
 
第十七章
「甘いね」
「うえ」
 腰掛けた瞬間、聖さんは祐麒の頬にプスっと人差し指を刺した。何するんだと思ったけど、祐麒も似たような事をやったのだ。
 
第十八章
「もうすぐクリスマスなんだねぇ」
 聖さんは隣で白い息を噛み殺すようにそう言うと、次々現れる小さなクリスマスツリーには目もくれず、目的の店へと向かっていく。
 
第十九章
『了解です』
 聖さんが時間を気にするなんて珍しいなと思いつつも、短くそう返して携帯をポケットにしまった。さっきまで感じなかった電車の揺れの感覚が、ふっと戻ってくる。
 
第二十章
「お姉ちゃんは、サンタさんなの?」
 これは困った事になった、と聖は頭を抱えていた。
 
第二十一章
「はぁ……」
 こうして白い息を吐いていると、また思い出してしまう。どうして待ち合わせの場所を、駅になんてしてしまったのだろう。
 
第二十二章
「いはい、いはいっ。はなひてくだはい」
 聖さんは頬の伸びた祐麒を見てぷっと吹き出すと、ようやく開放される。頬が冷え切ったところでぐいぐいやられるんだから、いつもの倍ぐらい痛かった。
 
第二十三章
「うー、さむ」
 自分を抱くようにして肩を立てた聖さんを、横目で見ていた。長い髪がぱっさぱっさと、肩の辺りを叩いている。
 

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