第一章 | |
| 「あなた、誰?」
「はぁ?」
いい加減にしなさいよ、とでも言わんばかりに、赤茶の彼女は顔を歪めた。
|
第二章 | |
| 「見て栞。ほら、下よ」
「下?」
手摺に腕を乗せると、少しだけ背伸びをして川を覗き込む。その瞬間、栞は子供みたいな声で、「うわぁ」と声を上げた。
|
第三章 | |
| 「……栞、駄目よ。私が迂闊だった。今日はもう帰るわよ」
私は時々こんなことを考える。もし久保栞という人間は、意図的に作られた存在だったら? 誰かが何らかの目的で、利用する為だったとしたら?
|
第四章 | |
| 「あ、ごきげんよう」
二人の間の空気が張り詰めた瞬間を狙ったかのように、後ろからまたあの挨拶が届いた。
|
第五章 | |
| 「分かっています」
私は自分でも驚くほど、素直にそう返した。反駁する理由は探せばいくらでもあったけど、そうする必要はなかった。
|
第六章 | |
| 「え? 何よ、突然」
「いいから教えて。知りたいの」
しゃべることに問題がないならね、と付け加えると、彼女は苦笑した。風はその少しの間、凪いでいた。
|
第七章 | |
| 「い、いひゃい。なにするほ」
「あんたねぇ……確信犯でしょ」
「ななな、何のことかなー」
|
第八章 | |
| 「――栞!」
その時だった。さっきまで私を走らせていた声が、耳朶を打ったのは。
|
第九章 | |
| 「あっ」
ドアを開けた瞬間、鉢合わせた人の存在に気付いて私は声を上げた。それは相手も一緒で、ショーットカットの髪をさわさわと肩に触れさせながら、彼女は胸に手を当てて驚いていた。
|
第十章 | |
| 「もうすぐ咲きそうね」
紅霞の視線の先には、綻びかけた桜の花があった。身を縮こまらせているようにも見えるそれは、後一週間もすれば柔らかい色を見せてくれるだろう。
|
第十一章 | |
| 「まさか」
まさか、まさか、まさか。
心臓が酷く荒く脈打って、冷や汗が浮かんだ。嫌な予感に背中を押されるように、私は走り出した。
|
第十二章 | |
| 「――っ!」
ぼけっと栞の顔を眺めている暇なんてなかった。私は病室を跳ね馬のような勢いで飛び出すと、人影もまばらな廊下を駆けた。すれ違った看護士から注意の言葉が届く暇もないぐらいの速さで、病院を後にする。
|
第十三章 | |
| 落ちる、落ちる。ステンドグラスの中で涙は弾け、ガラスの割れる激しい音が聞こえた。
それが私の聞いた、最後の音だ。
|
終章 | |
|
|
| ......更新が反映されない場合は、ページを更新して下さい。
|