■ 紡いだ絆の温かさ 二話『決定的なCall up』 まずいことになったな、と。 由乃は心底そう思った。 「さあ由乃さん。事情を説明してちょうだい」 左手にメモ帳、右手にペンを持って訊いてくるのは、新聞部の編集長・山口真美さん。彼女も、昨日『アレ』を見たらしい。 「……事情って、何の話かしら?」 「とぼけないで。『KEN-KAKU』のCMに出ていたの、由乃さんでしょう?」 そう。『アレ』とは、祐麒君とのデートで行った映画の試写会のことだ。 試写会の後、由乃と祐麒君は簡単な感想をカメラの前で述べた。その時の映像が、この度全国ネットで放送されてしまったわけである。 幸いにも映っているのは由乃の分だけで、祐麒君は身体の一部が映っているだけだった。これで祐麒君がバッチリ映っている映像が使われていたりしたら、いい訳のしようもないところだ。 「ああ、そのこと」 由乃はわざとらしく、大きく頷きながら椅子に座った。朝登校してくるなり真美さんに捕まったから、まだ鞄の中身を机に入れていない。 「確かに、あれは私だけど? 試写会の招待券が当たったから、見に行ってたまたま声をかけられて」 「そうじゃないでしょ。横にいた、男のことよ」 なるほど。流石は新聞部次期部長、と言ったところか。チラッと身体の一部が見えただけで、男と見極めたとは。 「あれは誰? 私の予想では、花寺の生徒会関係者だと思うんだけど。身長から察するに、祐麒さん? それとも有栖川さん?」 ――本当に、真美さんはいい勘をしている。始めに上げた名前こそ、ドンピシャリではないか。 「さて、誰でしょう?」 しかし、そう簡単に教えられるものか。 もし正直に『祐麒君とデートしてました』なんて言おうものなら、空前のスキャンダル。リリアンかわら版の一面を飾ることは間違いなく、その噂は花寺の方にも飛び火するに違いない。 そうなると、祐麒君にまで迷惑がかかってしまう。何せあの花寺だし、祐麒君になんらかの影響があることは容易に想像できた。 「はぐらかすってことは、言うと問題がある相手なのね?」 「ええ、そうね。言いづらい相手ではあるわ」 嘘をつくときは、少しの真実を混ぜるといい。――そんなことを、どこかで聞いたことがある。 だから『言いづらい』というのは本当。後は、その相手をどうするかだ。 「言いづらい、ということは、絶対に言えないわけじゃないのよね? なら教えて。そうじゃないと、噂が一人歩きしてしまうわよ?」 しかし、そこは真美さん。言葉の裏をついて、その上こっちの身の上まで心配までしてくれるわけだ。報道関係の人というのは、本当に気の許せない人が多い。 「絶対に言えない、と言ったら?」 「それを記事にさせてもらうわ。 なるほどね、と由乃は思った。真美さんというのは、予想以上に弁が立ち、その上策に長けている。 さっきの真美さんの言葉を意訳するなら、『コメントできないのなら噂を助長させて頂く』ってことではないか。その上予想される人の名前なんて書かれたら、やはり祐麒君にまで飛び火してしまう。 (まずいなぁ……) ちらりと周りを見渡せば、みんな授業の準備やお喋りをするフリをして、こちらに耳をそばだてている。 祐巳さんは由乃が真美さんに問い詰められているのを見て近くに来たけれど、さっきから一言も喋らない。今は様子見だけど、必要になったら力を貸すよ――という意味だと解釈しておく。 「まったく、真美さんには敵わないわね」 由乃は顔に張り付いてしまいそうな作り笑いを浮かべると、心とは裏腹の言葉を並べる。 こうなったら、無理矢理にでも『相手』をでっち上げた方がよさそうだ。 「白状するわ。一緒に写っていたのは、私のお父さんよ」 「はぁ!?」 由乃がさらりと言ってやると、真美さんだけではなく、授業の準備をしていたはずのクラスメートまで同じ声を上げた。やっぱり、こっちのことを気にしていたか。 「お父さまが、あんなに若々しい格好をしているっていうの?」 「久しぶりに娘と出かけるのが嬉しかったんでしょ。随分若作りしていったのよ」 「……じゃあ、それがどうして『言いづらい相手』になるのよ?」 「だって、これだけ騒がれてお父さんと一緒にお出かけしてましたなんて、ちょっと『言いづらい』じゃない?」 誤解したのは、真美さん自身の責任。そう示唆すると、真美さんは明らかに懐疑的な視線をぶつけてくる。 まあ、我ながらムチャクチャな理由付けだとは思う。それでも、それを否定する事実はないわけだ。その『事実』を持っているのは、こちらの味方なのだから。 「ね、祐巳さん。あの試写会の前、私は『お父さんと見に行く』って言っていたわよね?」 「え……? あ、うん。言ってたね、確かに」 由乃が『口裏を合わせて』と視線で言うと、祐巳さんはすぐにそれに応じてくれた。 「祐巳さん、それは本当?」 「本当だよ。それに私、当日由乃さんたちを見かけたし」 「由乃さんたちを、見かけた?」 「うん。ちょうど試写会の会場の近くに行く用事があったから」 祐巳さんの言葉を聞きながら、由乃は『ちょっと待った』と思った。それじゃ、あんまりにも嘘っぽい。 実際に嘘だし、あの場面を見ていたのかも知れないけど、それでは真実味が欠けてしまうではないか。 「何だか、嘘っぽいわね」 「真美さんがいくらそう感じたとしても、事実は事実よ」 よくもまあシレっと嘘をつけるな、と自分でも感心した。それも、マリア様の見守るこの場所で。 しかしマリア様と祐麒君を天秤にかけた場合、どうしても祐麒君の方に傾くのだ。これ以上、迷惑をかけるわけにはいかないから。 「ま、そういうことだから。ああ、もうホームルームが始まっちゃう」 由乃がわざとらしくそう言うと、真美さんは「待って」と言ってメモ帳を見せた。 「このままじゃ、何とも面白みのない記事にしかならないわ。せめて本人コメントぐらい、いただけないかしら」 「……分かったわ。それぐらいは協力しましょう」 何で由乃がリリアンかわら版の面白みに貢献しなきゃいけないんだ、と思ったけど、これで真美さんが手を引いてくれるなら納得しよう。 そう思って口を開きかけた瞬間、ホームルームの開始を知らせるチャイムが鳴った。 「由乃さんも色々大変ね」 それは、翌日の放課後のこと。 部活も終わって更衣室を出た時、田沼ちさとが言ったのだ。 「まあね」 何の話かよく分かっているから、一々「何の話?」とは惚けない。 今朝、リリアンかわら版の最新号が発行されて以来、この手の話を何度も振られてきたのだ。あしらい方は、もう覚えた。 「まあでも、紙面に書いてあることが全てだから」 「そう言うと思ったわ。でも私は信じていない。だって、どうしたって若い男にしか見えないじゃない」 「……そう言って貰えれば、お父さんも若作りした甲斐があるってものね」 「ちょっと、はぐらかさないでよ」 しかし、やけに食いついてくる。 田沼ちさとに合わせて足を止めてしまったから、他の剣道部員たちがどんどん由乃たちを追い抜かしていく。あまり大勢に聞いて欲しい話でもないから、それをやり過ごすために壁にもたれると、田沼ちさともそれに倣う。 午後五時前。暗くなるのが早いせいで、部活ができる時間は限られている。現に、夜の帳は着実に由乃たちを包もうとしていた。 「大体、由乃さんは最近おかしいのよ。太刀筋もイマイチだし、変化は一目瞭然。裏に何かあるって、そう考えるのは普通でしょう?」 武道館の周りから誰もいなくなると、田沼ちさとは自身満々に言った。 由乃さんは最近おかしい――なんて言われたって、由乃自身は全く普通に生活している。それよりも、『太刀筋がイマイチ』とはよく言ってくれたものだ。……確かに、その自覚はあったけれど。 「やっぱり、その人が原因なんでしょ?」 「……どうしてお父さんが原因で調子が悪くなるのよ」 「口が堅いわね。かわら版に書かれている情報を鵜呑みにしているの、多くても半分ぐらいなものよ? それに応えるまでの間は何?」 これでもかと言うぐらいの質問攻めに、由乃はうんざりした。 こんなにしつこい人間だったか、田沼ちさと。もしかしたら由乃の意識が令ちゃん以外に向くのが面白くて、こんな風に問い詰めてくるのか? と思ったけど、ちょっと疑いすぎか。 何にしたって、由乃は令ちゃんのことが好きだって事実は変わらないから、そうそう彼女の思い通りには行かないけど。 「ああ、悲しいなぁ。剣道部の仲間なのに、ほとんど同じ時期から剣道を始めた仲間なのに、本当のことを教えてくれないなんて」 「――」 それを言われると、きつい。 田沼ちさとは未だ令ちゃんを狙う人物として、まだまだ気が許せない。しかし、助けられてきたことは多々あったのだ。 孤立することを覚悟して入った剣道部だけれど、彼女の存在がその状況を作らせなかった。孤独って、予想しているよりダメージの大きいものだろうから。急に構ってくれなくなったら、由乃は助けられた分だけ、ダメージを負うことになるだろう。 確かに由乃にとって、田沼ちさとの存在は大きいのだ。 「……分かったわよ。絶対に言わないって約束できる?」 「もちろん。マリア様に誓って、絶対に口外しない」 昨日マリア様が見ていらっしゃる場所で嘘ついちゃったんだけどな、と思いながら、由乃は渋々口を開いた。 「確かに、ちさとさんの言うとおり、あれはお父さんじゃない。でもそれが誰かまでは、絶対に言えないからね」 「ふーん。やっぱり」 田沼ちさとはそう言いながら、満足そうに頷いた。 風が出てきたし、暗くなってきたからそろそろ帰りたいんだけど、彼女の好奇心はまだ収まらない。 「その人とは、どういう関係」 「言えるわけないでしょ、そんなこと」 「付き合っているの?」 「そんなんじゃないってば」 「じゃあ、彼のこと好き?」 「え……?」 その質問は、随分と核心に迫る問いだった。 「なるほど、好きなんだ」 「ちょっと。そんなこと一言も言ってないけど?」 「即答できないってことは、好きって言っているようなものじゃない」 ……果たして、それは本当だろうか。 由乃は、まだ気持ちの整理がついていないのだ。心を持て余すというか、自分自身がよく分からないというか。令ちゃんに向ける『好き』とは、どこか種類の違った感情。それが何なのか分からないから、由乃を悩ませる。 「……よく分かんない」 「よし、じゃあテストして見ましょう。普段から、その人のことを考えたりする?」 「それは……する、かな」 「その時、どんなことを考える?」 「何だろ。前会った時、こうしておけばよかったかな、とか」 今更気付いたが、いつの間にか祐麒君について喋らされている。 上手く乗せられたようで癪だったけど、正直救われたような気持ちもあった。この悩みは、とても祐巳さんに相談できることじゃないから。 志摩子さんにこんな話をしても困るだけだろうし、乃梨子ちゃんとか下級生に相談するなんて言語道断。かと言って上級生に適任者はいないし。いるとすれば江利子さまなのだろうけど、あの人に相談するのだけは絶対に嫌だ。 「その人と会ったりする時、ドキドキする?」 「うーん、それはあんまりないかも。今だとどうか分からないけど」 「じゃあ、電話をかける時は?」 「そりゃ、少しは緊張するわよ」 「ふむふむ、じゃあ友達と割り切れてはいないワケね」 どんどん自分の気持ちが解明されていくのは、助かるのだけど。 由乃は一つ、疑問に思うことがあった。 「ちさとさんさ、そういう経験あるの?」 「え? 全然。私が知っているのなんて、精々情報誌とか、友達から聞いて得る知識だけよ」 何だそれ、と由乃はうな垂れた。それでは由乃と、大して差がないではないか。 それでも無理に相談に乗ってくれるってことは、親切心からなのだろうか。 「何か、相談して損した気分……」 「そう? 私は由乃さんがおかしい理由が分かって、得した気分だけど」 田沼ちさとはそう言って笑う。そして武道館の壁から背を離すと、由乃の目をしっかりと見て言った。 「私が言いたかったのはね、臆病になるな、ってこと。自分の気持ちが見えなくっても、突っ走る。それでこそ由乃さんでしょう?」 別に、その言葉を受けてというわけではないけど。 由乃はその晩、祐麒君に電話をかけてみることにした。迷惑をかけているのは明白だし、あのCMのこととか、話したいことは色々あったから。 「……」 短縮ダイヤルから、福沢家の電話番号にコールする。 やっぱり、こういう電話って緊張するものだ。ひょっとしたらこの前電話をかけた時より、心臓が元気かもしれない。 小さなノイズの後、プルルルル、と呼び出し音が鳴る。 出来るだけ、祐麒君が電話口に出て欲しい。祐巳さんが電話に出たら、ちょっと気まずいから。 そんなことを考えて緊張を紛らわそうとしていると、呼び出し音が途絶えた。 『はい、福沢でございます』 しかし、受話器の向こうから聞こえてきたのは、予想しなかった声。 そりゃそうだよな、と思う。大抵の場合、お母さんが電話に出るだろう。 「もしもし。私、リリアン女学園二年の島津と申し――」 『ああ、由乃さんね。ちょっと待ってね、今代わりますから』 「あ、違うんですっ」 そこで由乃は、慌てて待ったをかけた。いつものパターンでは、ここで祐巳さんに取り次がれてしまう。 『はい?』 「祐巳さんではなくて、祐麒君に取り次いでいただけますか?」 『……祐麒君、って、息子の方ですよ?』 そんなことは分かっている、と由乃は心の中で突っ込んだ。そして、やっぱり祐巳さんのお母さんなんだな、とも思った。 「はい。祐麒君で間違いありません」 『はぁ。少々お待ち下さいね』 祐巳さんのお母さんは訝しげに言うと、今度は妙に大きな声で『祐麒、由乃さんからお電話よ』と言う声が聞こえた。 受話器から離れているはずなのに、妙によく聞こえるってことは。 (祐巳さんにも聞こえてる、ってことじゃないの) いや、祐巳さんが家にいない可能性もなくはないが、この時間なら帰っているだろう。それにしても祐巳さんのお母さん、いつもは保留にして何かのメロディを流しておくのに、今日ばかりはそれを忘れている。 暫く待っていると、今度は『ドドン』と太鼓を叩いたみたいな音がした。それから数秒後、やっと待っていた声が受話器から聞こえてくる。 『も、もしもし』 「……どうしたの?」 由乃は「もしもし」とか「こんばんわ」とか言うのをすっ飛ばして、思わずそう訊いてしまった。 『え?』 「さっき、ドドンって音がしたから」 『ああ、あれね。階段下りていったらこけそうになって、かかとから着地した』 「ふっ、ふふ……」 その話を聞いて、思わず笑ってしまった。由乃だけが緊張していたんじゃないんだな、と分かったら、無性におかしかった。 「祐麒君の家、二階に子機を置いていたりしないの?」 『あ……。そっか、そっちでとればよかった』 祐麒君が照れ隠しに笑ったから、由乃は遠慮なく「あはは」って笑うことができた。 さっきまでの緊張はどこへやら。由乃はもういいだろうってぐらいまで笑うと、「それでね」と切り出した。 「祐麒君、あのCM見た?」 『うん、昨日見た。由乃さん、大丈夫だった? 色々騒がれたって聞いてるんだけど』 祐麒君の言葉を聞いて、由乃は先手を打たれたなと思った。むしろ由乃が祐麒君に対して、『妙な噂がたっていないか』と心配して電話をしたのに、心配されてしまうとは。やっぱり、祐麒君って気配り上手っていうか、優しいと思う。 「確かに騒がれたけどね、大丈夫。それより、祐麒君の方に噂が飛び火していない?」 『こっち? こっちは別に。たしかに噂にはなっていたけど、誰も俺って気付かなかったみたいだから。ただ、少なからずがっかりしているヤツはいたよ』 「がっかり?」 『うん。ほら、リリアンかわら版って、花寺の方に渡ってきたりするからさ。それで由乃さんを見て、いいなって思っていたヤツもいたんだよ』 ――それは、初耳だ。 花寺って、祐巳さんばかりが人気があるものだと思っていたけど、そうでもないらしい。 しかしそうなると、あのCMの事情が載っているリリアンかわら版はまだ渡っていないということだ。まあ、今朝発行したんだから、その日のうちに渡っているはずもないけれど。 「私のどこがいいのかしらね」 『そりゃ、可愛いからでしょ』 「えっ……?」 言われた瞬間、――胸がトクンと跳ねた。 不思議な感覚だ。思考が凍りついて、心が沸騰するような、そんな感じ。 「あ、ありがと……」 『い、いや……』 由乃はそう言ったあと、小さな過ちに気付いた。 祐麒君は『可愛い』と言ってくれたけど、その『可愛い』という言葉は、由乃のことをいいなと思ってくれている(らしい)他の人の言葉なのかも知れない。何故祐麒君が動揺しているのかは、分からないけど。 「それよりもっ」 けれど、そんなことはどうでもよかった。わざわざ問い返して、がっかりするのは馬鹿らしい。 「あのね、この前はごめんなさい」 『え?』 それより由乃には、話して置かなければいけないことあった。 「前、祐麒君がリリアンに来た時のこと。やっぱり、女装なんて嫌だったよね」 『ああ、あの時のこと……』 祐麒君の声のトーンが暗くなったから、由乃はちょっとへこんだ。やっぱり迷惑をかけていたんだって、嫌と言うほど分かったから。 「迷惑だったよね。本当にごめんなさい」 『いや、迷惑なんかじゃないよ』 謝って、祐麒君の言葉を聞いて、更に落ち込んだ。祐麒君は優しいからそう言ってくれる。その優しさが、自己嫌悪を駆り立てるのだ。 『どうしたの? いつもの由乃さんらしくないよ』 らしくない。 そんなことは、自分でも重々分かっていた。でも、どうしても嫌われたくないって想いが、由乃の調子を狂わせる。 『由乃さんはさ、迷惑をかけた、って思っているかも知れないけど、本当に迷惑なんかじゃないから』 「……嘘よ」 『本当だって。思い出してみれば、楽しかったなって思えるようになったし。それにさ、何て言ったらいいのかな。女装はすごく嫌だったはずなんだけど、由乃さんに言われたらそんなに嫌じゃなかった』 それにしても、人の心って単純なもので。祐麒君が一生懸命励ましてくれると、由乃は次第に落ち込み状態から回復してきた。祐麒君がここまで元気付けてくれるってことは、そこまで嫌われてはいないということ。それが何より、由乃を救ってくれた。 「優しいね、祐麒君は」 『そうかな。ただ由乃さんが後ろを振り返ってウジウジしてるなんて、似合わないと思っただけだよ。由乃さんってさ、もっと前ばっかり見て突き進んでいくタイプだと思うから』 「……うん。当たり」 そう。そうだ、それでこそ由乃じゃないか。笑ってしまうぐらい、祐麒君は由乃のことを分かってくれている。 あんなに重たかった心が、今は空気より軽い。祐麒君の言葉は、まるで魔法みたいだった。 「ありがとうね。私、祐麒君に迷惑がかかっているんじゃないかって、心配だったから。それじゃ、また――」 『あ、ちょっと待った!』 由乃が電話を切ろうとすると、祐麒君が小さく叫んだ。 「何?」 『あ、あのさ。よかったら、また二人で出掛けない?』 「え……?」 一瞬、意味が理解できなかった。由乃の方から何かに誘うことはあっても、逆はなかったから。 「……」 『……由乃さん? やっぱり嫌だった?』 「えっ。ううん、そんなことない。行くわよ、うん。いつにする?」 由乃は自分でも驚くぐらい動揺して、早口で捲くし立てた。 心がぞわぞわ動いて、気持ちが前のめりになっているような気分。形容するなら、そんな感じだった。 『いつ、か。まだ予定がどうなるか分からない日があるから、改めて電話するってことでいいかな?』 「うん、分かった」 『こっちから電話かけても大丈夫?』 「多分、大丈夫。万が一お父さんが電話に出たら、『生徒会関係のお話が』って言えば信じてくれると思う」 『ははっ、分かった。それじゃ、また』 「うん、またね」 名残惜しさを感じながら、由乃はそっと受話器を置いた。何故だか動けなくなって、立ち惚けることしかできなかった。 この気持ちは何なんだろうと、もう一度分析してみる。 電話で話していて、楽しかった。可愛いって言ってもらえて、嬉しかった。励ましてもらえて、元気がでた。デートに誘ってもらえて、飛び上がりそうなほど嬉しかった。 これは、つまり――。 (好きになっちゃったんだ……) つまりは、そう言うことなんだろう。
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