春の歌
 
 
 
 
≫Chapter.27
     サンタの袋
 
*        *        *
 
 
 十二月には、時の流れが早くなる魔法でもかかっているのだろうか。
 後何日、なんて数えていたクリスマスは翌日に控え、もうクリスマス会の開かれるイヴの夜。シャッターを閉めた店の中は、いつもと違って仕事後の倦怠感よりも、さあクリスマス・パーティーを楽しむぞという活気しかない。こういう時、本当に季節の行事って強いなと思う。
「みんな持ったか?」
 クラッカーを手にそう言ったのは、サンタの格好をしたマスターだ。あまりにも似合いすぎて、見た瞬間みんなで笑ってしまった。白髭なんてつけなくても、地毛で十分なのだ。
「――」
 マスターがぐるりとみんなの顔を一人ずつ見ると、お店のフロアは沈黙に包まれた。店の生命線であるエアコンの音だけが、低く響いている。
「せーの」
「「「メリークリスマース!」」」
 パーン! と炸裂音が聖夜の沈黙を打ち破った。クラッカーから飛び出した色とりどりの雪が、それぞれの頭に降り積もる。
 レキシドールの店内で、店のスタッフが一同に会するのは初めてじゃないだろうか。歓声の中でグラスを取り、それぞれの杯と高い音を立てながら、由乃はそう思った。
 いつもの同い年メンバーに加えて中核スタッフの三越さん、それから由乃と爾衣ちゃんがこっそり『遊撃ウェイトレス』と呼んでいるフリーターの後藤さんと村瀬さん。いつもシフトの入れ替わりの時ぐらいしか顔を合わせないから、クリスマスの雰囲気に任せてはしゃいでいる二人を見るのは新鮮だった。
「メリークリスマス」
 一番最後に、由乃は祐麒とグラスと合わせた。カチンとなった祐麒のグラスには、並々とカクテルが注がれている。少し店内を暗くすれば、この店もバーのような雰囲気になりそうだ。
 斯く言う由乃のグラスにも、ホワイトスノーというカクテルが注がれ揺れている。フロアのスピーカーから流れるアップテンポのクリスマスソングが、早くグラスを傾けろとでも言っているような気がした。
「はぁー、聖夜はお酒が美味しいわ」
 隣でグイっとジントニックを飲んだ爾衣ちゃんは、大きく息を吐いた。今の一言を聞くと、一時期の凹みようが冗談の様に思えてくる。まあ、こんな雰囲気の時にそんな表情を見せるほど、爾衣ちゃんは子供でもなければ大人でもないのだろう。
 こんな事言うのもおかしなものだけど、由乃には爾衣ちゃんの気持ちがよく分かる。何せ同じ男にフられたのだ、分からないはずがない。
 けれどきっと、爾衣ちゃんの方が辛いだろうなと思う。だって未だに、好きな人と一緒に仕事をして、今この時を過ごしているのだから。ずっと会わずにいて、時が癒してくれるという事もない。
 気が緩んだ時に見せる、辛そうな表情をみる度、由乃は胸が痛んだ。まるで自分の事のように、爾衣ちゃんの悲痛な表情は胸を締め上げるのだ。
「マスター、サンタの格好してるんだったら、プレゼント下さい」
「残念だな爾衣。プレゼントを入れる靴下がないぞ」
 そんな顔を知っているからこそ、今日の爾衣ちゃんを見て安心する。少なくとも、演技できるぐらいに回復したって事だから。
「あ、マスター、靴下ここ、ここ」
 別の方から声が上がったと思ったら、健二くんが片足立ちしながら一足だけ脱ぎ取った靴下を差し出していた。灰色の靴下を中心に、笑いの輪が広がる。
「プレゼントは画鋲でいいか?」
「いえ、いいっす」
 すぐに靴下を引っ込めた健二くんを見て、今度こそドッと大きな笑いが起きた。何故だか、室内の温度が二、三度上がったように思う。
 由乃も、祐麒も、爾衣ちゃんも笑っていて。久しぶりのそれが嬉しくて、久しぶりと感じたのが少し寂しい。その感情を押し流すように、由乃はまたグラスを傾けた。
 
 
「マスター、そろそろやりません?」
 顔を真っ赤にした村瀬さんがそう言ったのは、クリスマス・パーティーが始まって小一時間した頃だった。テーブルに所狭しと並べられた料理はあらかたそれぞれの胃袋に落ち着いて、もう取り皿を持っている人の方が少ない。
「そうだな、よーし! 注目!」
 酔っ払い特有の大声をかき消すようにマスターが声を張り上げると、一瞬静かになった後「よっ、待ってました」と言わんばかりに歓声が弾けた。クリスマス・パーティーには欠かせない、プレゼント交換の時間だ。
 由乃は自分の席に置いておいたプレゼントの箱を持つと、少し離れた所にいる祐麒の手元に視線を吸い寄せられた。綺麗にラッピングされた、小さな包み。中身が気になって仕方がない。
「それじゃお待ちかね、プレゼント交換の時間だ。みんな、準備はいいか?」
 ひょっとしたら接客している時よりも元気なんじゃないかって声で、「はーい」が揃う。それぞれの胸には、もうちゃんとプレゼントが抱えられている。
「さて、テーブルを空けてくれ」
 マスターが一声かけると、その両隣にいた爾衣ちゃんと祐麒とでテーブルを片付け始めた。
 祐麒が何も言わず差し出した空のお皿の上に、爾衣ちゃんが同じ大きさのお皿を重ねる。何故だろう、それだけの事で嫉妬とも羨望ともつかないような、灰色めいた気持ちが沸いてくる。
「じゃあ、それぞれプレゼントを入れてくれ」
 マスターは今日の日の為に用意したらしい、クリーム色の大きな布袋をテーブルの空いたスペースに置いた。大きな口を広げたそれに、それぞれプレゼントを詰め込んでいく。
「マスター、ちょっと思ったんすけど」
 健二くんが最後に袋にプレゼントを入れながら言った。
「この袋にプレゼントを入れて、シャッフルしてそれぞれに渡すんですか?」
「そうだ」
「それから何かクリスマスの曲歌って、曲が終わった所で手に持っていたプレゼントが自分の物、って事ですよね?」
「そうだ、分かってるじゃないか」
「それだとみんなが別の人のプレゼントに当たっても、自分だけ自分の買ったプレゼントに当たったりしません?」
 なるほど、と由乃は思った。というか、袋に入れるからにはそこでシャッフルして、渡して終わりかと思っていた。
「逆に訊くが、健二は自分で『これは要らない』って物をプレゼントに選んだか?」
「いえ、いいものっす。男女関係なく、貰って嬉しいナイスプレゼント」
「じゃあ自分に当たってもいいじゃないか」
「ええー」
 由乃はまたなるほどと思ったけれど、健二くんはまだ納得いってないらしい。まあ例え要らないものじゃなくても、自分で買ったものを自分でがプレゼントとして貰っても嬉しくないだろうなと思う。
「それに折角袋まで用意したのに、使わないと張り合いがないだろう」
「って、結局そこ!?」
 妙なやり方をするわけは、そういう事か。健二くんの素っ頓狂な声に合わせて、みんな示し合わせたようにズッコケた。
「じゃあ、何の歌にしようか」
「サーイレンナーイ、カーモシレナーイ」
「その歌じゃ暗すぎるから、『ジングルベル』で」
 健二くんのボケに一切つっこまない爾衣ちゃんが、相変わらずで安心して、自然と笑えた。こういうやり取り、今まででもあったのに、凄く久しぶりに感じる。
 ――いや、違う。
 こういうやり取りで笑えるのが、久しぶりなんだ。
「じゃあ、いくぞ。…………歌い出しってどんなだった?」
「走れそりよ、です。歌詞が分からなかったらラララ〜で」
「よしじゃあ、それでいくぞ。ワン、ツー」
 走れそりよ 風のように 雪の中を 軽く早く
 笑い声を雪にまけば 明るいひかりの 花になるよ
「ジングルベール、ジングルベール、鈴が鳴るー」
 所々にラララを混じらせながら、歌は進んでいく。
 
 由乃の手の中にある、祐麒のプレゼント。
 ジングルベル、流れていく。
 
 
 
 
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