■ 二人でクライシス -第二話-
 
 
 
 
 
「――ということです」
 
 由乃はことの始終を話し終えると、ゆっくりと席に着いた。
 時は放課後。運良く全員集まった山百合会メンバーに、たった今説明を終えたところだった。
 
「そうなの……」
 
 由乃が祐麒君とお付き合いすることにしました、と聞いて一番驚いていたのは祥子さま。それもそうだろう、男嫌いの人からしてみれば、男性とお付き合いなんて想像もできないことだろうから。
 他のメンバーはと言えば、祐巳さんと令ちゃんにとっては既知のことだったし、白薔薇姉妹は由乃と祐麒君のデートを追跡した過去があるから、ある程度予想していたのだろう。二人とも大して驚きはしていなかった。
 
「それで、何か当てはあるの?」
 
 令ちゃんのその質問は「スクープ」についてのことなのだけど、由乃は首を横に振るしかなかった。あったら、わざわざみんなに相談なんてしていないのだ。
 ……いや、当てもないこともないか。でもそれは、別の方向から自分の首を絞めることになるだろうけど。
 
「ちょっと質問なのですが」
 
 ふとそこで手を上げたのは乃梨子ちゃん。由乃が「何かしら」と言うと、彼女は続ける。
 
「絶対にスクープじゃないといけないんですか?」
 
 乃梨子ちゃんの言葉に、「うん?」と眉間が動いた。なるほど、そういう逃げ道もあったか、って。
 最悪、スクープじゃなくても記事になることがあれば、あの写真がリリアンかわら版に載ることはない。ただ、新聞部の皆さんが納得できるかどうかは別だけど。
 
「それは訊いてみないと分からないけど、多分無理だと思うわよ。スクープの代わりに、って言ってるんだから。スクープじゃなければ、他に当てがあるっていうの?」
「それは……」
 
 乃梨子ちゃんは視線を上げ、少し考えてから言った。
 
「お姉さま、何かあります?」
 
 乃梨子ちゃん、思わせぶりなそぶりをしておいて、結局お姉さま頼りらしい。
 話を振られた志摩子さんはと言うと、先ほどの乃梨子ちゃんと同じく視線を上に逸らして何かを思い出そうとする仕草。
 
「祐巳さんは、何かある?」
 
 それから「お姉さまは何かありますか?」、「令は何かあるの?」と続いて、「そういう由乃はどうなの?」と質問が帰ってきてしまった。
 つまり、スクープはおろか、リリアンかわら版に載せられるようなことは何もないって言うことだ。
 どうにも行き詰って、由乃は腕組んで「うーん」と首を傾げた。山百合会幹部からスクープを出すのは無理、というか、あっても出したがらないだろう。
 じゃあどうすれば、スクープになるのか。由乃が令ちゃんにロザリオを返した時は騒がれたものだけど、まさかもう一度それをするわけにもいかないし。こうなったら、外部に頼ることになってしまう。
 なら山百合会幹部関係以外で何が話題になったか、と思い出してみると、一番に思いついたのは静さまのことだった。ちょうど一年ぐらい前、突然次期生徒会役員を決める選挙で名乗りを上げた人。あの時は、結構な反響を呼んだものだ。
 
「ねえ、誰か選挙に立候補しそうな人、いない?」
「由乃さん、それは……」
 
 祐巳さんは苦笑いをし、志摩子さんは「やめてちょうだい」って感じに首を振った。そりゃそうだろう。もし立候補がいたら、由乃だって薔薇さまの座を危ぶまれるわけなのだから。
 由乃は「冗談よ」とだけ言って腕を組む。流石に二番煎じは期待できない。
 ならどうしたらいいのか、冷めてしまった紅茶を見ながら考える。事実としてスクープがない以上どうしようもないけど、どうにかしなくてはいけないのだ。
 無いものは、無い。詰まるところ――。
 
「これはもう、スクープを作るしかないわね」
 
 そう、もうスクープを待ったり探していたりしたんじゃ駄目だ。無いものは、作らないと。
 
「作るって、どういう風に?」
 
 令ちゃんが由乃の瞳を覗き込みながら訊いてきたから、小さく頷いて答えた。
 
「それは今から考えるのよ。何かいい手、あるかしら」
 
 由乃が立ち上がって視線を投げると、みんな首を傾げて考え出す。
 うーん、とひとしきり首を傾けたあと、乃梨子ちゃんが手を上げた。
 
「あの、由乃さま。普通は逆なんじゃないでしょうか」
「逆……?」
 
 逆って、なんだ。由乃は解せないと言うように、眉の角度を変えた。
 
「はい。スクープを作るんではなくて、そもそものスクープを消すわけです。だた一緒にいたところを写真に撮られただけなら、何かの打ち合わせという逃げ道もありますし」
「……」
 
 乃梨子ちゃんの言葉に、由乃は「ああ」と心の中でため息をついた。みんなにはただ祐麒君とお付き合いしていて、その関係が新聞部にバレたとだけ説明してある。だからどんな写真が撮られたかなんて、知るわけがないのだ。
 
「由乃さま、一体どういった写真を撮られたんですか?」
 
 ああ、それを訊くのか、ここで。
 しかし、説明しなければなるまい。こうなったら、「毒を食わば皿まで」だ。
 
「喫茶店で、手を握っているところを撮られたのよ」
「でも、それだけじゃ――」
「ケーキを食べさせてあげているところも撮られたの! ……致命的だわ」
 
 由乃が「はぁ」と息を吐くと、乃梨子ちゃんは閉口し、反対に令ちゃんと祥子さまは口をぽかーんと開けていた。令ちゃんはともかく、祥子さままでそんな状態になるとは珍しい。
 ちなみに祐巳さんはニヤニヤ、志摩子さんは微妙な微笑みを湛えていた。やっぱり言わなければよかったと、少しだけ後悔。
 
「えっと、その。……すいませんでした」
「別に乃梨子ちゃんが謝る必要はないわよ。私の不注意でこうなったわけだし」
 
 由乃は冷め切った紅茶を飲み終えると、トントンと机を指で叩いた。
 本当、迂闊だったものだ。すこし遠い目のところに足を伸ばして安心していたとは言え、注意を怠らなければあんな写真は撮られなかったのに。
 由乃がそう回顧していると、祥子さまが咳払いをしてから言った。
 
「とにかく、今はそのスクープというのを考えるしかないわけね? 捏造という点では、あまり気の進むことではないけれど」
 
 祥子さまの言葉に、みんな「うんうん」と頷いた。どうやらこの場ですぐに解決、というのは無理のようだ。
 それからそれぞれの雑談に入ると、祐巳さんがちょんちょんと肘で突付いてきた。
 
「由乃さん、祐麒には言うの?」
「そりゃあね。やっぱり話しておいた方がいいと思うし」
「そう……」
 
 祐巳さんはそう呟くと、うーんと腕を組んだ。きっと頭の中では、「リリアンって厄介だな」とか思っているに違いない。
 本当、厄介。由乃がため息をつくと、カップの底に残った少しの紅茶とその茶葉の欠片が、申し訳なさげに揺れた。
 
 

 
 
 由乃さんから電話があったのは、夜の七時を少し過ぎたころだった。
 
「――ということなのよ」
 
 状況を説明すること約三分。由乃さんは切実に、適切な表情で以って現状の危機を教えてくれた。
 つまるところ、祐麒と由乃さんの関係が露見したのだ。それも、リリアンの新聞部に。
 
「それで、由乃はスクープの案があるの?」
「ううん、ない。今も必死で考えているところ」
 
 由乃さんは電話の向こうで、物憂げにため息を吐いた。これは相当煮詰まっているようである。
 
「……ごめんね、結果的に祐麒に迷惑かけちゃうかも」
「迷惑なんて」
 
 祐麒はそう言ったけど、後に続く言葉が思いつかなかった。関係がバレたところで実害はない、とは言い切れないのだ。
 リリアンかわら版は、必ずと言っていいぐらいの確率で、花寺に渡ってくるだろう。祐麒と祐巳のように、姉弟それぞれがリリアン、花寺に通うという家庭は少なくない。
 せめてリリアンが、普通の女子高だったらなと思う。そうしたら、たかが生徒会役員の色恋沙汰にここまで騒がれることはないだろう。しかし何故祐麒にまで実害のある可能性があるかと言えば、それは現生徒会長には敵が多いせいであって。
 結局はリリアンも花寺も、特殊だということだ。
 
「ねえ、祐麒は何かいい考え、ない?」
「いい考えか……」
 
 そう言われても、咄嗟にでてくるほど簡単な問題じゃない。そんなすぐに解決する問題なら、由乃さんだってわざわざ電話をかけてこないだろう。
 そもそも祐麒には、一体どういった事件がスクープになるのか、あまり分かっていない。花寺はなんでもないことでも、リリアンでは大事件なんてことも考えられる。
 
「……」
 
 それからは、何も言葉を挟めないような沈黙が続いた。
 電話で会話が途切れることは、つらい。二人で一緒にいる時なら、黙っていても手を繋いだり指を絡めたりして、お互いの意思を伝えられる。だけど電話という媒体越しじゃ、言葉という表現方法でしか意思を伝えられないのだ。
 
「……まあ、由乃の好きにしたらいいよ」
「えっ?」
 
 沈黙に耐えられず、祐麒はポツリと言った。
 
「あんまり思い詰めなくてもさ、なかったらなかったでいいと思う。俺の方も覚悟してるし、迷惑だなんて思わないから」
 
 結局祐麒には、そんな台詞しか思いつけなかった。
 本当は祐麒が、誰よりも由乃さんの力になってあげなければいけない。だけどいい考えなんて浮かばなくて、ちっとも力になんてなれないから、優しい言葉で包むことしかできなかった。
 
「……ありがとう」
 
 柔らかくて、優しい声――。
 無力感をかみ締める心に、その言葉は深く響き渡った。
 
 

 
 
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