■第二話 『降る雪、お風呂、そして同衾』
 
 
 
 
 
「はい、また数えるまでもなく私の勝ちね」
「……ああ」
 
 聖さまとオセロを始めて、もうどれぐらい経つだろうか。ただ今の祐巳の戦績、二十七戦二十七連敗。ことごとく負けている。というか、聖さまが強すぎるのだ。四隅は取らないというハンデがあっても、大差で負けてしまうのである。
 
「あー、流石に続けてやると疲れるね。休憩にしない?」
「……そうしましょうか」
 
 流石に祐巳も、頭の方が限界だ。暖炉の上の時計を確認すると、もう夜の十時だった。
 
「もう十時か……。って、ええっ!?」
「どうしたの、そんなに驚いて」
「だって、もう十時になっていたっていうのも驚きですけど、まだお夕飯できてないんですよ?」
「あ、そう言えば」
 
 言われるまで気付かなかったのか、聖さま。クッキー食べていたとは言え、凄い集中力だ。時間を忘れて勝負に没頭するぐらい、祐巳との入浴券が欲しいのだろうか。
 聖さまはうーん、と伸びをしてから、玄関脇の窓を覗きこんだ。
 
「祐巳ちゃん、来てみな。雪が降ってる」
 
 祐巳は手招きされて、聖さまの隣についた。窓から外を見れば、チラチラではなく、しんしんと雪が降っている。こっちについてから、雪が降っているのを見るのは初めてだ。
 
「ちょっと外出てみようか」
「え? すっごく寒そうなんですけど」
「あっれー、祐巳ちゃんて寒がりなの? 駄目だよ、子供は数の子って言うじゃない」
「それを言うなら『風の子』ですよ」
「分かってるって、冗談よ」
 
 本当に冗談なんだろうか。本当はお腹が空いていて、そんなこと言っちゃったんだったりして。
 数の子で思いだしたけど、今日は一月二日。お正月の真っ只中なんだった。今朝の時点では行き先を知らされてなかったから、こんな山奥に来るとは思ってもみなかった。運命の悪戯――というか聖さまの気まぐれは、計り知れないものがある。
 
「はい、それじゃ行ってみよー」
 
 聖さまは勢いよく玄関の戸を開く。そこから侵入していた冷たい空気に、祐巳は思わず「ひぇ……」と洩らしてしまった。
 
「うわ、寒っ」
 
 聖さまはそう言いながらも、外に出て行く。聖さまだけを外に行かせるのも不義理な気がして、祐巳は仕方なく後を追った。
 外は当然、問答無用の寒さだった。寒がりの祐巳には、かなり堪える。
 
「私たちの足跡、もう消えちゃってる」
「本当ですね」
 
 ベランダから見る限りでは、祐巳たちの歩いてきた跡はもう見えない。ベランダには庇がついているものの、手摺の付け根には雪が積もっている。結構前から降っていたようだ。
 
「やっぱり本場の雪は違うねぇ」
 
 しみじみ言う聖さまに、祐巳は「ええ」と頷く。
 門灯に照らされてできた二人分の影。ひたすらに積もっていく雪。時折手摺が立てる、ギシッという音。
 ロマンチックでもなければ、ノスタルジックともちょっと違う。そんな雰囲気に、飲み込まれてしまいそうだった。
 
(でも、寒い)
 
 しかし祐巳の身体は、情緒一つで体温が上がるような仕組みではない。
 
「聖さま」
 
 そろそろ戻りましょう。そう言おうと聖さまの方を見て、祐巳はしまったと思った。
 
「うん?」
 
 何故ってそれは、聖さまが凄くやわらかく、目を細めていたから。
 
「……今、志摩子さんのこと考えていたでしょう?」
「――どうして分かったの?」
「いえ、何となくですけど」
 
 やっぱり、祐巳の予想はあっていた。別に聖さまが百面相していたわけじゃない。優しい顔の奥が、見えたような気がしただけだ。
 
「志摩子さんと、来たかったですか?」
「いや、そういう意味で志摩子のことを考えてたんじゃないんだけどね。何て言うか、ボケっと雪を眺めていたら、つい一人になったような気分になっちゃったのよ」
 
 聖さまの言葉を聞いて、祐巳は何だか優しい気持ちになれた。
 一人になったような気分になって、ついつい考えるのは妹のこと。普段はそっけないふりをしていても、やっぱり聖さまは志摩子さんのお姉さまだ。こんなに遠くに来ても、どんな非日常でも、志摩子さんのことを想っている。こんなにも大切にされている志摩子さんが、ちょっとだけ羨ましい。
 
「うう、寒い。そろそろ限界だわ。戻ろっか?」
「はい」
 
 ――それにしても。
 
「ふふふ、祐巳ちゃんとの入浴券、絶対にゲットするぞ」
 
 いいお姉さまだな、と思った矢先にこれだもんなあ、聖さま。
 

 
 ロッジのロビーに戻ると、暖炉の前に祥子さまが立っていた。
 
「あ、おはようございます、お姉さま」
「……おはよう」
 
 祥子さまはおもむろにバトンクッキーを手にとって、ぱくりと半分ほど齧った。
 
「祐巳、これが晩御飯なの?」
「は? い、いいえ?」
「くくっ、祥子が寝ぼけてる」
 
 寝起きの低血圧のせいなのか、祥子さまの目は虚ろ。ふらふらと、足取りも幽霊みたいだ。
 もぐもぐ、と。残った半分のクッキーを食べる祥子さまを見ながら、祐巳は思った。
 
(お姉さま、可愛い……)
 
 年上の人を、よりにもよってお姉さまを「可愛い」だなんて、失礼極まりない。でも、可愛いとしか形容できないのである。
 寝る前に着替えたのであろうネグリジェは、シックな花柄。いつもさらさらで美しい髪は、ポーンと右にはねている。そんな格好でもぐもぐとハムスターみたいにクッキーを食べているんだから、可愛いとしか言いようがないのだ。
 
「祐巳ちゃーん」
 
 と、不意に清子小母さまの声が聞こえた。ロビーからではなく、廊下の方から。どうやら、『晩御飯』ができた模様。なんてタイミングがいいのだろう。
 
「はーい」
 
 ととと、っと小走りで、キッチンに向かう。果たしてそのキッチンで見たものは、黒豆、紅白なます、かまぼこ、田作り、栗きんとん。
 そう、いわゆるおせち料理である。流石にお重箱はなかったらしく、各料理はお皿に載っていたけど。
 
「それじゃあ悪いけど祐巳ちゃん、運ぶの手伝ってくれる?」
「はいっ」
 
 黒豆と数の子のお皿を持って、ロビーに向かう。暖炉とは反対側にある、食事用らしきテーブルにそのお皿を持っていくと、それに気付いた祥子さまと聖さまも手伝ってくれた。料理はあっという間にテーブルに並び、木製の無骨なテーブルが、華やかな食卓へと早変わり。
 席に着いて改めて料理たちを眺めると、聖さまが言った。
 
「凄いですね。全部清子小母さまがお作りになったんですか?」
 
 およそ十皿以上の品々は、どれも本格的。そりゃこれだけ作っていたら、夜の十時までかかるだろう。
 しかし。
 
「いいえ、実は半分以上が、出来合いなのよ」
 
 あれれ。そうなると、時間がかかり過ぎなのではないだろうか。
 祐巳がそう疑問に思っていると、清子小母さまは唇を尖らせて言った。
 
「本当は全部自分で作る予定だったのよ。でも祥子さんが、『絶対に間に合わないから』って言って、昨日の余り物を持ってきたの」
「だって、お母さまがおせちなんて作ったら、朝までかかるかも知れませんもの」
 
 それに対して、つんと澄まして答える祥子さま。二人ともそっくりだから、そんなやり取りも微笑ましい。
 祥子さまはその表情のまま「いただきます」と言ったので、祐巳も慌てて続いた。
 
「そんなことはないと思うのだけど。……ああ、そう言えば。二人とも、おせち料理が連続しちゃったかしら?」
「いえ、どうせ家にいても、二日はおせち食べますし。それに清子小母さまのおせち、美味しいですから」
「祐巳ちゃんと同じく」
 
 聖さまは黒豆を箸で掴んで笑った。
 
「そう、ならよかったわ」
 
 それから清子小母さまは、おせち料理の意味を教えてくれた。数の子は『子孫繁栄』だとか、昆布は『よろこ(ん)ぶ』だとか、紅白なますはお祝の水引きをかたどったものだとか。一品ごとに込められた意味を知りながら食べるおせちというのは、美味しくて、そして楽しかった。
 

 
「ところで、祐巳」
 
 晩御飯の後片付けを終え、オセロ対決を再開した祐巳たちを見ながら、祥子さまは言った。
 
「さっきから、どうして白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)のことを『聖さま』と呼んでいるの?」
「ああ、それはですね」
 
 祐巳は黒の石を置きながら答える。しかしそれも、三秒としない内に裏返されてしまった。
 
「お姉さまは、プライベートな旅先で紅薔薇のつぼみ(ロサ・キネンシス・アン・ブゥトン)って言われるの、嫌じゃありません?」
「どうかしら。肩に力が入ってしまいそうだから、嫌と言えば嫌かもしれないわね」
「でしょう?」
 
 祐巳はまた黒の石を置く。ちなみに石とは、オセロのコマの正式な名称である。
 
「だから、ここに居る間は、白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)ではなく、聖さまとお呼びすることにしたんです」
「そう。なら私も聖さまと呼ぶことにするわ」
「私は別にどっちでもいいんだけどね」
 
 さっきまで沈黙を守っていた聖さまは、興味がなさそうに言って、また白い石を置く。やっぱり、祐巳に『ちゃん付け』で呼んで欲しかっただけらしい。
 
「それにしても聖さまは、随分と熱心にゲームをなさっているのですね」
「うん。祐巳ちゃんとの入浴券がかかっているから」
「入浴……?」
「あ、あの、えっと」
 
 このタイミングでその話を切り出しますか、聖さま。祐巳がどう説明しようかと逡巡していると、聖さまはあっけらかんと言った。
 
「私は祐巳ちゃんとお風呂に入りたい。祐巳ちゃんは祥子とお風呂に入りたい。だから勝負してるの」
 
 聖さまの説明は、いくら何でも端折りすぎである。これじゃまるで祐巳が、祥子さまとお風呂に入るのを熱望しているみたいじゃないか。
 
「祐巳、私とお風呂に入りたいの?」
「えっと、その。……はい」
 
 しかし、間違っても『いいえ』なんて言えないのが、妹バカの祐巳である。お姉さまと旅行、そしてお風呂で背中を流しっこなんて、何とも素敵な展開じゃないか。考えれば考えるほど魅力的に思えてきて、祐巳は気合を入れて石を置いた。およそ五秒後には、呆気なく他の石もろとも裏返されてしまったけど。
 
「はい、これで私の三十連勝ね」
「うぅ……」
 
 それにしても、勝てない。まるで勝ち目がない。
 がっくり肩を落としていると、祥子さまは優しく祐巳の肩に手を置いて言った。
 
「祐巳。そんなに一緒に入りたいのなら、明日入ってあげるから」
「ほ、本当ですかっ!?」
「ひゅう、お熱いねぇ」
 
 口笛を吹いて茶化す聖さまは、自分がことの発端であることを忘れているらしい。
 流石にこれ以上やっても勝てることはいだろう、ということでオセロを片付けると、ちょうど清子小母さまがロビーにやってきた。
 
「さて、忘れないうちにやっておきましょうか」
「ああ。そう言えばすっかり忘れていましたわ」
 
 清子小母さまの手には、紙とペン。
 どういうこと? って聖さまの方を見ても、「はてな」という顔を返されてしまった。
 
「これは『なかきよ』って言ってね」
 
 清子小母さまは、すらすらと紙にペンを躍らせる。
 なかきよ、というのは、『長き夜の』から始まる回文を紙に書き、その紙で帆掛け舟を作る。そしてそれを枕の下に敷いて眠ると、いい初夢が見られる。――というお(まじな)いらしい。
 
「祐巳も書いてごらんなさい」
 
 祥子さまに促されて、祐巳は清子小母さまの紙を手本に、『なかきよ』を書いた。精一杯丁寧に書いたけど、字を上手く書こうとするのに気を取られて、全体のバランスが悪くなってしまっていた。
 
                な
               とか
              なおき
              みねよ
            おの ふの
            と り り 
            の ふ の 
            よ ねみ
            き のな
            か  め
            な  さ
               め

 
 
 
 
 左と下に余白がありすぎる上に、文が曲がりすぎている。やはり庶民が、雅な風習を真似するものじゃない。
 祥子さまと聖さまは言うまでもなく綺麗な字で、バシッとバランスがいい。それを見ていると余計へこみそうになったので、祐巳は折り紙でいうところの『だまし船』を折って、帆掛け舟を完成させた。
 
(いい夢が見れますように)
 
 一鷹二富士三なすび、とは言うけれど。
 初夢でお姉さまの夢が見れたら素敵だな、って思う。
 
「いい夢が見れるといいね」
 
 百面相はして居なかったはず。なのに聖さまは、祐巳の考えを看破したかのように言った。
 この時はまだ――聖さまの言葉の裏に隠された企みなんて、気付けるはずもなかったのだ。
 
 

 
 
「ああ、疲れた……」
 
 お風呂を済ませて個室に戻るなり、祐巳はベッドにダイブした。どうして疲れを取るためのお風呂で、こんなに疲れなければいけないのだろうか。
 まあその理由は、聖さま以外にないのだけど。
 
「……まだ変な感じがする」
 
 思いだしてみて改めて思う。あれは『洗いっこ』なんてモノではない。セクハラ、もしくはそれを超越したモノだった。
 本気の聖さまほど怖い人はいない。祐巳はきゃーきゃー叫びっぱなしだったけど、はしゃいでいると思ったのか、誰も助けてはくれなかった。
 
「うー」
 
 顔はきっと、真っ赤になっているだろう。入浴時間の割りには、身体が火照りすぎている。身体を温めるという基本概念からすれば正しいのだろうけど、暖め方が大きく間違っていた。
 
(忘れよう……)
 
 そうだ、忘れ去るしかない。今後のためには、それが一番いい。
 しかし。
 忘れてはいけないことはいくつかある。寝る前の歯磨きとか、お肌の手入れとか。例え旅先だからと言って、怠るわけにはいかない。
 シャコシャコと歯を磨きながら、廊下の突き当りにある窓から外を見た。ロッジの外では、未だに雪が降り続けている。洗面所でうがいをして個室に戻ろうとすると、廊下で祥子さまとすれ違った。
 
「ああ祐巳、ちょっと」
「はい?」
 
 祥子さまに手招かれて、廊下の隅による。
 
「明日は六時に起床よ」
「えっと、どうしてです?」
 
 祥子さまが小声で話すので、祐巳も小声で聞き返す。
 
「朝ご飯を作るのよ」
「ああ」
 
 祐巳は心の中で、ポンと手を打った。こう言っては悪いけど、今日の清子小母さまを見る限り、多分朝ご飯がお昼ご飯になるだろう。それに何から何までしてもらうと言うのは、肩身が狭い。だから祥子さまの提案には、諸手を上げて賛成である。
 
「聖さまにも、お声をかけておきましょうか」
「そうね、お願いするわ」
 
 じゃあ、おやすみなさい。そう告げてから、祥子さまはロビーに向かっていった。あれだけ寝たから、まだ眠らないつもりなのだろう。
 その背中を見送ってから、祐巳は早速聖さまの部屋の扉をノックする。
 
「……」
 
 返事は、ない。
 聖さま、と呼びかけてみても、結果は同じ。
 
「聖さま? 入りますよ」
 
 ゆっくり扉を開けて中を覗き込んで見たけど、やはり聖さまは居なかった。祐巳の部屋と同じような作りの室内には、聖さまの旅行鞄が無造作に置いてあるだけだ。
 ひょっとしてロビーだろうか、と思って行ってみたけど、暖炉の前で祥子さまと清子小母さまがお茶を飲んでいるだけで、聖さまの姿はない。
 
「どこに行ったんだろ」
 
 洗面所にもお風呂にも、キッチンにも地下室にも聖さまはいない。さほど大きいとは言えないロッジで、遭難したんだろうか。祐巳が首を傾げながら個室に戻ると、果たして聖さまはそこにいた。
 
「や」
 
 ベッドに座った聖さまは、軽く片手を上げて言った。
 
「こんな所にいたんですか」
「あれ、私のこと探してたの? 何か用だった?」
「いえ、聖さまの方からどうぞ。私に用があったんですよね」
「そう? じゃあ、ちょっと聞いて欲しいことがあるのよね」
 
 聖さまはベッドをぽんぽんと叩いて、隣に座るように促す。早速、聖さまのペースの予感。
 
「今から祐巳ちゃんに話すことは、私以外誰も知らない秘密なの。聞いてくれる?」
 
 ベッドに座った祐巳の顔を覗きこむようにして、聖さまは言う。
 
「誰も知らない……?」
「そう、志摩子も、私のお姉さまも知らないような秘密」
 
 姉妹ですら知らない秘密と聞いて、思わず背筋が伸びる。聖さまは、そんな重大なことを、どうして。
 
「どうして、それを私に?」
「祐巳ちゃんにしか分かって貰えないっていうか、……祐巳ちゃんにしか言えないことなのよ」
 
 祐巳にしか、という言葉が耳にぴったりと張り付く。志摩子さんじゃなくて、祐巳にしか言えないような、秘密。
 
「聞いてくれる?」
 
 聖さまは、凄く真摯な目で祐巳を見る。
 誰にも打ち明けられないような秘密を、祐巳になら聞いて欲しい。まるで救いを求めるような声。
 
「……はい」
 
 出来るなら、その秘密というのを聞いて上げたい。もしそれで聖さまが楽になるのなら、尚更。
 
「それじゃ、どこから話そうかな」
 
 聖さまはベッドに後ろでに手をついて、天井を仰いだ。
 
「まずね、私は特定の条件が揃わないと寝れないのよね」
「……はい?」
「まず寒いと寝れない。こう、全身を暖めてくれるような温もりがいるわけなのよ」
「聖さま?」
「これはカミングアウトするのが凄く恥ずかしいんだけど、いつも人の大きさぐらいのぬいぐるみを抱いてないと眠れないんだな。これが」
「あのー……」
 
 だんだん聖さまの言わんとしていることが見えてきた。
 つまりは――
 
「簡単に言うとねえ、祐巳ちゃんを抱きしめながらじゃないと寝れない」
 
 結局、こういうことなのか。
 
「暖房、効いてるじゃないですか」
「いやー、祐巳ちゃんの寒がりがうつっちゃって」
「うつるものじゃないですよ、寒がりなんて」
「いや、うん、まあねー」
 
 うん、とか言いながらも、聖さまはさり気なく灯りを消して、祐巳をベッドに引きずり込んだ。
 
「ぎゃぅっ」
「あー、やっぱり祐巳ちゃんは温いなぁ」
「お、お助けっ」
「じたばた暴れると、お姉さまに怒られるよ?」
「うー……」
 
 そうだった。暴れれば暴れるほど、聖さまは喜ぶんだった。
 じゃあじっとしていたらどうなるだろう、って祐巳が動かないでいると、聖さまは何もしてこなかった。
 
「……」
 
 二分ぐらい、黙っていただろうか。すると聖さまは「すぅー」なんて寝息を立てだした。
 本当に寝ちゃったよ、この人。
 
(……もういいや)
 
 わざわざ起こしてまで、文句を言いたくはなかった。聖さまと寝るのが嫌かと訊かれても、はいと首を縦に振れる気はしなかったから。
 だんだんと、睡魔が降りてくる。時刻はもう、午前一時をまわった頃だろうか。長旅の疲れもあるし、だんだん身体に力が入らなくなってくる。
 
「明日は、邪魔しないから」
 
 祐巳が眠りに落ちていく刹那。
 聖さまがそう呟いた気がした。
 
 

 
 
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