■ ドリルオーディション 第二章『ドリルオーディション2』 ここで、由乃さん評するもう一つの勇み足が前に進んだ。 「はい、由乃さま。確かに今の状況ですと勇み足と言われても仕方がありません。ですからあくまで今自分がみなさんに聞きたかったのは、もし瞳子がそういう状況であったら、力を貸していただきたい、ということです」 「乃梨子、つまりあなたが言いたいのは、瞳子ちゃんの練習パートナーがいなかった場合に私たちの力を借りられないか、と聞いているのね?」 「そうです、お姉さま」 流石は、志摩子さん。 あのとき一緒にいたわけでもでもないのに、ここまでの会話のピースを繋ぎ合わせて見事なまでに話題についてきてる。 「でも、乃梨子ちゃん。それならわざわざみんなの前で言わなくてもよかったんじゃないの? パートナーって言うからにはそんなにも人数が必要だとは思えないし、それになんか早くも手伝う気マンマンな人がいるみたいだし」 あ、言われてみれば、確かにそこは令さまの言う通りだ。もちろん瞳子ちゃんを手伝うには吝かでないが、言わないでほしいといわれた以上、知っている人間は少ない方がいいだろうから、いいよ、って言ってくれる人が出てくるまで聞いていく方がよさそうだし、最悪の場合乃梨子ちゃんが練習を手伝うって言うのもアリだったかも知んない。 乃梨子ちゃんが先ほどの令さまの疑問に答える。 「みなさんの前で、というよりも、山百合会のメンバーの前で、といったほうが正しいかもしれません。なぜなら、瞳子の手伝いをしてほしい、というのは練習パートナーという意味だけではなく、その練習できる場所も提供してほしい、という意味も含んでましたので」 山百合会のメンバーの前? 場所の提供? ……それってひょっとして? 「え、場所の提供? それってまさか?」 「はい、由乃さま。できれば約2週間くらいこの薔薇の館を瞳子の劇の練習するために提供していただけたらと思ってます」 やっぱりそうか。でも、 「練習って、ここで? それ本気なの、乃梨子ちゃん?」 うん、祐巳も由乃さんと同感だ。こんな狭いところで劇の練習なんてできるのだろうか? 「はい、瞳子の話を聞いてみると、オーディションの題目は殆ど一対一のワンツーマンですので、人数もそれほど広い場所も必要ありません」 なるほど、そういわれてみると納得できる。 確かに通常の劇と 一人の人間を審査するというオーディションでは大きく意味合いがかわってくる。 極端な話をすれば別にこっちはちゃんとした演技なんてできなくても、ただ瞳子ちゃんの相方のセリフを口にするだけでいい。 (……ん? でもそれだったら、わざわざ薔薇の館でなくてもいいんじゃないかな?) 「それは、ここが離れだからというのも関係してくるのかしら?」 祐巳がそう疑問に思っていると、祥子さまから更にその疑問を深めるような発言がされたりした。 「はい、そうです、紅薔薇さま」 そして、それを肯定する乃梨子ちゃん。むう、謎は深まるばかり。 「確かにそういう意味では、ここはうってつけだね」 ……と思ったら、はやくもその謎が解けたっぽい人が一人、 「ふうん。なるほどね」 そして二人。……ああ、ひょっとして。 「あなたがわざわざみんなの前で言ったのは、そういう意味もあったなのからね、乃梨子」 「はい、そうです。みなさんのおっしゃる通りの理由で頼むことにしました」 うう、またしてもこのタヌキだけみんなから置いていかれている。何気なく乃梨子ちゃんは「みなさん」といったが、残念ながらこのタヌキは数に入れられてはないらしい。 むう、またしてもこのタヌキは山に追い返される危機に襲われてるっぽいぞ。 「祐巳」 「おっ、お姉さま。もう少しだけ、もう少しだけ時間をください! どうか山に追い返すことだけはご勘弁を」 「山? 何を言っているのあなたは?」 「へっ? タヌキを山に追い返すのじゃないのですか、お姉さま」 「もう、何をわけの分からないことを言ってるのよ。あなたもそう思うでしょ。乃梨子ちゃんが薔薇の館を選んだわけは、まず、ここが少々声を出しても回りに聞こえない離れであること。つまり、演劇部をはじめ他の生徒に練習していても気がつかれない、ということが理由の一つだって」 「あ!」 (な、なるほど!) まだあくまで推測の域はでないが、もし瞳子ちゃんが演劇部の人に練習を頼まないというのであれば、オーディションのことを知られたくない、という意味も含まれるでありそうだ。そういうことだったら、山百合会メンバーしか使わない離れにある薔薇の館を使うのはまさにこれ以上ない選択といっていい。 「そっ、そうです、わたしもそう思ってました、お姉さま!」 「……まあ、そういうことにしとこうかしらね」 やっぱり祥子さま、タヌキが谷から転げ落ちていたことなどすっかりお見通し、でも今回に限っては哀れになったのか救いのロープを垂らしてくれて祐巳をみんなのところへ引き上げてくれた。 (やっぱり私をお見捨てにはならないでくれるのですね、お姉さま!) だがタヌキが安心したのも束の間、祥子さまからの正解という名のロープによって救い上げられた祐巳を待ち受けていたのは、あきれ果てたような祥子さまの顔。 「でもね、祐巳。あなた、もう少ししっかりしなさいね。せっかくさっきまであなたが一番状況を分かっていたのに、ちょっと油断したらすぐこれなんだから」 「……はい、すみません」 うう、どうやらその救いのロープは飼い主である祥子さまがタヌキを救い上げるだけではなく、そのタヌキを踏ん縛るためでもあったみたいだ。ぐえ。 「まあまあ、その辺にしときなさいって。で、乃梨子ちゃん。ここを選んだ理由は、場所の匿名性だけじゃなくて人の匿名性からでもここを選んだんじゃないかな」 「はい、そうです」 はて? 場所の匿名性はさっきいっていた薔薇の館が離れにあるということから少々声を出しても回りに声が聞こえない等の理由からそう言ってるのは分かるけど、人の匿名性とはどういうことだろう? 「そうね、その秘密を他に洩らすことなく自分達だけで共有できる、という観点からでも薔薇の館はうってつけね」 あ、そうか。人の匿名性、というのはそういう意味か。 「確かに私たちの中から秘密がばれる心配はありませんね」 うん、志摩子さんの言う通り。もともとただでさえ口が堅い山百合会メンバーが生徒の個人情報、しかも少なからず好ましいと思っている瞳子ちゃんの不利になるようなことを口にするわけがない。 祐巳が、うんうん、と納得していると、にこやかな、というよりもどちらかというと、ニヤニヤ、といった表情を浮かべるお人が一人。 「約一名を除いて、だけどね」 約一名? はて。 「誰のこと言ってるの、由乃さん。山百合会に、そんな口の軽い人いたっけ?」 祐巳の疑問に、由乃さんから返ってきた答えはこれまた意味不明。 「口はともかく、約一名顔が軽いって言うか、顔は口ほどによく物を言う人が約一名いるのよ」 「へ? 顔が軽い?」 顔が軽い、ってなんじゃそりゃ? 目は口ほどに、って言うのはあるが、顔が口ほどに、ってのははじめて聞いた。 祐巳が、いったい誰のことだろう? と思っているとことろに、祐巳はなんだかわからないが身体にむず痒い感覚に襲われる。あれ、と思って見てみると、あら不思議。どうしてなんだろうか、祐巳は薔薇のメンバーみんなの視線を独り占めにしてた。 祐巳はポジティブに、いま、私ってモテモテ? ひょっとして私の時代? と思おうとしたのだが、残念ながらこの世界はタヌキに対してそこまで天下泰平ではない。 この雰囲気はあれだ、お笑いの神さま光臨ってやつだ。……ん? て、まさか! ガタッ! 「ちょっと、由乃さん。ひょっとしてその、約一名、って私のこと!?」 祐巳は顔をぷーっとタヌキのように膨らませて、親友の由乃さんに迫る。 「ぷーっ、くっくっ、何いってるのよ、祐巳さん。べっ、別に、誰とは一言もいってないでしょ。あーっはは」 が、その迫られた方はその怒ったタヌキ顔がツボにはまったのか、噴出しながら否定していた。 (うーっ、そんな顔して、違う、っていわれても全然説得力ないじゃないか!) 祐巳がさかりがついたネコのように由乃さんを威嚇していると、由乃さんの保護者だけど肝心なところではぜんぜん保護が出来てない方からお声がかかる。 「ぷっ、くくく、ご、ごめんね、祐巳ちゃん。口の悪い妹で」 令さま。すみませんがそのお言葉は、なぐさめどころか逆にこのナイーブなタヌキの心をいたく傷つけてくれました。ううっ。 「ふふ、確かにその顔じゃあ、ばれてしまうかもしれないわね」 「なっ、し、志摩子さんまで!」 まさか、志摩子さんにまでそのようなことを言われちゃうだなんて、そんなに祐巳のお顔は口ほどにモノを言うのだろうか。……まあ、自覚はあるけど。ふんだ。 「祐巳さま、気になされないでください。人にはそれぞれ個性ってものがあります」 えっと、泣いていいのかな、乃梨子ちゃん。なんか、それ、トドメっぽいのだけど。くすん。 祐巳が、由乃さんをはじめメンバーみんなからのツッコミによって心の傷を負っているところに、その最後を締めるに相応しい方からのお声がかかった。 「祐巳、あなた。その顔じゃあ由乃ちゃんから言われても仕方がなくってよ。まったく、落ち着きがないって言うかなんていうか、いうなればまるで表情のスロットマシーンてとこかしらね」 「スッ、スロットマシーン!!」 自分の妹の顔を捕まえてスロットマシーンだなんて。そりゃいくらなんでもあんまりだと思う。 祐巳の心がスリーセブンで悲しみという名のコインを止めどなく吐き出していると、いち早く「笑い」という名のコートを脱ぎさり「真剣」という名の勝負服に着替えたような乃梨子ちゃんが祐巳たちに返答を迫ってきた。 「みなさま、そろそろお答えをしてほしいのですが」 ああごめんなさい、乃梨子ちゃん。まったく、誰かさんのせいでとんでもない回り道をしてしまった。そりゃ、乃梨子ちゃんが待ちきれなくなるのも当然だ。 乃梨子ちゃんの心の衣替えに感化されたのか、メンバーみんなも笑いのコートを脱ぎ捨てたように部屋の雰囲気が一変する。 祐巳が乃梨子ちゃんに、もちろんいいよ、といいたいのは山々だが、これは祐巳の一存で決められる問題ではない。みんなで話し合う必要があるだろう。 ただ、祐巳は心のどこかで楽観視していた。だって、体育祭、学園祭という2大イベント……と誰かさんのイケイケのおかげで急遽今年のリリアン史に刻まれることになったスールオーディションなるものが終わった今、山百合会は開店休業状態。 むろん、やることがないというわけではないが、今すぐやらなければならない仕事は今のところ、ない。 言うまでもなく、祐巳は協力に賛成だ。それに祥子さまだって親戚でもある瞳子ちゃんの一大事(まだ決まったわけじゃないけど)に反対するとも思えないし、発案者のお姉さまである志摩子さんも賛成してくれると思う。 ふむ、あとは由乃さんの青信号(イケイケ)が点灯して協力反対をしなければこの案は案外すんなりといくっぽい。 祐巳がそう考えていると、祐巳の隣にいた祥子さまからはっきりとした口調で声が発せられる。 「そうね。それじゃあ私がさっきの答えを述べさせてもらうわ。みんなもそれでいい?」 (あれ?) 何故だが知らないが、その祥子さまの言葉には逆らえない何かが感じられた。 「はあ、私は別に構いませんが」 そりゃ、瞳子ちゃんを応援すると明言した祐巳としてみれば、この中では間違いなく協力に賛成するであろう祥子さまが返事をすることに反対する理由はない。 祐巳がそう言うと、祥子さまは他のメンバーの意見を確認するかのように見渡すようにその視線をゆっくりと一周させる。だがどこからも意見も返ってくることはなく、そのうち幾人かは頷くような仕草をしていた。 周りからなにも返ってこなかったのを肯定と受け取ったのか、祥子さまは乃梨子ちゃんの方に視線を真っ直ぐ向ける。 「先に結論からいわせてもらうけど……」 (ふむふむ、結論は) 「……答えはNOよ」 (そうそう、NO……って、ええっ!!) その思いもしなかった祥子さまの発言に思わず悲鳴を上げそうになる。 だって、どう捉えても「NO」は反対の意味にしか取れない。 反対。つまり、瞳子ちゃんに協力できない、という意味。 「ちょ、ちょっと待ってください、お姉さま! どっ、どうしてNOなのですか?!」 だがせっかくの妹の狼狽も、祥子さまの美しいトーンカーブを描いてる繭を右斜め上にあげることしか出来なかった。 「あなたは黙って頂戴。理由が聞きたいって顔してるわね、乃梨子ちゃん?」 「ええ、是非ともお願いします、紅薔薇さま」 ええ、こちらからもお願いします。是非ともお願いします。 祐巳がそう思ってることなど知ってか知らずか、祥子さまはゆっくりと口を開いた。 「乃梨子ちゃん、一つ質問をするわ。私たちはなんなのかしら?」 「私たち? この中にいるひとたちを指す意味ですか?」 「そうよ、この中にいるメンバーのことよ」 「それは……」 「山百合会、ですか」 「そう、私たちは山百合会。つまり、この学校の生徒会なの」 祥子さまは、乃梨子ちゃんにさらに語りかけてくる。 「あなたが親友の瞳子ちゃんを助けたいって気持ちはよくわかるわ。でも、あなたがさっきいった、山百合会のメンバーとしてそういうことを頼むのなら、それはNOとしか言えないの」 「それは、山百合会はあくまで公人の立場であり、一生徒に対しての優遇措置はできない、という意味ですか」 公人、つまり、山百合会は私事で判断を下してはいけない、ってこと? 「そうとってもらって結構よ。私たち山百合会は全生徒の模範であり、統括する立場なの。それなのにあなたの個人的頼みを引き受けてリリアン女学院一生徒に過ぎない瞳子ちゃんを贔屓してしまったら、それこそみなに示しがつかないわ。そのようなこと白薔薇の蕾であるあなたにもわかるでしょう」 そうとってもらって結構、乃梨子ちゃんに対して言った祥子の言葉はまるで祐巳に対して返してきたような錯覚を受ける。 はっきりNOと突きつけられた乃梨子ちゃんは搾り出すように声を出した。 「……そうですね。いくらそういう立場の方でも、幼馴染の親戚が困っていたらそのあたりは少々目を瞑ってくれるだろう、と期待していた自分が馬鹿でした」 「ちょっ、乃梨子ちゃん!」 「乃梨子」 「いいのよ、言わせておきなさい」 いつもであれば間違いなく怒るであろう言葉を言われた祥子さまは、何事もなかったかのように平然としていた。むしろ、言ったほうの乃梨子ちゃんの方が感情的に見える。 (断られるとは思ってなかったんだろうな、きっと) 乃梨子ちゃん。気持ちはわかる、分かるよ。だって、祐巳も同じ気持ちだったのだから。でも、山百合会は公人と言われたら納得するしかない。確かに、祐巳たち生徒会は生徒の模範となるべきもの。 (うん、そりゃあ仕方ない……よね) だが祐巳の心の片隅では、そりゃお姉さまの言うこともごもっとも。だけど、という「ごもっとも」と「だけど」が振り子のように運動を繰り返す。まるでそれは、感情と理性という名の振り子のように。 その振り子運動が続いてることなど関係ないように二人の会話が再開された。 「ここは、蕾であるこの私が、薔薇さまである祥子さまに働いた無礼をお許しいただきありがとうございました、と言えばいいのでしょうか、紅薔薇さま」 (確かにお姉さまの言うことは正論だ。……でも、このまま指をくわえてるだけで本当にいいの?) 「いいわ、別にそんなこと」 (ううん、よくない。って、違う。いや、違わないというか。……ええい、ままよ!) 祐巳は勢いよくイスから立ち上がろうとした。 がっ! するっ! ごち!! 「あぎゃっ!!」 そして見事にこけた。そりゃあもうこれでもかってくらいに。とても痛かった。 「……祐巳、何やってるの、あなた」 そしてようやく痛みの引いた祐巳を待ち受けていたのは、南極にいるクマさんもびっくりするくらいツンドラ冷え冷えな祥子さまの凍りつくような視線。 そのあまりにひゃっこい視線に祐巳は凍りつくが、なんとか力を振り絞り祥子さまにアタックする。 「おっ、お姉さま、先ほどのお話ですが」 「何? 何か言いたいことがあるのならはっきり切り言いなさい」 よし、なら言ってみることにしよう。……後が怖いけど。 「はい、確かにお姉さまの先ほど言われたことは正論だと思います」 「じゃあ、何も問題ないじゃない」 「はい、そうです。……いえ、そうじゃなくて」 うっ、さすが祥子さま。祐巳は危うく5秒で納得させられそうになってしまった。 でもだめだ、簡単に納得しちゃあ。よし、パワー全開! 「おっ、お姉さま、さっきのお話なんですけど、やっぱりなんというか、冷たいというか冷たいのはお姉さまの視線だったりするというか」 うう、何を言ってるのだろう、自分。 全開とはいってもしょせん祐巳の力はタヌキパワー。祐巳のお尻は、かちかち山よろしく火がついていた。 「何が言いたいのかさっぱりわからなくてよ。人になにか語る時は考えてまとめてからにしなさい!」 ひゃあ、そしてその火は祥子さまという強風によって煽られて祐巳は全身火だるまのようになってしまった。 うう、もうこうなったらやけっぱちだ。いけいけGO!GO! 祐巳は焼死する覚悟で祥子さまに飛び込んでいった。 「は、はい、お姉さま。たった今、考えがまとまりました。えっと、祐巳の考えはとてもシンプルです。瞳子ちゃんを手伝いたい、ただそれだけです」 祐巳は、ただひたすら祥子さまからの返答をじっと待つ。 「別に構わなくてよ」 「はい、祐巳も構いません!……はい?」 あれ、気のせいかな? 何か今おかしなことを聞いたような気が? (別に構わなくてよ、ってことはつまりOKってことになるんじゃないだろうか?) 祐巳は、はて、と首をかしげることになった。 「あれ、何が構わないのですかお姉さま?」 「何がって、あなた、大丈夫なの? 決まってるじゃない、瞳子ちゃんの手伝いでしょ」 およ? 大丈夫って、むしろ祐巳のセリフなのですが。 決まってるって、祥子さま、ここで言う、決まってる、は「構わない」の中身でもあるわけで、それは瞳子ちゃんを手伝うことみたいで、あれ? つまり祥子さまは、瞳子ちゃんの手伝いをしても構わない、とおっしゃってるわけ? 「あのー、お姉さまは、瞳子ちゃんの手伝いをするのは反対をされてたんじゃあ?」 「ええ、山百合会、薔薇の執行部の一員としてはそれは賛成できない、っていったわ。でも」 でも? 「小笠原祥子、つまり私人である私が親戚でもある瞳子ちゃんの手伝いをするのは当たり前でしょ」 祥子さまは、さも手伝うことなど当たり前のようにサラリと口にしていた。 でも祐巳としてみれば、サラリといかれたら困るわけで。 祐巳は、次々と襲ってくるサプライズに化かされたように目をまわす。 「ええーっ! ちょ、ちょっとお姉さま、そりゃあんまりってものです」 「何が? 私はあくまで、山百合会としてはNO、とはっきりといったはずよ」 うう、祥子さまってずるい。こうして「瞳子ちゃんを手伝ぞ大作戦」は祐巳の自爆によって幕を閉じる。 だが、祥子さまの方はそれで終わらない。祥子さまは急に令さまに声をかける。 「令、今、山百合会に急ぎの仕事はあったかしら?」 「ううん、今のところはなにも」 意見を向けられた令さまは、何故だかにやっとしながら返していた。それはまるで、ようやく来たか、ってな感字に見えた。 「そうね、令のいう通り山百合会には急ぎの仕事もなく、これといった予定もないわ」 はあ、そりゃ分かってますが。でも、なんでいきなりそんな事言い出したのだろう? ん、まてよ? さっき同じようなこと考えてなかったか、自分? 「みんなもよく聞いておいて、学園祭の後始末もようやく終わったし一息ついたからしばらくは、そうね、大体2週間ぐらいは山百合会として決まった集まりはやめて、ここに来るのは本人の自由意志ということにするわ」 「へっ? そっ、それってどういう意味ですか、お姉さま?」 ひょっとして、ひょっとして? 「明日から2週間はここにくるのは山百合会の一員ではなく、あくまでリリアン一生徒のプライベートとして来るってことよ」 祐巳が目を回してる事などお構いなく、祥子さまはさらに言葉を重ねた。 「つまり、リリアン生徒として規律を乱さないのであれば、お茶を飲もうが、お友達を連れてこようが、おしゃべりを楽しもうが……」 「劇の練習をしようがかまわない、ですか?」 乃梨子ちゃんが祥子さまの後を継ぐように口を開いた。 「そういうことよ、乃梨子ちゃん」 なんだ結局、祥子さまったら瞳子ちゃんを助ける気だったんじゃないか。……でも、それだったらそんな回りくどいことを言わなくて、乃梨子ちゃんにあんな意地悪しなきゃいいのに。もう。 祐巳が心の中で膨れていると、祥子さまが少し笑いながら祐巳に声をかけてきた。 「それなら最初からあんな意地悪しないでいいのに、って顔してるわね、祐巳」 「えっ! どっ、どうして分かっちゃったのですか?」 「「「「はあー」」」」 祐巳がそういった瞬間、周りから見事にハモった実に深刻そうな溜め息が祐巳の耳に入ってくる。 その見事なまでの溜め息のハーモニーによって、祐巳は自分がカマを掛けられたことが悟った。 罠にしっかりかかった祐巳は、そーっと罠をしかけた祥子さまの顔をうかがう。 「祐巳」 「ひゃん!」 「ぷっ、もうあなたって子は、どうしたらそのような声が出せるのかしら?」 意外や意外、祥子さまの声からは怒りの成分は含まれてないっぽい。 「あ、あの、怒ってらっしゃらないのですか、お姉さま」 「あら、あなた、怒ってほしいわけ?」 「いえいえいえいえ、とんでもない!」 ええ、そりゃあもう。怒らないでくださるのなら大助かりです。 タヌキの願いが聞き届けられたのか、祥子さまは苦笑しながらその視線を乃梨子ちゃんのほうに向けていた。 「ごめんなさいね、乃梨子ちゃん。別に意地悪がしたくてこのようなことをしたわけじゃないのよ。でもね、責任のあるものは公私のけじめをきちんとつけないといけないから、あのような形でやらせてもらったの」 「いえ、こちらこそ軽率なことを言ってしまってすみませんでした、紅薔薇さま」 ああ、よかった。乃梨子ちゃんもさっきまでの剣呑な気配がすっかりなくなってる。 それを確認したのかどうかは分からないけど、祥子さまはその表情に微笑のようなものを浮かべていた。 「別に謝らなくってもよくってよ。確かにあなたの友達を思いやるその心はとても大切なものだわ。ただ、これだけは憶えていて。山百合会という看板をしょっている以上、あなたの行いがどういう結果をおよぼすかよく考えてから行動して頂戴、いいわね。」 「はい」 うんうん、流石は祥子さま。酸いも甘いもよくわかってらっしゃる。 「あと、あなたもよ、祐巳」 「ひゃ、ひゃい」 話を振られた祐巳は悲鳴のような情けない声を上げてしまった。 その声を聞いた祥子さまは、なぜか満足そうに笑っている。 「ねえ、令ちゃん。さっき何にも口をはさまなかったけど、ひょっとして紅薔薇さまの考えていることがわかってたの?」 「うん、なんとなく、だけどね。祥子なら公私混同な事はしないだろうし、かといって瞳子ちゃんを見捨てるようなことはしないだろうからね」 うっ、祥子さまの妹であるこの祐巳は、いくら何でも冷たすぎるんじゃないかって思ってました。
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