■ ドリルオーディション
 
 
 
 
 今は放課後、ここは薔薇の館。
 今日ここに、ある爆弾が投下された。
 爆弾、爆弾といえば山百合会では主に由乃さんの専売特許だが、今日の爆弾は以外にも乃梨子ちゃんからもたらされた。
 
 「オーディション? 瞳子ちゃんが?」
 「はい。そうです、祐巳さま」
 
 オーディションといえば、あれだ。この前、祐巳と由乃さんがやったやつだ。
 そう、今からちょっと前、祐巳は親友である由乃さんに巻き込めれる形で(むろん、こんなことは由乃さんに言おうものなら、由乃爆弾に火がつくから言えないが)スールオーディションなるものをやったばかりだった。
 その結果は、祐巳にも由乃さんにも横にお姉さましか座っていないたる寂しい光景から容易に想像が出来てしまうのが悲しいところ。
 まあ、祐巳の友達から素敵なカップルが生まれたり、それ以外にも色々と出会いがあったみたいなのでオーディション自体は成功したといえるだろう。……そうだからといって、出会いがなかった祐巳を見る祥子さまの呆れたような視線はちっとも優しくなってくれはしなかったが。うう。
 これ以上、祥子さまの視線を思い出しても精神的衛生上あまりよくなかったので、祐巳は考えを瞳子ちゃんに戻すことにした。
 
 (瞳子ちゃんがオーディション。なんの? ……ドリル? ドリルオーディション?)
 
 ほわわわん(妄想中)
 
 エントリーナンバ47番、瞳子。ドリルで壁に穴を開けますわ! ギュイィィィーンン!! ドリドリドリ!! どこっ!!
 
 うおおー!! ぱちぱちぱち!(大拍手)
 
 ただ今の瞳子さんの得点は、
 9点 10点 10点 9点 9点 10点 10点 10点 9点 10点 
 以上で96点です! これによって瞳子さんの優勝が決まりました!
 
 「やったぁ! 瞳子ちゃん!」
 「ふん。当然ですわ」
 
 はわわわん(妄想終了)
 
 ……いや、流石にそれは違うだろうと、祐巳は頭をふりその妄想を追いやった。
 むう、こんな馬鹿な考えなどしないで聞いてみるのが一番だ。祐巳はさっそく乃梨子ちゃんに聞いてみることにする。
 
 「乃梨子ちゃん、それってなんのオーディション?」
 「は?」
 
 祐巳の質問に乃梨子ちゃんは、さも、意外なことを聞かれた、といった表情を顔に浮かべたりした。
 はて、よく聞こえなかったかな? 祐巳は再度、乃梨子ちゃんに同じ質問をする。
 
 「いや、は? じゃなくて、瞳子ちゃんはどういう……」
 
 だが、祐巳は最後まで発言することが出来なかった。なぜならこの部屋において、誰よりも祐巳に対して一番影響力あるお方から声がかかったから。
 
 「あなた、本気で言ってるの、それ?」
 
 その声は、祐巳にとって最愛唯一であるお姉さまであり、ときに愛が高じて恐ろしい愛のムチで祐巳をビシバシと叱ったりもしてくれる祥子さまだった。
 そして、声の響きは明らかに後者な感じが混じってるぽい。ビシ!
 
 「へ? あ、あの、お姉さま。はい、しっかりと本気だったりするわけですが……」
 
 祐巳の語尾がだんだんと小さくなっていってる訳は、祥子さまの美しいお顔が明らかーにぴくぴくとし始めていたからで。
 祐巳は何で祥子さまがぴくぴくしてるのかさっぱり分からなかったので、助けを求めるように山百合会メンバーの方に視線をぐるりを見渡してみた。
 だが、祐巳を助けるどころかメンバー全員みんな同じ人によって大小の差はあるが、ある共通した表情を浮かべている。 
 それは、明らかに呆れ。
 みんなは呆れたような、困ったような表情を浮かべ祐巳の方を見ていたりしている。
 あと祥子さまだけは、それ+ヒステリーというスパイスの効いたトッピングが頼んでないのについてたりする。
 
 「あ、あれ? みなさんどうしてそのような顔をしてるのですか?」
 
 祐巳は居たたまれなくなって、思わずみんなに問い掛けるように口を開いた。
 
 「本当に分からないの、祐巳さん?」
 
 ここで、ちょっと困ったような顔を浮べながら祐巳に話し掛けてくるのは、志摩子さん。
 
 「よーく考えてみて。そうすれば分かるよ」
 
 どうしてわからないの?的なニュアンスで、祐巳をつついてきたのは令さまで。
 
 「瞳子ちゃんといえば?」
 
 と令さまの後を継いで、ヒントらしきことを言ってきたのは由乃さんだったりして。
 
 「瞳子はあるものを目指して、ある部活活動をやってます」
 
 そして、ほにゃららで、ほにゃららなことを言ってくるのは、瞳子ちゃんと同じクラスである乃梨子ちゃんだったりする。
 
 「まだ分からないの、祐巳?」
 
 そして最後に祐巳にトドメをさしてくれたのは、やっぱり祥子さまだったりした。
 ここに山百合会メンバーによるタヌキ包囲網ががっちりと敷かれ、その中心にいるタヌキはあうあうと唸っている。
 もしここでタヌキが答えを間違えようものなら、このタヌキは山にでも追いやられそうだ。
 タヌキは山には帰りたくなかったので、ない知恵絞ってさっき聞いた会話を元に「オーディション」の正体を推理してみる。
 
 えっと、会話でヒントになりそうなのは「瞳子ちゃんといえば」、「あるものを目指して」、「ある部活に入っている」この辺だろう。どうやら、その「あるもの」というところに答えが隠されてるっぽいみたいだぞ。
 よし、分かるものから整理していこう。えっと、瞳子ちゃんといえばドリル、っていきなり脱線してどうする。
 むう、やり直し。瞳子ちゃんが入っている部活は、そう演劇部。んでもって順序が逆になったけど、瞳子ちゃんが演劇部をやっているのは「あるもの」を目指しているからで……って。
 瞳子ちゃんが目指しているものなど決まっている。あれだ。
 ……まてよ、て、いうことは、瞳子ちゃんのオーディションって、まさか、まさか。
 
 「えっ、えっ、ええーっ!!」
 
 ようやくたどり着いたその答えに、祐巳は思わず大声をあげてしまった。
 
 「もう、はしたない。なんて大声をだすの、あなたは」
 「でっ、でも、お姉さま」
 
 だって、そうは言われても祥子さま、これが驚かずにいられますかって話ですよ、これは。瞳子ちゃんが女優のオーディションを受けるだなんて。
 
 「まあ、オーディションといってもあくまで地方予選でみたいで、それほどたいしたものじゃあないって本人がいってましたけど」
 
 いや、乃梨子ちゃん。そうはいってもやっぱりそれは祐巳にとって凄いことではあるわけで。
 
 「まあなんにせよ、おもしろそうね。こりゃ楽しみだわ」
 「コラ、由乃。ちょっと不謹慎だよ、その発言は」
 
 ことオーディションということを、おもしろそう、の一言で片付ける由乃さんと、その発言をたしなめる令さま。まあ、楽しみ、という意味では祐巳も由乃さんとまったく同感だ。
 
 「これでもし「ドリルのオ−ディション?」とかいわれたらどうしようかと思ったわよ」
 「ふふ、いくらなんでもそれは失礼じゃないかしら」
 「まっ、まさかあ。いくら私でもそこまでは」
 
 いえない、今さっき祐巳の頭の中は底抜けに抜けていて、瞳子ちゃんが壁を突き抜けてブッチ切りの優勝を飾っていたなんていえるはずがない。
 
 「ええ、もちろん冗談よ、祐巳さん」
 
 由乃さんがそういって笑ってきて、祐巳も心の中で「ごめんね、瞳子ちゃん」と謝りながら力なく笑った。
 ひとしきり祐巳たち2年生トリオが笑った後、話題の発端である乃梨子ちゃんが口を開いた。
 
 「ではそろそろ話を進めたいのですが、みなさんよろしいですか?」
 「ええ、いいわ、乃梨子ちゃん」 
 
 おっと、そうだ。ようやく祐巳は、この話題についてようやくスタートラインについたばかりで、瞳子ちゃんがオーディションをやる、という以外なんにもわかっていない。これはもう、乃梨子ちゃんから是が非でも詳しい話を聞き出す必要があるだろう。祐巳は耳をダンボみたいにして、乃梨子ちゃんの言葉に耳を傾けることにした。
 
 「はい、じゃあ話を続けさせていただきます。一昨日の昼休みに瞳子が、今度、小さい大会ですけどオーディションを受けてみようと思うのです、って私に言ってきたのです」 
 
 ここで祥子さまがちょっと不思議そうな顔を浮かべていた。  
 
 「でも、瞳子ちゃん。昨日、私と少し話したけどそのようなこと私にはなんにもいわなかったわね。別に自惚れるわけじゃないけど、ちょっとそこが不思議だわ」
 
 ふむ、確かにそこは不思議かも。確かに乃梨子ちゃんは瞳子ちゃんと親友だから教えても不思議ではないけど、姉のように慕っている祥子さまに何も言ってないのはおかしいような気がする。
 祐巳たちの疑問に答えるような形で乃梨子ちゃんが答えた。 
 
 「たぶん、ですけど、最初は私にも話すつもりはなかったんだと思います。会話の流れでポロッって出た感じでしたし。しかもすぐに、誰にも言わないで、って私に口止めしてきたぐらいでしたから」
 
 はい?
 
 おいおい、乃梨子ちゃん。それじゃあそれを祐巳たちに言ったらダメじゃないのか?
 祐巳が心の中で思わず突っ込みを乃梨子ちゃんに入れていると、祐巳のかわりに乃梨子ちゃんに対して口を開くお方がいた。
 
 「で、乃梨子ちゃん。オーディションのことはわかったけど、それを私たちに言ってよかったの? 瞳子ちゃんとは知らぬ中でもないし、応援に行かせてもらいたいのはやまやまだけど。でも瞳子ちゃんの話を聞く限りじゃあなんか内緒にしたかったみたいだし、応援にいっていいのかどうか」
 
 おそらくはみんなの疑問であろうことを代弁してくれたのは、令さま。
 もちろん、祐巳だって瞳子ちゃんとは知らぬ中ではない。いやそれどころか、何故だが知らないけどリリアン一年生で祐巳のイメージ偶像が勝手にひょいと2段とばしぐらいで進んでいる中、祐巳にとっては数少ない祐巳の本当の姿を知っていて、なおかつ真剣に意見をぶつけてくれたりしてくれる貴重でかわいい一年生、むこうがどう思ってくれているのかは知らないが、祐巳にとって瞳子ちゃんはそういうポジションにいる子だ。応援にいけるものなら是が非でも行きたい。
 
 ここで、乃梨子ちゃんが先ほどの令さまに対する返答をした。だが、乃梨子ちゃんから帰ってきた返答はみなの意外なものだった。
 
 「あ、いえ、黄薔薇さま。応援に行ってほしい、ではなく、応援をしてほしい、の方なんです」
 
 はて?
 
 ある意味返答になってない乃梨子ちゃんの答えに、メンバーみんなが首をかしげる。
 だって、応援に行ってほしい、と応援をしてほしいじゃ、確かに少しだけ言葉は違っているけど意味は同じじゃないのかな。
 みんなの様子を察知したのか、乃梨子ちゃんが慌てたように口を開いた。
 
 「あっ、すみません、言葉が足りませんでした。瞳子を応援をしてほしい、という意味は、瞳子を手伝ってほしい、という意味です、みなさん」
 
 なるほど。応援と手伝い、これなら確かに明確に意味が違う。祐巳は、その説明によってやっと乃梨子ちゃんの言いたいことが理解できた。……ただ、それによって同時にもう一つの疑問も生まれるのだが。
 
 「手伝い、ってそれだけじゃ何をすればいいか全然分からないわよ。で結局、瞳子ちゃんの何を手伝えばいいわけ?」
 
 そう、その疑問は由乃さんが今言ってくれた手伝いの内容について。応援ならやることはかなり限られてくるが、手伝いだとそうはいかない。それこそ、いくらでも考えつく。
 
 「それについてはこれから説明します。あとそれによって、どうして私が瞳子が内緒にしてくれって言ったことを皆さんにお話したのかわかっていただけると思いますし」、
 
 乃梨子ちゃんは親友が内緒にしてほしいっていうことを簡単に、いくら瞳子ちゃんを知っている人にでもうっかりとは漏らしたたりはしないだろう。
 ふむ、どうやらこれはけっこう訳ありであるっぽい。
 みなが乃梨子ちゃんの方に意識を向ける中、乃梨子ちゃんはゆっくりと言葉を選ぶようにしながら口を開いた。
 
 「瞳子がオーディションを受ける、って言ったとき……それこそ口を滑らしたようにポロって言ったのですけど、一言こう言いました。オーディションの練習相手をしてくれる人がほしい、って」
 
 (へ? 練習相手がほしい? どういうこと?)
 
 祐巳は、乃梨子ちゃんが今言ったことに対して引っかかるものを感じていた。
 
 (それはなんかおかしいような? だって、瞳子ちゃんは……)
 
 「練習相手がほしい、ってそれこそ瞳子ちゃん、いくらでも演劇部の人に頼めばいいじゃない」
 
 そう、瞳子ちゃんは演劇部所属。しかも一年生の身でありながら今年の学園祭で演劇部主催の劇では主役の一人を演じるぐらいの、いわば期待のホープってやつ。
 
 (それなのに練習相手がいないなんて・…ってあれ?……演劇部? 今年の学園祭? なにか忘れてるような)
 
 また再び祐巳は心に引っかかり憶えていた。さっきはただ単に乃梨子ちゃんの言ったことに対して、ただ単におかしいな、って感じただけと思っていたのだが、これは違う。なにかもっと根深い引っ掛かりを感じていた。
 
 (えっと、なんだったっけ? たぶん、学園祭の時が関係してくるような気がするけれど?)
 
 祐巳が考えに没頭していると、乃梨子ちゃんが由乃さんに先ほどの質問に対して答えていた。
 
 「確かに、その通りだと思います。私もそう思って瞳子に言いました。演劇部の人に頼めばいいじゃない、って」
 「でしょ。それで瞳子ちゃんはどう言ったの?」
 「はい、そういったら瞳子はちょっと顔を歪めた後またいつもの瞳子に戻って、ああ、言われてみれば、そうですわね。そうしますわ、って」
 
 (演劇部のひと? そういえば瞳子ちゃんは確かあのとき……)
 
 「は? ならなにも問題ないじゃない。演劇が好きなもの同士、いくらでも練習できるでしょ」
 「はい、言葉どうりに受け止めればそうなのですが……」
 
 (そうだ、瞳子ちゃん。あのとき演劇部の先輩と……って、あっ! あっ!)
 
 「あーっ!!」
 
 二人の会話を吹き飛ばすかのような素っ頓狂な声が、薔薇の館に響き渡る。
 
 「どっ、どうしたのよ、祐巳さん。いきなり変な悲鳴あげて」
 「大丈夫、祐巳さん」
 
 変な奇声をあげた祐巳の方に、親友である2人から心配の声があがる。
 だが、せっかく心配してくれている志摩子さんや由乃さんには悪いのだが、今はそれよりも大切なことがあった。
 
 「……瞳子ちゃん、たぶん演劇部の人には頼まないと思う」
 「はい、私も瞳子の様子からそう思います、祐巳さま」
 「え、なんでそう思うの、祐巳さんに乃梨子ちゃん? そんなのおかしいじゃない。だって、瞳子ちゃん演劇部なんだからそうするのが自然でしょ」
 
 ちがうんだ、由乃さん。確かに普通ならそれで正しいけど、瞳子ちゃんの場合はそれがそう簡単にはいかないわけがある。
 ここで、今まで黙っていた祥子さまたちが口を挟んできた。
 
 「由乃ちゃん、あのときのせいで祐巳は、瞳子ちゃんは演劇部の人には頼めない、っていってるんじゃないかしら?」
 「うん、そうだね。ね、祐巳ちゃん」
 
 さすがは祥子さまに令さまの薔薇さま方、祐巳が思いつくことなどとっくにお見通し、といったところか。
 ここにきてようやく由乃さんも「あ!」といった表情を浮かべていた。まだ志摩子さんだけが「?」を浮かべていたがこればかりはしょうがない、だって一緒にいたのは瞳子ちゃんを含めた祐巳と祥子さまと令さま。
 
 「あっ! それってひょっとして、瞳子ちゃんが演劇部とトラブルったあれのこと?」
 
 そして、遅ればせながら思い出した由乃さんの5人だけ。ここでいう、あのとき、とは祐巳が瞳子ちゃんが演劇部と山百合会の劇を掛け持ちしたために起こってしまったゴタゴタに対して、祐巳に白羽の矢がグサリとささったときのこと。 
 
 大切なのは話の途中で瞳子ちゃんから、演劇部の1部の人たちととあまり仲がよくないと、いや、はっきり言ってしまえば大ゲンカをした、と聞いてしまったことだろう。
 その後、瞳子ちゃんは演劇部に戻って事なきを得たが、やっぱり一度こじれたものはそう簡単には元には戻らない。特に、人の心が関わってくるのなら尚更だ。
 祐巳が瞳子ちゃんの話を聞く限りでは、瞳子ちゃんはあまり悪くはない、と思う。むしろ、1部の先輩部員たちのやっかみにさえ思えた。でも、だからといって瞳子ちゃんは演劇部の人たちには頼めないんじゃないだろうか。 
 もし、上級生たちにそのようなことを頼んだら、むろん全ての人たちが瞳子ちゃんに意地悪したような人たちではないだろう。でもひょっとしたら後輩の子がそういったものを受けるとなると内心おもしろくないかもしれないし、かといって同い年である一年生の子に頼もうとしても、先輩たちの目を恐れてなかなか手伝えないかもしれない。
 
 (……やっぱり、そういうのがあるから頼めないんだよね、きっと)
 
 むろん祐巳の考えなど杞憂で、今頃、瞳子ちゃんは演劇部のみんなとオーディションに向かって頑張っているのかもしれない。それならそれでいい。……でも、もしそうじゃなかったとしたら。
 
 (よし!)
 
 祐巳は乃梨子ちゃんに向かって、まるで授業参観の日に親にいいところを見せようとしているような児童のように大きく手を挙げてアピールした。
 
 がたっ!
 
 「乃梨子ちゃん、私、手伝う。ううん、むしろ手伝わさせて!」
 「ひっ!」 
 
 ずささっ! 
 
 児童の勢いに圧倒されたのか、乃梨子先生は慌てたように祐巳が勢いよく進んだ分、後ろにずささっと身体を引いていた。
 
 (あはは、ちょっとばかし勢いがよすぎてしまったみたい。……反省)
 
 勢いに押された乃梨子先生はなんとか踏みとどまり、びっくりした表情をはにかんだような笑顔に変えながら祐巳の方に答えてきた。 
 
 「はい、ありがとうございます、祐巳さま」 
 
 ああ、よかった。どうやらこのあわてんぼうの挙手は、見事に乃梨子先生の指名を勝ち取ったみたいだ。
 だが、せっかくの指名にケチをつけるかのような声が、どこのクラスにも一人はいるわんぱく児童な由乃さんからもたらされる。
 
 「ちょっと、祐巳さんに乃梨子ちゃん。それって勇み足すぎじゃない? 確かにあのときのことがまだ尾を引いてたらそうなってもおかしくはないけど、まだ何の確証もないわけだし」
 
 うん、それは確かにわんぱく由乃さんの言う通り、確証は乃梨子ちゃんと祐巳の「なんとなく」に過ぎない。
 でも、これもなんとなくだが確信していた。
 
 たぶん、今回の「なんとなく」は間違っていない、と。
 
 

 
 
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