■ ディベロップメント山百合会 -終章- それぞれの懊悩の後、並んだ項目は十五にも及んだ。百合、ロト、桂、もういっそ色だけ。自由闊達な発想は、バリエーション豊かに並んでいる。 「……ということで、『レンジャー』が四十七票を集め、これを第一案とすることにします」 「ちょっと待った!」 真っ先に異論を唱えたのは由乃だった。これは決して、『猫』というある意味ファンシーな称号を挙げたにも関わらず、あまり票を集めなかった逆恨みではない。 「なあに、由乃さん。公正な投票に何か異論でもあるの?」 「あるに決まってるでしょ。何でここには九人しかいないのに、四十七票もあるのよ」 「そんなの、私が十五票入れたからに決まってるじゃない」 「あ、私は十二票入れました」 「私は十九票入れたわ」 「……それのどこが公平なのよ」 分かったわよ、といきり立つと由乃は『猫』に百と書いた。猫の圧勝である。にゃごー。 「なら私は猫に百ひょ」 「しかしレンジャーになると、私は紅レンジャーねぇ」 「って聞けよコラ」 「黄レンジャー、何か言った?」 「黄レンジャー、少し落ち着くべきよ」 「そうですよ、黄レンジャー」 「っていうか、カレー少女」 「今さり気なくカレー言うたヤツ前でろ。スパイス目に入れて泣かしたるわい」 怒りを露にする由乃を指し、菜々が言った。 ママー、お姉ちゃんはカレーなの? ええ、カレーよ。食べたら口の中で暴れまわるわ――。 叫んでいる由乃の声でこの会話が誰にも知れなかったことは、不幸中の幸いであった。 「それにしても、レンジャーって言ったら大体五人じゃないかしら?」 「そうねえ、あと桃とか黒が欲しいわね。蟹名の姐さんがいれば一人で二役できたけど、イタリアだし」 黄レンジャーを無視して、白レンジャーと紅レンジャーが言った。由乃は、どっちかというと『“キレ”んじゃー』であるが、誰もが考え付いては発言を控えた。 「その前にお姉さま、つぼみはどうするのです?」 「そうねぇ……紅レンジャー予備軍?」 「その妹は?」 「えーっと、紅レンジャー予備軍訓練生?」 「適当に言ってます?」 「うん、凄く」 瞳子は「はぁ」と肩で息をしたが、それ以上にしっくりくる答えが導き出せないようで、姉を諌めるようなことはしなかった。 そんな怠惰な空気の中、江利子が桂に声をかけた。もし『桂』が称号になっていたら、あなたも並桂になれたのにね。慰めているのか貶しているのかよく分からない。 「ところで紅レンジャー、質問があります」 そこで不意に手を上げたのは白レンジャー予備軍、つまり乃梨子である。非常に凛々しい声と併せての挙手だったが、若干鼻血の跡があるのが情けない。 「薔薇からレンジャーに変わると言うことは、薔薇の館は『レンジャーの館』になるわけですか?」 「そうなるわねぇ」 「っていうか、そもそも何レンジャーなのよ」 もう諦めたらしい由乃は、もっともな疑問を提起した。そもそもレンジャーという称号自体、どこから出てきたのか疑問だった。 「元は薔薇だから、薔薇レンジャー?」 「それじゃ薔薇の称号を捨ててないでしょ」 「じゃあ山百合戦隊百合レンジャー」 「何よその全員デキてそうな名前は」 掛けては返される言葉は、まるで隙のない剣戟のようである。話している内容がくだらないことだと忘れそうな勢いだ。 「ここは一つ、最もピュアなものにあやかってみたらどうかしら。そっちのほうが親しみ易いわよ」 江利子は唐突に言う。美味しいところだけ持って行く算段である。 「ピュアなものって……やっぱりゴレ○ジャー?」 「いいえ、違うわ。『レンジャー』よ」 「レンジャー?」 そのまんまかよと誰かが突っ込んだが、やはり無視された。 「レンジャーって、あの……」 「そう、自衛○のレンジャー」 それ、戦隊物じゃない。今一度誰かが突っ込んだが、戦隊物である必要もなかった。 「そうなるとここはレンジャーの館。紅茶を飲む代わりに大胸筋を鍛えましょう」 「意味が分かりません。このデコ」 「由乃ちゃん、言ってることの前半だけ猫かぶっても無駄なの分かっている?」 再び加熱する孫と祖母の摩擦熱。ママー、お姉ちゃんが鏡と睨めっこしてるよー。違うわよ、あれは鏡じゃなくてお凸なのよ。菜々と可南子の二人は相変わらずである。 そんな小さな喧嘩を見飽きている祐巳は、諤々と続く声を意にも介さず思案に耽っていた。 やがて二人の口喧嘩が「この人間投光器!」、「うっさいわこの癇癪持ち!」という口汚い言葉ばかりになってきた頃である。祐巳はとりあえず由乃と江利子を無視して、他の者たちに問いかけた。 「いいんじゃない? レンジャー山百合会」 え、と素っ頓狂な声が返ってきたのは言うまでもない。志摩子や瞳子は勿論、乃梨子までもうっかり口を開いたままでいるぐらいだ。 「えっと、レンジャーってすっごくキツいんじゃないですっけ」 「そうね。でも甘ったれのファッキンお嬢さまばかりのここには丁度いい活性剤じゃないかしら。痴漢防止にもなるし」 「本気ですか」 「本気よ。レンジャーの館に改名するのに併せて、改築も行いましょう。会議室と、後の部屋は全部トレーニングルーム」 「でも、そんな予算おりませんよ」 「私のお姉さまは誰だと思っているの? ついでにウチの設計事務所で改築を請け負えば一石二鳥よ」 ――黒い。 誰もがそう胸中で呟き、口にしたらどうなるだろうかと恐怖を覚え言葉に出来なかった。福沢祐巳、恐ろしいコ――。 「あら、祐巳ちゃん話がわかるじゃない。賛同いただいて光栄だわ」 「いえいえ、江利子さまも貴重な意見をありがとうございました。お礼にツヤ出し成分入りのワックスを進呈します」 「――やっぱ一度シメんと気が済まんわこのタヌキが」 斯くして山百合会の薔薇の称号は立ち消えた。 新たな称号、レンジャーが校内に出回り出したのは、それから数日もしない内のことである。 ある夏の日のこと。あれから数ヶ月の後の話だ。 二人の少女が、無骨な建物を見上げている。改築を終えた、薔薇の館改めレンジャーの館は、あえて四文字で表すとすれば威風堂々といった風情だった。 「レンジャー!」 「ごきげんレンジャー!」 澄み切った高い空に、およそ乙女のものとは思えぬ凛々しい声が響き渡る。歩きながらの会釈ではなく、きっちりと立ち止まってからの敬礼である。 「ママー、みんなシャキシャキしてるよー」 背の低い方の少女が言って、もう片方の少女の袖を握った。 「そうね、いいことだわ」 「中庭のおうちから、凄い叫び声がするー」 「あれはね、お仕事なの。生徒会に必要な、強い力を手に入れる為なの」 それからというもの、リリアン女学園生徒の痴漢遭遇率が減ったのは言うまでもない。 「あああぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」 今日もまた、レンジャーの館からは訓練の悲鳴が聞こえてくる。がこん、がこんとダンベルの音が重く響く。 巷では「リリアンの生徒はみんな腹筋が割れている」とかいう噂が流れたとか、そうでないとか。 こうして山百合会は強く生まれ変わったが、もはや当初の動機であった「親しみ易い山百合会」という願いは、もう誰も覚えていないのであった。
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