■ ディベロップメント山百合会 -序章- 三年生になったら、――薔薇さまになったら。 そんな風に、遥か先のことを考えるように呟いていたのはいつの頃からか。時の流れは不平等と思えるほどの早さで過ぎ去り、『三年生になったら』といういつかの話は現在の名の下にある。 無事選挙を終え、進級し、それぞれ誇れる妹を持ち、今は自分たちが山百合会を取り仕切る番。先代や先々代の薔薇さま方には到底及ばないと知りながらも、何かを変えたいと言う想いは強くあった。 彼女たちの威光に程遠くとも、自分たちには他の薔薇さまには持ち得ない味があるはず。先代の薔薇さまの代で成し遂げることが出来なかったとしても、自分たちなら実は簡単にできたりするかも知れない。 そんな希望を掲げ、薔薇さまとしての日々は過ぎていく。そして『山百合会体質改案会議』と名打たれた会議は今、第十一回を数えようとしていた。 「それではこれより第十一回、山百合会体質改案会議を始めたいと思います」 祐巳がそう宣言すると、瞳子がどこからともなくホワイトボードを引っ張ってきて会議は始まった。この話し合いの時は、大抵こんな感じである。 紅薔薇さまたる祐巳、黄薔薇の由乃、先年に引き続いて白薔薇を勤める志摩子が中心となって始まったこの会議には、各々の妹とその他ニ名を含む八名が出席していた。 「お姉さま、会議を始める前に一つ質問があります」 挙手してそう言ったのは、祐巳の妹である瞳子だった。今日も元気だドリルが唸る。 「……何かしら?」 「はい。どうして部外者の方が二名もいるのでしょう?」 部外者、というのは、いわゆる薔薇ファミリーでない者たち。すなわち乃梨子や菜々、瞳子と薔薇さまたちを抜いた人々のことである。 「瞳子さん、部外者だなんて水臭いわ」 「あのね、可南子さん。暇つぶしのように薔薇の館にやってきているからって、部外者には変わりありませんのよ」 いつの間にか瞳子と仲直りしたという可南子であるが、昨今の様子を見るに可南子が一方的に友情の念を抱いているような気がしないでもない。しかし瞳子はそれを煙たがりながらも、仕草にはどこか嬉しさが滲み出ているのだ。平たく言えばツンデレである。 「それと、……失礼。名前を存じ上げておりませんわ。そこの普通の普の字を人間したかのようなお方」 「桂です」 普通の普の字は哀しげに言った。かつては祐巳のクラスメートだった彼女は、その縁なのか祐巳に呼ばれて列席しているのだ。 「で、お姉さま。どうして今回からこの方々を会議に?」 「はぁ。瞳子、あなたもうちょっと利巧だと思っていたわ。その髪型は飾りなの?」 いや、利巧と髪型は関係あるんかいと瞳子は言いたかったが、相手はお姉さまである。大好きな祐巳さまなのだ、こんなでも。 「いい? もう十回もこの会議を開いて、なんら効果も草案もでていないわ。したがって直接山百合会の仕事に関係していない一般の生徒からの意見を聞こうと言うのは、現状を打破するには非常に有効な手立てだと言える。その点で言えば、凡人代表の桂さんの意見は重宝するわ。それに可南子ちゃんは下級生から絶大な人気がある。つまり何か行動を起こした時、可南子ちゃんはいい駒になるわ」 ごく自然に酷いことを言った。桂は「必要としてくれるだけで嬉しい」と健気なことを言ったが、可南子は菜々とあやとりをしていて聞いていなかった。ホウキを作り上げて、「みて、クライスラービルができたわ」と瞳を輝かせている。 「菜々、何をしているの」 由乃が自分の妹を叱りつけた。珍しい光景である。普段は由乃が菜々に怒られたり諌められたりすることの方が多いのだ。 菜々が「すいません、懐かしくて」と謝ると、由乃は大きく息をついた。さっきから静かな白薔薇姉妹は、その点弁えているのか騒ぎ立てるようなことはしない。しかしテーブルの下で手を握りあっているのは、この場にいる誰もが知っていることだった。 ――全く、嘆かわしいことよ。 祐巳はそう時代がかった物言いでひとりごちるが、これは由乃から借りた時代小説の影響である。そんな単純な人間が生徒会を取り仕切ることこそが嘆かわしいが、どれもこれも同じような連中なので誰も突っ込めない。 「……さあ、そろそろ本気で取り掛かるわよ」 十一回を数える会議に、よもや失敗は許されない。このヌルい山百合会を脱却しなければ、一体誰が生徒会についてくるというのか。 祐巳は切羽詰まっていた。時代劇で男子の出産を強く望んでいる高位ぐらいに切羽詰っていた。しかし、焦ったところで良い案など浮かぶはずもない。 「じゃあまず、意見のある人は挙手を願います」 会議の序盤に繰り返される、その決まり文句。これに返される反応に有益な意見があったことは、未だかつてない。 静まりかえる会議室。果たして長い沈黙を破ったのは――。
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