■ 可愛いあのコはリリアン生? -前編-
 
 
 
 
「はぁ」
 
 祐麒は重い溜息と共に、同じく重い荷物を床に下ろした。時計を見れば、十五時四十分。放課後である。
 相変わらず雑多で清潔とは言いがたい生徒会室。先に来ていたアリスは、祐麒の溜息に苦笑を漏らした。
 
「どうしたの? 何だか嫌なことがあったみたい」
「嫌なことね。うん、確かに嫌なことがあった」
 
 祐麒は鞄から一つのフォルダを取り出すと、机の上に放り投げるように置いた。
 そこに挟まっているのは、百ページ以上の書類。備品調査表やら、会計関係の帳票だ。
 
「備品の数と、不足分の予算を計算してくれってさ」
「まあ」
 
 生徒会の仕事なんて、学園祭が終わってしまえば雑用ぐらいしかない。学校の行事以外は、基本的には先生のお手伝い――という名の、面倒な仕事処理班。祐麒たちのこなした仕事を見直して、そのまま使ってしまう場合が多く、あんまり適当にできないのが辛いところだ。
 
「小林は?」
「さあ。もうすぐ来ると思うけど」
 
 こういう仕事は、小林の得意分野だ。小林は計算が速いし、ミスも少ないからその点では重宝している。だが、いないのなら仕方ない。
 
「じゃあ、来るまでにやれるところまでやるか」
 
 書類の半分をアリスに渡し、ページを繰る。そこにあるのはひたすら表、表、表。
 野球部のボールの数やら、ほうきの数、サッカー部のボールの数……これらの不足分から、補填にかかる金額を算出するわけだが、多い。むちゃくちゃ多い。
 アリスの方を見れば、早速別の用紙に数字を書き出し始めている。だけど多分、祐麒たちだけでは終わらないだろう。
 
「……ん?」
 
 小林さえ居ればな、何て考えながら流し見ていると、ある異変に気付いた。
 野球部、ラグビー部、卓球部。球技系の部活の、球の数。それらの不足分が、多すぎるのだ。
 
「なあアリス。これ、どういうことだと思う?」
「なになに」
 
 ひょいと書類を手渡す。その書類に目を通したアリスは、訳知り顔で「ああ」と頷いた。
 
「これはね、リリアンにボールを投げ入れているから」
「はぁ?」
「何とかリリアンに入りたいんでしょうね。ボールを投げ込んで、『間違えて飛んで行ってしまったから、ボールと取らせて欲しい』って正門にいる警備員さんに言いに行くのよ。でも『後で探しておく』って断られ、警備員さんも全部を探し出せるほど暇じゃないから、ボールは戻らない」
「……それで?」
「更にボールを投げ入れ、『ボールが少なくて困っている。責任を取って自分達で探したい』と打診するわけ。それでも許可なく学園内に入れるわけがなくて、ボールは減ったまま」
「バカだ。……凄いバカだ」
 
 話を聞き終わると、祐麒は比喩ではなく頭を抱えた。
 リリアンの学園祭チケットの一件で、連中の尋常ならざる執着心は知っているつもりだったが、よもやここまでとは。ボールが人に当たる危険性やら、物を壊す可能性を考えられなかったのだろうか。それで『責任をとって』とか言いだすんだから、ちょっと笑えない。
 
「――行ってくる」
「行ってくるって、どこへ?」
「リリアンだよ。事情を話せば、祐巳が許可とってきてくれると思う」
「でも、行ってどうするの?」
「そりゃボールを回収するんだよ。こっちから事情を話した方が後々スムーズに行くだろうし、先生に出張(でば)られてからじゃまずい。とくかく善は急げだ」
「それはいいけど。この書類の束はどうするの?」
「……」
 
 さっきからアリスは質問ばかりである。確かに、これを全部アリスに任せるのは気が引けた。
 どうしたものか、と考えていたその時だ。軽快な動きで、扉が開かれたのは。
 
「おっす。あれ、何か忙しそうだな」
 
 鼻歌混じりにやってきた坊ちゃん刈りは、祐麒の手元にある書類を見てそう言った。
 
「いや、そんなことはない。小林がいれば」
「……おい。それって」
「じゃあ、頼んだ。俺は急用ができたから」
「あ、待て。ユキ――」
 
 祐麒が生徒会室を勢いよく閉めたため、小林の言葉を聞き届けることはなかった。
 さて、目指すはリリアン女学園。
 折角築き上げてきた友好関係に、亀裂を生じさせないために。今日も生徒会長は走るのだ。
 
 

 
 
『高等部二年松組、福沢祐巳さん。至急正門まで来てください。繰り返します――』
 
 高い空に姉を呼び寄せる声が響くのを、祐麒はぼんやりと聞いていた。
 花寺学院高校の生徒会長だから、なんて理由で学園内に入れるはずはなく、こうして詰め所の警備員に事情を話し、祐巳を呼んで貰ったのである。
 祐巳の話によれば、部外者の立ち入り許可は書類とハンコだけでいいらしい。それさえ用意して貰えれば、堂々と正門から入ることができるわけなのだが。
 
「なんで――」
 
 こうも関係なさそうな人ばかり集まってくるのだろう?
 祐麒は正門に集まり出したリリアン生たちを見ながら、そう思わずにはいられなかった。呼び出したのは祐巳であるはずなのに、明らかに祐巳じゃない人ばかり集まってくるのだ。
 
「あれ、祐麒君?」
 
 例えば、由乃さんとか。
 
「って、あれ。由乃さん――!?」
「何よ、そんなに驚かなくてもいいじゃない」
 
 由乃さんはそう言うと、拗ねた表情で口を尖らせた。
 しかし、それは無理というものだ。以前二人で出かけて以来、何となく意識し始めてしまったところに、いきなり姿を現せてくれたのだから。
 
「由乃さん、この前はどう――」
「しっ」
 
 改めてこの前の礼を言おうとすると、凄い勢いで人差し指を立てられた。人差し指と祐麒の鼻の距離、およそ一センチ。
 
「ここであの話はなしね。お願い」
「あ、ああ」
 
 そうか、と今更ながら気付いた。由乃さんは、ここでは結構な有名人。しかも新聞部はスクープを求めいつも目を光らせているらしいから、安易な行動はしてくれるな、ということだ。
 
「それで。どうしたの、祐巳さんを呼び出したりして」
「あ、それなんだけど」
 
 周囲がざわつくのに注意を削がれながら、祐麒はことの次第を話す。すると由乃さんは、訳知り顔で「ああ、そのこと」と頷いた。――何だかさっきのアリスみたいである。
 
「確かに、リリアンで使っていないボールが転がっているのを見たことがあったわね。でも、全部用務員さんが処分していると思う」
「用務員……そうか」
 
 祐麒は心の中で、ポンと手を打った。警備員は連中を追い払うために『ボールを探しておく』とは言ったけど、実際に学校の雑用をするのは用務員。ボールの件の疎通が滞っていたことは、容易に想像できた。
 
「どうする? ボールを捜したいのなら許可とってくるけど。……と」
 
 と。そこで何を思ったのか、由乃さんは胸の前で手を打ち合わせた。
 
「ボールを探すついでに、祐巳さんも探さない?」
「へ? どうして祐巳を?」
「薔薇の館に行くって言っていたのに、一向に来ないのよ。それで校内放送で呼ばれたから、こっちに来てるかなと思ったんだけど」
 
 そこで由乃さんは、ぐるりと辺りを見回した。ひそひそと何かを囁き会う野次馬の少女たち。もの凄い早さでペンを動かしているのは、かの有名な新聞部だろうか。
 
「ま、詳しい話はまた後でね。許可とって来るから、二十分後にここにきて。それまではここを離れていた方がいいわよ」
 
 何故に『ここを離れていた方がいい』のだろう?
 祐麒はそう思ったけど、耳元で囁かれては「はい」と頷くしかなかった。
 
 
 
 それから祐麒は、一旦花寺に戻った。ボールを投げ込んだりしていないか見て回っていると、二十分なんてすぐ経ってしまうものだ。
 
「あ、来たわね」
 
 祐麒が正門を訪れると、ちょうど由乃さんが警備員に書類を渡したところだった。
 
「はい、確かに。じゃあ身分を証明できるものはあるかな?」
「あ、はい」
 
 警備員に生徒手帳を見せると、今度こそ「ではどうぞ」と中に通される。学園の中に入るのは、学園祭以来のことだ。
 緩やかなカーブを描く銀杏並木は、相変わらず穏やか。下校ラッシュは過ぎた後なのか、人影は疎らだった。
 
「ねえ、由乃さん」
「うん?」
 
 そこで祐麒は、さっきから訊きたかったことを口に出してみることにした。
 
「さっき、何で『ここを離れていた方がいい』って言ったの?」
「ああ。あれはね、あのまま祐麒君が居たら、野次馬が消えてくれないから」
「――なるほど」
 
 思いだしてみれば、祐巳はここリリアンでアイドル的な存在なのだとか。先ほどの野次馬の数や、学園祭での様子を見るに、それが本当なのだと信じるしかない。そのアイドルが呼び出しを受け、そこにその弟がいたら、何かあったのかと思われても仕方ないだろう。
 現に今だってそうだ。リリアンの生徒とすれ違うたびにジロジロと見られ――って、これは祐麒が花寺の制服を着ているからか。
 
「それにしても、目立つわね」
「……だね」
 
 祐巳と同格の黄薔薇のつぼみ(ロサ・フェティダ・アン・ブゥトン)(最近正しく発音できるようになった)が歩いているだけでも目立つのに、その隣に花寺の生徒がいるんだから更に目立つ。女生徒の視線に晒されることは学園祭で慣れたつもりだったが、一人になると心細い。こんな時、単身でリリアンに挑んだ柏木先輩の背中が、妙にでかく思えてくるのだ。
 
「あー!」
「え、何、どうしたの?」
 
 突然由乃さんが大声を出したから、思わず背筋が伸びた。いや、元から伸びていたから、多分そり返っている。
 
「しまったわ……。外部の人が学園内を移動する時、付き添いの人間がいるのよ」
「でも、学園祭の時は自由に歩きまわっていたけど?」
「原則的には、って話よ。それに学園祭の時は特別」
 
 なるほど。確かに劇の練習の時は、いつも正門まで迎えが来ていた。そしてそうなると、祐麒は一人でボールを探したり、ついでに祐巳を捜すこともできないということだ。
 
「他に人はいないの?」
「いないのよ、これが。令ちゃんはミーティングの後選手だけで練習って言っていたし、祥子さまは家の用事とかで帰ったから。志摩子さんと乃梨子ちゃんはどこで何をしているのやら」
 
 そこまで言うと、由乃さんは溜息を吐きながらかぶりを振った。何だか、推理に行き詰った探偵のようである。
 
「祐巳と一緒に行かなかったの?」
「私が職員室に用事があったから、先に行っていてと言ったのよ。それで薔薇の館についてみればもぬけの空で、一向に来る様子がない。そこで祐巳さんを呼び出す放送が聞こえたってわけ。放送で呼ばれても来ないし……。ね、事件の匂いがすると思わない?」
「それは、うーん……」
 
 祐巳が約束を放り出して帰ってしまうとも思えないが、そこまで大騒ぎすることだろうか。
 詰め寄ってくる由乃さんの瞳を見ながら、これが祐巳の言う『青信号(イケイケ)状態』なのだなと思った。
 
「前にも祥子さまが姿をくらまして、ちょっとした騒ぎになったのよ。その時は図書館で寝ていただけなんだけど、やっぱり行方不明って心配なものだわ」
「そういうもんなのかな」
 
 ちなみに祐麒は、小林や高田が行方をくらましても『どこかで道草をくっているんだろうな』ぐらいにしか思わない。しかしやっぱり祐巳のこととなると、じわじわと心配になってきた。リリアン女学園の中だから、また誘拐されているとかはなさそうだが。
 そんなことを話しながら歩いているうちに、薔薇の館の前まで来ていた。まあ、何を始めるにしてもここからなのだろう。
 
「いいこと思いついた」
 
 館の扉を開けたところで、由乃さんは言った。
 
「え?」
「ちょっとここで待っていて」
 
 由乃さんはそう言い残すと、軽い足取りで二階へと上っていく。そして二階の部屋に入ったかと思うと、鞄を持ってすぐに下りてきた。
 
「もうちょっとだけ待っていてね」
 
 そう言うと、今度は一階にある部屋へと入っていく由乃さん。――何だか慌しい。
 
「あっ、と」
「まだ何かあるの?」
 
 部屋に入ったかと思ったら、今度は部屋から顔だけ出して言った。
 
「私が出てくるまで、絶対に扉を開けないこと!」
 
 バタン! と大きな音で閉じる扉と、何だそりゃと立ち惚ける祐麒が一人。
 いつも思うが、まるで嵐か竜巻だ。そこら辺のものを散らかさない分だけ可愛いものだけど。
 
「お待たせー」
 
 数分の後に部屋から出てきた由乃さんは、何故かジャージ姿。そしてその手には、リリアンの制服があった。
 
「はい」
「はい、って?」
「着替えて」
「着替えて、って?」
「もう。何でもかんでも訊き返さないで。祐麒君が、この制服を着るの。そして祐巳さんに成りすませば、自由に学園内を歩けるでしょう?」
「――」
 
 それ本気? と訊きたかったけど、訊いたらまた怒られそうなので止めておいた。
 祐麒が黙っている間にも由乃さんはテキパキと動いて、制服を渡される。それを持ったら、さっき由乃さんが入っていた部屋に押し込まれてしまった。
 
「本気で?」
 
 物置のような部屋の中、ぽつりと呟く。ここまでされてしまった以上、由乃さんは本気なんだろう。
 
(これを? 俺が? 本当に?)

 
 次々と沸いてくる疑問と、躊躇いの感情。ちなみに祐麒は、リリアンの制服を着てみたいなんて言う、奇特な感性の持ち主ではない。アリスなら、戸惑うことなくこれを着られるのだろうが。
 
「祐麒君、まだ?」
「も、もうちょっと待って」
 
 しかし、制服を受け取って部屋に入ってしまった以上、着替えずにノコノコと出て行くことは出来そうにない。
 覚悟を決めて制服を脱ぐと、リリアンの制服を手に取った。
 
(で、どうやって着るんだ? これ)
 
 ワンピースとは聞いていたが、どこがどう繋がっているのか。繋ぎみたいに穿くのではなく、上から被るように着ることが予想されるが、カラーをつけたりタイを結んだりするのはどうしたらいいのだろう。
 
「由乃さーん?」
「何? 何か分からないこと……」
 
 そう言いながら部屋に入ってきた由乃さんは、不意に言葉を切った。
 そして三秒程固まった後、顔を赤くしてバタン! と扉を閉める。
 
「も、もうっ。せめて制服をかぶるぐらいしてから呼んでよ!」
「へ? あ、ああ……」
 
 そうか、と思って自分の姿を見れば、トランクスとTシャツのみ。これでもかと言うぐらい下着姿であり、そこにはデリカシーの欠片もなく、祐麒は素直に反省した。
 しかしこれぐらいで顔を赤くするなんて、由乃さんって乙女である。親父さんが家でラフな格好しているのとか、見たことがないのだろうか。
 由乃さんに言ったら絶対怒られそうなことを考えながら、とりあえず制服を被った。襟から顔を出し、腕を袖に通すと、凄い違和感。足元がスースーするし、小さい。祐巳曰く、ゆったりと着れるように作られた制服だから、それほど窮屈ではないが。
 
「由乃さん。もう大丈夫だから、入ってきて」
「……うん」
 
 僅かな警戒を敷きながら、由乃さんはゆっくり扉を開いて入ってきた。そして祐麒の姿を確認するなり、つかつかと歩み寄ってくる。
 
「うんうん、予想通りの姿ね」
「いや、でも祐巳になりきるなんて無茶でしょ。背が違うし」
「成長期だって言えばいいのよ。さあ、リボンつけるから座って」
「うわ、ちょっ」
 
 問答無用で座らされ、髪を結われる。それが完了すると、「はい」と手鏡を渡された。
 
「どう?」
「どう、って……。髪の長さが違うからバレるよ」
「切ったって言えばいいのよ」
「じゃあ声は?」
「オクターブ上げて喋る。それでヘンって言われたら、風邪を引いていると言う」
「……」
 
 すごい強引さである。
 思えば制服を渡された時に、キッパリ断っておけばよかった。しかし、その考えさえ浮かばないぐらい、由乃さんの勢いはすごかったのだ。
 
「うーん。それにしても」
 
 起立した祐麒を、由乃さんはまじまじと見る。主に、胸の辺りを。
 
「胸がまったいらなのはおかしいわよね」
 
 それは、確かに。
 押しつけられた時の感覚から察するに、祐巳はあれでいて見た目よりはあるのだ。そんなこと、口に出しては言えないが。
 
「仕方ないから、作りましょう」
 
 そう言って由乃さんは、自分の鞄からタオルを取り出した。
 
「でも、どうやって固定するの?」
「あ、それもそうよね。流石にアレは貸せないし……」
 
 アレとは、やっぱりブラのことなんだろうか。何だか話が妙な雰囲気になってきているな、と思っていたら、由乃さんは『パン!』と胸の前で手を打ち合わせた。――本日二度目である。
 
「そうだ。包帯を使えばいいんだわ」
「はぁ、包帯を」
「ちょっと待っていて、救急箱を取ってくるから」
 
 そう言って由乃さんは部屋を出ると、間もなくして帰ってくる。そして祐麒に包帯を渡すと、「外で待っているから」と言ってまた部屋を出た。
 仕方ない、と思ってもう一度制服を脱ぎ、タオルの上から包帯を巻く。まるでサラシのような包帯の上から胸(タオル)の形を整えていると、頭の片隅に『何にやっているんだろう』という考えが浮かんできた。もしこれで変装がバレたら、それこそサラシ者。笑えない冗談である。
 
「由乃さん。できたよ」
「うん」
 
 軽快な動作で部屋に入ってきた由乃さんは、祐麒を見るなり両腕を組んで首を傾げた。まだ何かあるのだろうか。
 
「ちょっと形がおかしいわね」
「そうかな?」
 
 祐麒は男だから、自分から見ても胸の形がどうのとかは分からない。しかし由乃さんには違和感があるのか、色んな角度から胸を眺めている。
 
「ちょっと失礼」
「う、うわっ」
 
 由乃さんは言いながら、唐突に胸をまさぐってきた。
 
「由乃さん、くすぐったいって!」
「あーもう、大人しくしてなさい」
 
 そんなこと言っても、こそばゆいものはこそばゆいのである。単身リリアンに乗り込み、胸をまさぐられることになろうとは、全く全然夢にも思わなかった。いや、正確にはまさぐっているのではなく、形を整えているのだが。
 
「よーし、これで完璧。……じゃないわね」
「え。まだ何かあるの?」
 
 今度は何が不満なのか、由乃さんは祐麒の足元にしゃがみ込んだ。
 
「……すね毛」
「……あ」
 
 確かに、これは『女の子』にとってNGだろう。だからと言って、どうしようもない気がするのだが。
 
「あいにく、剃刀なんて気の利いたものはないのよね」
「となると?」
 
 由乃さんはおもむろに立ち上がると、室内にあった棚を物色しだした。そして「あった」という呟きに目を凝らすと、その手に握られているのはガムテープ。
 
「まさか」
「そのまさか」
 
 にっこりと、天使みたいに可愛らしい笑顔を浮かべた由乃さん。
 しかしその後の行動は、悪魔か閻魔大王としか形容できなかったのを、祐麒はきっと忘れない――。
 
 

 
 
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