■ その少女、青信号につき -前編- 「ねえ、祐巳さん。今度の日曜日、ヒマ?」 それはとあるお昼休み。薔薇の館の二階で、弁当箱の包みを解いた瞬間にかけられた言葉だった。 「日曜日? うーん、特に予定はなかったと思うけど」 「じゃあさ、映画観に行かない? なんと、これが当たっちゃったのよ」 そう言って由乃さんが取り出したのは、二枚のチケット。そのチケットの一枚を受け取ると、祐巳はしげしげとそれを眺めた。 『KEN-KAKU』と書かれたチケットには、和装の外国人俳優のカットが印刷されている。このカットはどこかでも見たことがあるような――。 「祐巳さんも知っているでしょ? 剣客映画の、ハリウッドリメイク版」 ああ、そうだ。たしか雑誌の映画紹介で、このチケットのカットと同じ絵をみた気がする。最近よくある、日本映画の海外リメイク版。しかも剣客ものだから、由乃さんは随分前から「観たい観たい」と言っていた。 「あれ、でもこの映画って、公開はもっと先じゃなかったっけ?」 「ふふふ、そこなのよ。祐巳さん、よくチケットをご覧になって?」 ご覧になって、だって。 祐巳は何か引っかかるなと思いながらもう一度チケットを見ると、驚くべき文字が目に飛び込んできた。 「試写会特別招待券!?」 そう、その文字とは、映画を一般公開よりずっと早く観ることが出来る権利を意味するものだったのだ。しかもこの映画の主役は、ハリウッドでも最も人気のある俳優さんの一人だったはず。 「……遠慮します」 「え? どうして?」 「だって、これはもっとこの映画を観たがる人に渡すべきだよ」 こういうチケットって、かなりの高額で取引されるらしい。そんな貴重なものを、大して興味のない祐巳に渡されたら、それは宝の持ち腐れ以外の何物でもない。 そう、これはもっとこの映画を観たがる人と観に行くべき。たしか祐巳の身近にこの映画を観たがっていた人がいるはずだけど。さて、祥子さまでもなければ、志摩子さんや乃梨子ちゃんでもない。 「そうだ、令さまは? というか、普通真っ先に令さまと行こうとするよね?」 「ダメよ、令ちゃんは。日曜日、剣道部の三年生たちと出掛けるんだって」 いつもなら無理にでも空けてくれるけど、そればっかりだと私の立つ瀬がないわけよ、――と、由乃さんは溜息混じりに言う。なるほど。 「うーん、どうよう。剣道部の友達もさそったけど、予定があるとか言って振られちゃったし」 由乃さんは箸箱から箸を取り出した状態のまま、宙を見詰めて考えに耽っている。 とりあえずご飯を食べようよ、と言おうとしたとき、不意に出入り口の扉が開いた。そこから覗いた姿は、 「ねえ志摩子さん。日曜日空いてる?」 「え? 日曜日は……ごめんなさい。乃梨子とでかける予定なの」 「そっか。そうよね……」 志摩子さんにまで振られた由乃さんは、ついにお弁当箱に頭突きをしてしまった。そもそも志摩子さんは、チャンチャンバラバラした映画を観て喜ぶ人ではないでしょうに。 「うーん……」 「どうしたのよ。祐巳さんまで悩みだしちゃって」 「いやね、その映画を観たがっている人を知っているはずなんだけど」 さっきから記憶を掘り起こして頑張っているが、中々見つかってくれない。山百合会の仲間じゃなくて、真美さんでも蔦子さんでもなくて――。 「そうだ、祐麒だ!」 「わっ」 バンと机を叩くと、振動をもろにうけた由乃さんと、大声で驚いた志摩子さんが、揃ってビクリと震えた。 「えっと、ごめん……」 「祐巳さん。祐麒さんがどうかして?」 「あ、うん。由乃さんが映画の試写会に行かないかって話をしてて、それで確か祐麒がその映画を観たがっていたな、って」 ああ、でもダメか。どうせ行くんだったら、普通の友達の方がいいと思うし。 何よりここはリリアン。生徒手帳には、男性に対して注意を呼び書ける文が、そりゃもうビッシリと書いてある。 「祐麒君か……」 なのに由乃さんったら、本気で検討を始めた模様。 「あの、由乃さん……?」 「……そっか。でもそれしかないのよね……。よし、決めた」 「決めたって、何を?」 「祐麒君と観に行く」 「ええっ!?」 二度目の祐巳の大声に、今度は志摩子さんだけがビクッと震えた。ごめん、志摩子さん。 「ど、どうしてっ?」 「どうしてって、祐巳さんが『この映画を観たがる人に渡すべき』って言ったんじゃない。はい、これ祐麒君に渡しておいてね。あ、別に当日渡してもいいのか」 由乃さんはチケットを差し出したり引っ込めたりして、うんうんと一人で納得していた。まさか、というか、きっと本気で言っているんだろう。 「でも、祐麒は男だよ?」 「それが?」 「それがって。ほら、あんまりよく知らない男の人とでかけるなんてって、抵抗とかないの?」 「あら、祐麒君とは色々接点あったじゃない。祐巳さんの家に電話かけたらよく祐麒君が出るし、祐巳さんの家に遊びに行った時も会ったりしてるし。それに学園祭関係でも何度か話したことあるじゃない。『よく知らない』わけじゃないわよ」 早口でまくし立てられると、ああそうかもって納得しそうになる。いや、実際そうなのだ。接点は色々あったし、修学旅行中のビデオの一件で、由乃さんの中での祐麒の評価はグンと上がっている。 「でも、ねえ」 「何よ祐巳さん。弟君のこと信用してないの?」 「そういうわけじゃないけど。ねえ、志摩子さんはどう思う?」 返す言葉に詰まった祐巳は、ここでバトンタッチ。頼みの綱は、この場で一人静観に徹していた 「そうねえ」 志摩子さんは言いながら、箸を弁当箱の端に預けた。気付けば志摩子さんは、一番後から来たと言うのに、一番お弁当が減っている。 「由乃さんがそれでいいと言うなら、後は祐麒さん次第じゃないかしら」 「……そりゃごもっとも」 志摩子さんの意見は、これでもかっていうぐらいの正論。となると、なんで祐巳は必死に止めようとしているのか、段々分からなくなってきた。 「祐巳さんも心配症ねぇ。祐麒君もいい姉を持ったものだわ」 いやいや、祐麒の心配じゃなくてあなたの心配です。――祐巳がそう言おうとした矢先、由乃さんはその口を封じるように、祐巳の肩を叩いて言った。 「まあそういうわけだから、ちょっと祐麒君を借りるわね」 「まあそういうわけだから、ちょっと由乃さんに借りられてね」 それは夕食後の一時。 姉の説明を聞き終えると、祐麒は「はぁ」と息を吐いて、椅子のせもたれに身体を傾けた。 「話は分かったけど、……由乃さんはそれでいいの?」 「いいから言ってるんでしょ」 祐麒のベッドに座っていた祐巳は、そう言ってベッドに倒れ込む。それが「後はよろしく」と言っているように感じられて、何だか妙な気分だ。 「まあ、別に断る理由もないけど」 実際、あの映画は公開したら観に行くつもりだった。ちょっと前に観た侍モノのリメイクが面白かったから、今回も期待大、というわけだ。それが公開より早く、しかもタダで観れるというなら、それ以上のことはない。 「でもなぁ」 「何、いやなの?」 「いやってワケじゃないんだけど」 はっきり言ってしまえば、祐麒と由乃さんは、休日に一緒に遊びに行くほど親しい間柄ではない。祐巳とお互いの学校の話をよくするから、少しぐらいなら由乃さんについては知っているつもりだったけど、いやはや彼女は計りしれない。 休日に男女が遊びにでかける、それすなわちデート。リリアン生のデートといえば普通姉妹と行くものではないだろうか。――いや、それを普通に感じている祐麒も、リリアンの風に巻かれているのかも知れないが。 「本当に俺でいいのかな」 「ダメなら言わないでしょ。令さまとは行けないんだし、リリアンの生徒で剣客モノを観て喜ぶ人なんて、そうそういないし」 別に剣道部の部員を誘えばいいんじゃないか、と思ったけど、考えてみればその線もダメだったから祐麒に話が回ってきたのだろう。最終的に祐麒を指名したのは、巡り巡ってのことだと予想できる。 「そうこうしているうちに、電話がかかってくると思うけど」 祐巳がそう言ってベッドから身を起こした瞬間、プルルルルと家の電話が鳴った。祐巳は「ナイスタイミング」と言って部屋を出ると、子機を持って祐麒の元へ帰ってくる。 「はい、祐麒。由乃さんから」 「あ、うん」 子機を受け取って「もしもし」と話しかけると、『もしもし、祐麒君?』と返ってくる。その声は間違いなく由乃さんのもので、つまり祐巳が何かの冗談で言っていた可能性は、限りなくゼロに近くなったわけだ。 「あぁ、はい」 同学年なのだからタメ口でいいというのに、何故だか丁寧な言葉を選んでしまう。祐巳の弟としてか、花寺の生徒会長としてか、反射的に心化粧をしてしまったようだ。 『やぁね、そんなに 由乃さんが、受話器の向こうで「ふっ」と笑う。それが妙に安心できて、祐麒も「うん、そうだね」と口周りの筋肉を緩めた。 力を抜いてみて分かったが、どうも緊張していたようだ。まあ、生まれてこの方、女の子から電話がかかきたことなんてほとんどないのだ。電話の取り次ぎなら事務的に対処できるけど、自分を指名されるとそうもいかない。 『それで早速本題に入らせて貰うんだけど、話は祐巳さんから聞いてるわよね?』 しかし由乃さんは祐麒の心模様など気にした様子もなく、単刀直入にそう言った。 「うん。次の日曜日だったよね」 だから祐麒は、硬くなりそうな口調を振り払いながら言う。いつまでも緊張していたら、格好がつかない。 『ええ、空いていたかしら?』 「大丈夫、空いてる」 『よかった。それじゃ改めて言うけど。私と『KEN-KAKU』の試写会に行きましょう』 「はい、喜んで」 わざとらしくそう言うと、由乃さんは「はーっ」と息を吐いた。たぶん、安堵の溜息。 それから詳しい待ち合わせ場所と時間を決めると、『また日曜日に』と電話を切った。トントン拍子で話が進んで、頭の方が追いついてない感じだ。 「喜んで、だって」 「……何だよ」 子機を下げたところに待っていたのは、祐巳の含み笑い。そういえば由乃さんとの会話には、ギャラリーがいたのだった。 しかも話の流れで、あまり考えもせずにオーケーだしてしまったし。――まあ考えても、結局了承しただろうけど。 「ま、行くって言った限りは、責任持ちなさいね」 祐巳はそう言うと立ち上がって、部屋を出て行く。 「わかってるよ」 去り行く背中に、そう返す。 そして扉をバタンと閉められたところでやっと、祐麒は子機に握り締めたままだったことに気が付いたのだった。 「はーっ」 由乃は受話器を置くと、小さく溜息を吐いた。 まあ、上出来だったと思う。 今日の日中、祐巳さんに「祐麒は男だよ」と言われ、止めようとされた時は少し戸惑ったけれど、何とか青信号で突っ走れた。 勿論、祐巳さんに電話する時よりは緊張したけど、祐麒君まで緊張してたみたいで、それでかなり楽になれたのだ。ちゃんとオーケーを貰えたんだし、まずは第一段階クリア。 「よし」 由乃は呟いてから受話器に向けていた視線を上げ、廊下を歩き出す。目指すは第二段階、令ちゃんに試写会の同伴者を報告。どうせ後から「誰と行くの」と根掘り葉掘り訊かれるのだ。それなら第一段階を終えたついでに、一気に第二段階も済ましてしまおう――と、玄関まで行きつくと、不意に後ろから声がかけられた。 「ね、由乃」 後ろを振り返ると、そこに待っていたのはお母さんの姿。割烹着の前で手を拭きながら、ほくほく笑顔だ。 「何? また隣家宅配?」 「それもあるけど。ねえ、さっき電話で何たら君とか言っていたけど、相手は男の子?」 しまった、と思った。電話は台所の近くにあるから、バッチリ聞かれていたらしい。 しかしお母さん、どうしてこういう話題に限って耳ざといのだろう。いくら年を取っても、変わらない女の 「……そうだけど」 「その子と行くの?」 どこに、という単語が抜けた質問。でもそれを訊き返す必要はない。試写会のチケットが当たったことは、由乃がはしゃいで見せに行ったから知っているし、その後支倉家に出向き、ガックリ肩を落として帰ってきた所を見られている。だから令ちゃんと行かないことも分かっているのだ。 「うん。でも男の子って言っても、祐巳さんの弟君だし」 「祐巳さんの弟さん……? それはいいわね、安心できるわ」 何がいいのよ? と訊こうとして、やめた。令ちゃんのお母さんは、仲良しの同級生、つまり由乃のお母さんのお兄さんと結婚した経歴の持ち主だ。もしかしたら、伯母さんと由乃を重ねて見ているのかも知れない。 しかしそれは多大な空想というもの。祐麒君のことは好意的に見ているが、異性として好きとかいう感情はないのだ。 (でも――) お母さんに倣って、ちょっと空想してみる。もし由乃が伯母さんの前例と辿ったとしたら、それすなわち祐巳さんの妹になるということだ。それで祐巳さんが誰かと結婚して、島津・支倉家のようにお隣同士で家を建てたら面白いかも知れない。――が、それだけの理由で結婚なんてできるはずもなく、そもそも男の人と付き合うなんてことが想像できない。それは由乃も祐巳さんも同じなわけで、途端にこの空想が馬鹿らしくなってきた。 「それで、届け物は何?」 由乃が会話の流れを断ち切るように言うと、お母さんは「ああ、そうだった」と言って台所に引っ込んでいった。 その後を追って台所に入った瞬間、お母さんに荷物を手渡される。薄茶色の包装紙に包まれた、平たい箱だ。 「お父さんの出張土産。生モノだから、お早めにって言っておいて」 「はーい」 由乃はしっかり箱を抱えると、玄関を出た。行き先は数歩先の、別の玄関。 おじゃましまーす、と言って、中に入る。返事を待つ必要はない。知らないうちに由乃がいたって、伯母さんや伯父さんは驚かないし、令ちゃんがうちに来た場合もそう。それが島津・支倉家の距離なのだ。 台所にいた伯母さんにお土産を渡すと、令ちゃんは自室にいると教えてくれた。それから真っ直ぐ目指すのは、当初の目的である令ちゃんの部屋。 「令ちゃん」 軽いノックの後、名前を呼びながら扉を開ける。 「あ、由乃。どうしたの?」 部屋の中に入って見てみると、令ちゃんはいつものようにベッドに寝転んで本を読んでいた。たぶん、お決まりの少女小説だと思われる。 「ん、ちょっと報告に」 「何、妹でもできた?」 「残念ながら違います」 由乃がベッドに腰かけると、令ちゃんはのそりと起き上がる。読んでいた本に栞を挟むと、「なら何の報告?」と首を傾げた。 「ほら、試写会の話」 「ああ、あれね。結局どうするの? やっぱり祐巳ちゃんと行くことにした?」 「ううん。祐麒君と」 「ああそう、祐麒君とか。よかった、私の代役が見つかって」 令ちゃんはそう言うと、また本を開いて寝そべってしまった。 何か予想していた反応と違うなー、と思っていたら、その『予想していた反応』はおよそ十秒のタイムラグを経て現れた。 「……って、ええっ!? 祐麒君と!?」 思わず耳を塞ぎたくなる大声に、由乃は眉をひそめた。何なんだ、その古いコントみたいな驚き方。驚くのなら、もっと素直に驚いて欲しい。 「よ、由乃っ。今、祐麒君と行くって言った?」 「言ったけど、何か悪いことでもある?」 「……いや、別に悪いことはないんだけど。どうして祐麒君なの?」 「祐巳さんから、祐麒君があの映画を観たがっているって聞いたから」 由乃がきっぱり言い放つと、令ちゃんは何やらブツブツと呟きだした。 それならやっぱり私が。 いやでも、祐麒君なら。 ああ、でも、やっぱり――。 「あのさ、令ちゃん。もう祐麒君とは約束取り付けてあるから、今更あがいても無駄だけど」 「あ、そ、そうなの?」 狼狽する令ちゃんに、溜息混じりに言う。まったく、躊躇う気持ちは分かるけど、もうちょっとシャッキリしてくれてもいいんじゃないか。 「ああ、そうだよね。由乃もそういう年頃だし……」 まだ何かブツブツってるよ、この人。そういう年頃って何だ。 「……分かった。ところで由乃、当日はどんな格好で行くつもり?」 「え? いつものスカートと――」 「あーっ。ダメよ、ダメ。私と出掛ける時ならいいけど、もっとオシャレしていかないと」 何なんだ、今度は急に元気になって。由乃が不審そうに見ていると、令ちゃんは普段使っていない方のクローゼットからゴソゴソと何かを取り出した。その何かというのは、クローゼットに仕舞ってあるわけだから、当然衣服類であるわけだけど。 「何、これ?」 「私のおさがり」 ――絶対に嘘だ。 襟口にチュールレースを使ったスカートに、アンティークランジェリー風ブラトップ付きカーディガン。こんな服を着ていた令ちゃんなんて見たことがないし、そもそも令ちゃんの着られるサイズじゃない。 「あのね、令ちゃん」 「あれ、気に入らなかった? じゃあこういうのもあるけど」 そう言うと令ちゃんは、また別の服を取り出した。ひらひらのフリルを使った、胸元ツイストカットソー。 「あのねぇ、私はそういうの趣味じゃないから」 「そんなこと言わずに着ていってよ。絶対似合うんだから」 「お、こ、と、わ、り」 令ちゃんは、たまに自分の願望を由乃で叶えようとする時がある。可愛いものが好きだから買うんだけど、自分には似合わないからと言って、由乃にくれたことが多々あった。 事実、由乃の三つ編みの先に結われたリボンは、令ちゃんからのプレゼントだ。今由乃が持っているリボンで、自分で選んで買ったものは一体何本あるだろう。 「由乃ったら。ちょっとは私の気持ちも分かってよ」 「令ちゃんの気持ちって、何よ」 ツーンとそっぽと向いて言うと、令ちゃんはゆっくりと歩み寄ってきた。そして、手に持ったカーディガンをそっと由乃の胸元で広げる。 「だって、ちゃんと知っていて欲しいじゃない。私の由乃はこんなに可愛いんだって。姉として、由乃の一番可愛い姿を見て貰いたいって気持ち、分かるでしょ?」 ――ああ、ズルイ。 令ちゃんは、ズルイ。 どうしてこんな時に真面目ぶって、こんな恥ずかしくってしようがないことを言ってくるのだろう。 「わ、分かったわよ」 そっぽを向いたままだったけど、令ちゃんが破顔するのが分かった。きっとだらしないくらい、頬を緩めているに違いない。 「よかった。じゃあ早速着てみて」 「は……?」 何だそれ、と間抜けにも口を開いたままでいると、令ちゃんは嬉々として由乃の服を脱がしにかかってきた。 「ちょっと待った! なんで着替える必要があるの」 「だって実際着てみないと分からないじゃない」 「だからって、いきなり脱がし出すなんて」 「うん、分かった。じゃあ脱がしていい?」 「……自分で脱ぐ」 結局、着替えることに同意してしまっているし。 でもまあ、仕方ない。押しが強くなった令ちゃんは、中々引いてはくれないのだ。 それから始まった、由乃人形を使った着せ替えごっこ。 令ちゃんが納得いくまで行われたそれは、結局一番最初に着たスカートとカーディガンで決定するまで、二時間超を要したのだった。
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