■ パジャマパーティーはMの味 『明日、由乃さんと志摩子さんが泊まりに来るから』 それは昨晩の夕食の席。 祐巳は芋の煮っ転がしを箸で刺しながら、祐麒にそう言った。友達が家に泊まりに来ることは別に驚くことでもないから、「ふーん」とだけ言っておいた。そこまでは、間違いじゃなかったはずだ。 「――それにしても」 うるさい。 ただいま土曜の夜十一時。すでに由乃さんと志摩子さんは家を訪れ、夕食も風呂も済ましているだろう。 そりゃ女三人集まってペチャクチャお喋りしないはずもないが、さっきからどう考えたっておかしい。震度一弱の地震が何度も起きるし、特大の声量で「おほほほほ」とか聞こえてくるし。挙句の果てには祐巳がキャーキャーと悲鳴を上げている。 「一体何してるんだろ……」 彼女たちは、お嬢さまだ。それも品行方正を義務づけられているような生徒会の人間。それが、いくら週末の夜だからとは言え、はじけ過ぎではないだろうか。 幸い両親はお得意先に飲みに誘われていて、泊りがけで出掛けている。防音構造もしっかりした我が家だから、大抵のことでは近所迷惑にはならない。が、隣部屋迷惑にはなっている。 『――むぎゃー』 その上『むぎゃー』だ、むぎゃー。何をやっているんだろう? という好奇心より、むしろ心配になってきた。 しかし、いきなり女の子三人が集まっている部屋に入っていくのも、中々気が引けるものだ。 『……ではないか、よいではないか!』 それにしても祐巳たちは何をしているのか、そろそろ心配が不安になってきた。そして部屋の中の出来事に、興味を引かれるのもまた事実。 祐麒は不意に鞄を漁ると、一つの箱を取り出した。これは今日小林から貰ったお土産だ。『休みで四国へ行こうとしたら間違えて中国に行ってしまいました』という素敵なエピソードがある代物である。 『これ、小林からのお土産なんです。よかったら皆で食べて下さい』 よし、口実はは整った。――と、多少強引に自分を納得させる。 それから祐麒はのそりと自室を出ると、祐巳の部屋をノックした。 「おーい、祐巳?」 お邪魔なら無視して下さいね、というぐらいの小さな声。相変わらず中はうるさい。 「ゆ、祐麒、助けてっ」 「は? 祐巳?」 助けるって、誰から? ――そう聞く前に祐麒はお土産を放り出して、目の前の扉をあけていた。 「さっきから部屋で何を――」 「あら祐麒さん。お邪魔しています」 「あー、祐麒君ごきげんよぉ。祐巳さん脱がすの手伝ってぇ」 …………えーっと。 この状況を何と言えばいいのだろうか。 まず祐巳の他に由乃さんと志摩子さんがいる。お泊り会だからそれは不思議じゃないが、何で三人とも顔が顔が真っ赤なのか。それから何故由乃さんは祐巳のパジャマを脱がそうとしているのだろうか。ついでに言えば、何故志摩子さんは浴衣を着て、助けを求める祐巳を微笑ましげに見ているのか。 「あ、あのさ、何してるの?」 「祐巳さんと遊んでいるの」 「由乃さんが襲ってくるの」 「私は談笑を」 少なくとも談笑や遊んでいるようには見えないけど、これはアレだ。 「あー、そう。これ小林の中国土産です。よかったら食べて下さい。ではごきげんよう」 触らぬ神に祟りなし。前からその気があったとは思っていたけど、やっぱりそうでしたか。うん、自分は何も見ませんでした。お幸せに。 「ちょっと祐麒、助けてってば!」 が、そう簡単に抜け出させてくれないらしい。祐巳にズボンの裾を捉まれて危くこけそうになり――やっとそれの存在に気付いた。 「コレは……」 開けられたお菓子の袋とグラス。そしてその横には、無数の空缶。その空缶には、氷結なんちゃらとか言う文字が書いてあるわけで。つまりは、酒盛りをしていやがりました。 「あ、それ祐麒のジュースだった?」 しかもジュースと間違えてるし。確かに普通のジュースと間違い易いパッケージではあるが、他の二人は気付かなかったのか。まあ、祐巳がお酌していたとしたら、気付けるはずもないか。 「あのさ、三人ともちょっと聞いてくれるかな。ほら、由乃さんも服を脱がそうとするのは止めて」 ぶっちゃけて言うと、祐巳のパジャマの間からブラのヒモやらレースやらがチラチラ見えて、精神衛生上よくない。一生忘れないけど。 「これが何か分かる?」 渋々祐巳から手を離した由乃さんと、何故か『ツッパレ』と書かれた扇子を持った志摩子さんに、チューハイの缶を見せる。 それを視認した二人は、口々に言った。 「2006年4月25日まで?」 「いや、賞味期限は気にしなくていいから」 「アルミ缶の上にあるミカン?」 「いや、ダジャレもいいから」 ってかミカンのってないし。 「そうじゃなくて、これは酒なの! 未成年者が酒なんか飲んじゃだめだろう」 ビシッ、と。多少厳しく言ってやると、三人とも黙り込む。 僅かな沈黙の後、志摩子さんが悲しそうに言った。 「そんな……。噛んだあと飲んではいけないなんて」 「……」 ツッコまないぞ。絶対ツッコむものか。アンタそりゃ酒じゃなくて鮭でんがなー! とか言った時点で、三流芸人の烙印を押されてしまう。 「とにかくさ、今日はお開きにして、もう寝よう? ね?」 「きゃー! 寝ようですって、ケダモノ! 祐巳さん助けて」 「そっちの寝ようじゃないっての! 普通に寝ればいいでしょ」 「普通って、当たり前じゃない。初めてでアブノーマルなことされちゃ堪らないわ」 「……祐巳、何かフォローしてよ」 「祐麒のスケベ」 「もういい。志摩子さんは分かってくれるよね?」 最後の望み、と志摩子さんに詰め寄ると、彼女は怯える子犬のように瞳を揺らしながら十字を切った。けっこう傷ついた。 「……分かったよ。今すぐお開きにしろとは言わないから、せめて酒を飲むのは止めよう?」 「でももう飲んじゃったし。どうしよう、祐巳さん」 「うん。飲んじゃったし。どうしよう、志摩子さん」 「そうねえ。どうしましょう、祐麒さん」 「そこで俺に回すのか。っていうか飲むの止めてって言ってるじゃん……」 この部屋に入ってからというもの、三人とも会話の合間にグイグイ飲んでいる。アルコールを摂取したり喋ってたりで喉が渇くのは分かるが、それにしてもペースが早すぎやしないだろうか。 「あのさ、三人とも生徒会の人間でしょ? 志摩子さんなんて、生徒会長でしょ? 酒盛りはまずいよね」 「でも、ワインはキリストの血というわ」 「いや、それチューハイだし」 「あら、ワイン味はないの?」 「味の問題なんですか」 もうやだ、放っておいて逃げたい。 けれど、そう簡単にそうさせてくれるワケもなく。 「いいこと思いついた」 由乃さんはそう言うと、志摩子さんにまだ開けてなかった缶を渡す。何故か、アイコンタクトを添付して。 そのアイコンタクトを読んだのか、志摩子さんは「うーん」と苦労しながら缶のプルタブを引いた。これは可愛らしい――と思ったけど。 「はい、祐麒さん」 何故その缶を、こっちによこすのでしょうか? 「あの、志摩子さん?」 「なるほど、由乃さん名案だねー」 祐巳はニコニコ、由乃さんはニヤニヤ。そして志摩子さんは、極上の笑みでこう言った。 「私たちの弱みを握っておいて、このまま逃げられると思っていて?」 ――流石は 結局、飲んだ。いや、飲まされた。志摩子さんが怖かった。 「いいじゃないのぉ、祐巳さぁん」 「ぎゃぅぅぅ、由乃さん、止めってばぁ……」 由乃さんは相変わらず祐巳と『遊んでいる』けど、いくら止めてもやめようとしないので放って置いた。こうして観ると、百合ってよくね? とか思えるから不思議。いいぞいいぞー、もっとやれー。 「それでね、その銀杏並木の……」 そして祐麒はと言うと、もっぱら志摩子さんのお相手。何か銀杏の話ばっかり聞かされているような気がするけどいいんスよ、志摩子さん超美人だし。しかもアレだよ、「ねぇ、話ちゃんと聞いてるの」って寄って来る時、胸の谷間とか見えるしね。浴衣大好き。 「あー、うんうん、そうだよね。ギンナンは粒あんに限ります、はい」 「まあ、通ね祐麒さん。でもギンナンの場合粒ナンなのよ」 「そうなんだー。志摩子ちゃんもの知りー」 「うふふ、今さっき考えたの。ところで何で『ちゃん』付けなの?」 「いやーね、もう、志摩子『さん』なんて他人行儀だとぁ思いません? 思うよね? だから志摩子ちゃん、イッツ・プリチー」 「まあ。なら私は祐麒ちゃんって呼ぶわ」 「マジっすか! 俺プリチーですか!」 「ええ、プリチーよ」 「うす、なら妹にして下さい」 「ごめんなさい、妹はもういるのよ」 「あー、そうだったそうだった。あのおかっぱ頭の、確か二条、ニジョウ……そう、ボブ・サップ!」 「仏像鑑賞が趣味の?」 「そうそう、仏像鑑賞が趣味のボブ・サップですよ。あの子、けっこうイカしてますね。クール&ビューチーっていうか」 「あら分かる? あの子私の前じゃ、すごく可愛いのよ」 「マジすか! 試合じゃあんなに暴れてるのに」 「乃梨子は暴れたりしないけれど」 「ああ、そうだ、乃梨子ちゃんて名前でしたね。乃梨子・サップ」 「強そうな乃梨子も素敵ね……」 「いやいやいや、実際強いんですって。筋肉の盛り上がり方なんて、アフン像のアの方みたいで」 「アフン像じゃなくて阿吽像よ」 「ああ、それですそれ。アフン像じゃポルノっぽいですもんね」 「ポルノ……?」 「あ、ポルノっていうのはですね、俺と祐巳が生まれた場所の名前なんです。東京都いかがわしい区ポルノ町十番二十五号。なー祐巳?」 そこでやっと祐巳の方を見ると、祐巳はベッドのシーツに包まって震えていた。脱ぎ散らかされた下着類を見る限り、食べられちゃった後らしい。 ほら、由乃さんなんてタバコふかして「ふー……」とかやってるし。あ、よく見りゃシガレットチョコでした。実に健康的。 「のう、ユキチや」 すると由乃さん、何故かボスっぽい喋り方で語りかけてきた。ちなみに上は肌着一枚。自分、ナイチチでもバリおっけーですが。 「はぁ、何でしょう、ボス」 しかし福沢祐麒十六歳。大抵の男は怖くないけど、やたらと貫禄のある女の子は怖いです。 「なんか志摩ちゃんと仲よぉ喋りよっとったけど、手ぇ出そうなんて思ってないわな?」 「滅相もない! ちょっとお嫁さんに欲しいと思ったぐらいです。そしたら毎晩可愛がって――」 「Hell a wait,boy(地獄がテメェをまってるぜ)」 「いや、冗談です。すんません、マジすんません」 華奢な女の子に睨まれ、平謝りする福沢祐麒(花寺学院高校生徒会会長)。得意な科目は英語、苦手な科目は由乃帝王学。 「祐麒ちゃん、毎晩頭を撫でてくれるの?」 「いや、その……それもそれでアリだとは思いますが」 そっちの可愛がり方ですか。大人の味に興味がある祐麒ちゃんとしては、ちょっぴり物足りませんけどね。 「志摩ちゃん、こりゃお仕置きやのぅ」 「まあ、そうなの?」 「えーっと、そうなんですかね?」 「よし、処刑方その三を適用」 「え、なんスか処刑方その三って……って志摩子ちゃんなんで俺を後ろから羽交い絞めにするんですかほら胸とか背中に当たって俺の頭フィーヴァーしますって冗談ですよボスそんな怖い目で見ないでくださいその手に持っている物騒なものは隠してくださいだから志摩子ちゃん離してってばでもやっぱり離さないでそれにしてもボス目がマジっすね俺本気でヤられちゃうんですかねでもこの胸の感触だけは死んでも忘れな――」 ――翌朝の目覚めは、体中の痛みによるものだった。 「……っ!」 かぶりを振って、身体を起す。そこは見慣れた自分の部屋――ではなく、祐巳の部屋。しかも祐麒は、何故か上半身裸。そしてみみず腫れやら、青あざだらけ。 見回して見れば祐巳は着ていたもの脱ぎ散らかしてシーツに包まったまま寝ているし、由乃さんは志摩子さんの着ていたはずの浴衣を着ているし、反対に志摩子さんは由乃さんのパジャマを着ているし。 「……何だこれ」 確か祐巳たちが酒盛りをしているのを発見して、止めようとして。それからどうなったんだっけ。 昨晩のことを思いだそうとしていると、祐麒の声で起きたらしい祐巳が、ゆっくりと瞼を上げた。それから眼を擦り、周りを見渡し、シーツをめくって自分の姿を確認し。 「――おやすみなさい」 あ、現実逃避した。 「祐巳、起きろって」 「んぅ?」 「……おはよう」 「おはよう……って何で上半身裸なのよ」 「俺が聞きたい。っていうか今の自分の姿を確認してから言ってくれ」 「え……?」 祐麒に言われて、またゆっくりとシーツをめくり自分の姿を確認する祐巳。 こっちからは見れないのが非常に残念ではあるが――さあ、来るぞ、来るぞ。 「きゃーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」 ほら、やっぱり。祐麒は耳を塞いでやり過ごしたけど、それでも耳にキーンときた。 「ん……。どうしたのよ、祐巳さん……」 「…………乃梨子」 そしてやはりその大声で起きることになった二人。うち一名は、盛大に寝ぼけているようだが。 「二人とも、大丈夫? 身体にヘンなことされてない?」 祐巳の言葉に、由乃さんも志摩子さんもすわと身構える。 ――ああそうか。確かにこの現状を見ると祐麒が何かしたと取るのが、一番手っ取り早い。 「いや、明らかに被害者は俺だろ」 しかし、実際身体にヘンなことされているのは祐麒の方だ。青アザいっぱいあるし。 それから志摩子さんと由乃さんは自分の着ているものを不思議そうに見て、身体の異常を確かめる。 「別に、何かされた跡はないけれど」 「私も。というか、昨日はよく覚えてないけど、すごく快感だったような」 「逆に俺は痛かった……けどちょっと気持ちよかったような」 「うーん、それじゃ普通と逆だよね」 ……何においての普通かとかは、まあいいとして。 「とりあえず、三人ともさ……」 祐麒がそう言うと、なすがまま視線が集まる。 それから一人ひとりの顔を見た後、祐麒は言った。 「成人しても、酒は飲まないほうがいいと思うよ」 祐麒の忠告を受けたリリアン女学園二年生ズは、揃って「はい?」と首を傾げたのだった。
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