■ 紅→黄→白→紅(後編)




「な、何だよ。何でそんなに驚いてるのさ」
「い、いえ」
 
 言いながら志摩子は、目の前にいる人が一体誰なのか、必死で推理していた。
 祐巳さんと殆ど同じ顔。けれど髪型は違うし、来ている制服は花寺学院高校のもの。
 志摩子は祐巳さんに関するデータを繋ぎ合わせて、どうしてもこの人が誰であるか知る必要があった。
 だって自分を祐巳と呼び捨てたのは近しい証拠でもあるし、きっと家に帰る手掛かりになると思ったからだ。
 
「……変なの。いいから帰ろうよ」
 
 非常に似た顔と、帰ろうという言葉。
(もしかして、祐巳さんの弟さん……?)
 思えば、何とも簡単な謎解きだった。祐巳さんが以前に「生意気盛りの弟がいる」と教えてくれたのを思い出して、これしかないと確信した。
 この人は祐巳さんの弟で祐麒さん。年子だから、同じ高校二年生。
 
「そうね、祐麒」
 
 わざとらしく名前を呼んだので、祐麒さんは少しだけ怪訝そうな顔をした。
 でも否定しないという事は、祐麒さんで間違いないという事だと言える。
 
「何だかなぁ」
 
 祐麒さんはぷつぷつ言いながら歩いて行くので、志摩子はそれに続いた。
 知らない男の人についていくなんて、リリアンでは言語道断。
 でもある意味知っている人であるし、こんな手段で人をさらう人間がいるだろうか。
 それにこれ以上の手掛かりは、絶対に無いと感じたのだ。
 
 
 
「あのさ」
「……え?」
「何で俺の部屋までついてくるのさ。祐巳の部屋はあっちでしょ」
「あ……ええ。そうね」
 
 祐麒さんに付いて行って祐巳さん宅に着けたのは良かった。
 でも流石に祐巳さんの部屋まで教えてくれるはずもなく、祐麒さんについて歩いているとそう指摘されたのだ。
 
「まったく、ボケボケしてるな」
 
 祐麒さんはそう言いながら志摩子の頭を小突いた。
(主よ、これが貴方の導きなのですか)
 志摩子は思わず嘆いた。初めて会う男の人について行くだけでも大冒険だったというのに、その上に不可抗力の出来事で頭を小突かれるなんて。
 小突かれた頭は少しも痛くなかったけど、何だか酷く心が揺さぶられた。
 
「な、何だよ。そんな泣きそうな顔して」
「え……?」
「さっきのそんなに痛かった? だとしたら、ごめん。謝るから、そんな泣きそうな顔しないでくれよ」
 
 傍から見たら、そんな風に見えたのだろうか。祐麒さんは顔の前で両手を合わせて、頭の角度だけ変えて謝りだしてしまった。
 
「そんなんじゃなくて。……私もう戻るわね」
 
 これ以上ここに居たら更に彼を困惑させると判断して、志摩子は早足に「祐巳の部屋はあっち」と言われた部屋に入った。
 部屋は全体的に淡い色が主で、ベッドの脇にいくつかぬいぐるみが置いてあるのが、如何にも祐巳さんの部屋という感じだった。
 今更思うが、祐巳さんの家は新しい。それは築何年とかいう話じゃなく、外観とか中の構造とかが、とにかく目新しかった。ずっと正統的な日本家屋に住んでいた志摩子には、当然の感覚なのかも知れない。
 
「二人とも、ご飯よー」
 
 志摩子が机の上に鞄を置いた所で、階下から声がかかった。
 時計を見れば、もう晩御飯にはいい時間だった。
 
 
 
 家族の前というのは、一番の難関だ。
 食卓を囲みながら、志摩子は強くそう思っていた。
 姉妹(スール)ならば、山百合会を通して見ているから、どう対応すればいいか分かる。でも家族となると、全く未知の領域だった。父親一つとってみても、「お父さん」か、「お父さま」か、それとも「パパ」か。どう呼んでいいのかすら分からない。
 
「祐巳ちゃんも祐麒も、今日は遅かったな」
 
 そう呼ばれて衝撃を受けた事を覚えている。
 祐巳さんの家族というのは、お互い友達のような、気さくな家族付き合いらしい。
 その証拠として、志摩子が「お父さま」と呼んだら祐巳さんのお父さまは箸を落としたし、何か一つ喋るにしても「なんで敬語なんだ? ここは学校じゃないんだぞ」。
 全く何から何まで、志摩子の家とは違っていた。
 
 
 
「祐巳ちゃん。藤堂志摩子さんって方からお電話よ」
 
 志摩子が部屋に戻ってこれから何をしていたらいいのか思案していた所で、祐巳さんのお母さまに呼ばれた。
 自分から電話がかかってくるなんて、本当に妙な感覚。
 
「山百合会の、今年の白薔薇さま(ロサ・ギガンティア)?」
 
 階段を下りて電話の子機を受け取った所で訊かれたので、先ほどの教訓を活かして「うん」とだけ言った。
 
「もしもし、志摩子さん? ちょっといくつか訊きたい事があるんだけど」
 
 それから由乃さんは志摩子が家でいつもしている事とか、特別な習慣はないかとか色々訊いてくるので、志摩子は出来るだけ分かり易く説明した。 由乃さんは最後に島津家の電話番号を教えてくれて、無事に帰れたという報告と、家ではどう振舞えばいいか祐巳さんに訊くといいとアドバイスしてくれた。あと連絡事項として、明日の朝は早く学校にきて集まろう、との事。
 由乃さんとの電話を切った後すぐに祐巳さんに電話して、訊きたい事を全部訊き、伝える事を全部伝えると、やっと人心地ついた。
 
「祐巳。お風呂空いたからね」
 
 電話を切ると同時に台所のドアが開いて、祐巳さんのお母さまがそう伝えてくれた。
(お風呂って、どこにあるのかしら)
 一難去ってまた一難。
 これからどれだけの『一難』があるかなんて予想もつかなかったけど、今夜はよく眠れそうな事だけは分かった。
 

 
 翌朝。
 早く登校してきて薔薇に館に着くと、疲れきった由乃さんと志摩子さんが居た。
 
「ご、ごきげんよう」
「……ごきげんよう」
 
 二人が今にも楕円のテーブルに突っ伏してしまいそうな程憔悴している所を見ると、相当苦労してきたらしい。特に志摩子さんがこんなに疲れた表情を見せているのって、初めてかも知れない。
 祐巳はと言えば、志摩子さんから無事家に着いたという電話を貰った後、ニコニコと令さまお手製のメイプルケーキを食べてたんだから、何だか申し訳ない。
 
「あの、一つ訊いていい?」
「……何」
 
 由乃さんは不機嫌丸出しの顔で言った。
 志摩子さんの顔でそういう表情をされると、凄く怖い。でもこれは、言っておかなくてはならない事なのだ。
 
「えっとね、どうして志摩子さんは髪をおろしている(・・・・・・・・・・・・・・)のかな」
「それを言ったら、どうして祐巳さんは髪を二つに分けているのよ」
「あら、それを言うのだったら、由乃さんは三つ編になっているわよ」
 
 少しだけ重い沈黙が流れた。
 寝ぼけていたのか、それとも疲れていたからなのか。由乃さんは志摩子さんの巻き毛を三つ編みにし、志摩子さんは祐巳の硬い髪を真っ直ぐおろして、祐巳は由乃さんの長い髪を二つに分けていた。
 
「相当きてるわね、私たち」
 
 由乃さんの言葉に、無言で頷くしかない祐巳たちだった。
 

 
 祐巳たちはお互いの髪型を正しあった後、また放課後に早くきて集まろうという約束だけして解散した。
 もしあのまま授業に出ていたらと思うと溜息が出るので、早くきて集まったのは正解だったかも知れない。
 
 さて、それから学校生活。
 これは意外と楽なものだった。大半の時間は授業だし、休み時間は教室から出て話しかけられないように努めた。
 何かと忙しい三人だったから、クラスメートに怪しまれる事もなかったはずだ。
 
 祐巳は六限目が終わってすぐに掃除場所に赴き、今までで一番の早さで掃除を終えた。
 急いでいた祐巳を見て「今日も部活?」、と聞いてきたクラスメートには「ええ」とだけ答えておいた。
 
「祐巳さん、早かったね」
 
 薔薇の館の扉を開けたところで、後ろから声をかけられた。
 由乃さんも大分急いで来たらしい。巻き毛がいつも以上にふわふわしている。
 それから五分としないうちに志摩子さんも到着して、薔薇の館の二階には昨日と同じように山百合会二年生が揃った。
 
「さて、そろそろ丸一日経つわけだけど」
「……一日でこれだと、先が思いやられるわね」
 
 はあ、と息を吐いて肩を落とす二人。
 少なくとも祐巳はこんなに憔悴しては居ないから、やはり自分が一番楽なミッションなのだと、改めて思う。
 
「じゃあ、やっぱりお姉さまに相談してみる?」
 
 あんまりにも二人は疲れて居るようなので、祐巳は今一度昨日と同じ提案をした。
 よくよく考えてみれば、その人になりきるというのは結構無茶な考えだ。テストが近いから周りに迷惑をかけ無いように、って、これをテストまで続けていたら祐巳が由乃さんに多大な迷惑をかけてしまう。そりゃもう、確実に。
 
「駄目よ。その前に試す事があるでしょう?」
 
 しかし由乃さん、昨日と同じくそれを否定する。いつの間にか彼女の信号は赤から青に変わっているらしい。
 由乃さんは強い視線で階段の方を見た。手すりは当然そこにはなくて――物凄く嫌な予感がする。
 
「由乃さん、まさか」
「そのまさかよ。お姉さま方に相談する前に、最後の手段を試してみないと」
「わざと落ちるなんて、危ないわよ」
 
 珍しく志摩子さんが、由乃さんの考えに意見する。
 それはそうだ。祐巳だって、またあの痛みを味わうのは嫌だ。
 
「そうね、危ないわ。でも他に手段がある? コンマ五階分の高さから落ちて死ねる? プールに飛び込むみたいな落ち方しなきゃ、まず首はやられないわよ」
「そうかも知れないけど、頭を打ったりしたら」
「……脳震盪ぐらいで済むわよ。多分」
「多分って」
 
 かなり無責任な発言に、思わず祐巳は突っ込んでしまった。
 
「だって、多分としかいいようが無いじゃない」
 
 由乃さんはふくれてそう言った。拗ねている志摩子さんの顔っていうのも、中々に可愛い。
 
「万が一にでも危険があるのなら、やっぱり進んでそういう事をするのはどうかの思うの」
「……じゃあ志摩子さんには、他に戻る当てがあるの?」
「それは――」
 
 それは、無いだろう。戻るきっかけがあるとすれば、きっと同じ条件。
 それか、ひょんな出来事で元に戻るとか。でもそれを待つことは、『戻る当て』とは言えない。
 
「……ないけれど。でもそれがもう一度落ちる事に賛同する理由にはならないわ」
「だったら――」
「はい! はいはい!!」
「……何よ、祐巳さん」
 
 話の腰を折った祐巳に、由乃さんは不満そうな視線を投げてくる。
 でも、仕方ないじゃないか。このまま放っておいたら、本格的に喧嘩し出しちゃいそうだったんだから。
 
「あのね、一旦落ち着こうよ。こういう状況になって、切羽詰ってるのは分かるけど、私は喧嘩する二人なんか見たくない」
 
 祐巳が出来る限りの気合を込めて発言すると、由乃さんも志摩子さんも黙ってしまった。きっと二人とも、言われて初めて口論の様になっていたと気付いたんだと思う。
 
「まずはお互いに譲り合ってみようよ。ね?」
「……そうね。ごめん、志摩子さん。無茶なこと言って」
「いいえ。私も頭ごなしに否定ばっかりして、ごめんなさいね」
 
 落ち着きを取り戻した様子の二人を見て、祐巳は偉そうにうんうんと頷いた。よし、これで元通り、と。
 それから祐巳たちは相談して、結局階段から飛び降りてみる事にした。決して『階段から落ちる』のではなく、飛び降りる。これは方法は何にしても、階段から落ちることがキーとなっているのでは、と考えたためだった。ちゃんとタイミングを合わせて飛べば、着地も上手くいくはず。
 
「準備はいい?」
 
 階段の例の場所に着いて祐巳が訊くと、二人はこくこくと頷いた。
 条件は昨日と一緒で、祐巳の左手を由乃さんが握り、右手を志摩子さんが握る。
 
「いくよ。……せーのっ」
 
 掛け声に合わせて、祐巳は階段から飛び降りた。
 階段から足が離れて、握った手が解けそうになる。その手を強く握り返して――って、どうしてそうなる。一緒に飛んだのだから手に力が加わる事はないはずだし、もしそうなるとしたら祐巳が遠くに飛ぼうとしすぎたか、由乃さんか志摩子さんが手前を狙いすぎたという事であり――。
 
「いっ……たぁ……」
 
 つまるところ、失敗した。着地地点を決めてなかったが為に、それぞれ別の所に飛んでしまった。そしてまた三人仲良くもつれて、昨日の繰り返し。むしろこっちの方が痛かったかもしれない。
 身体を見回して見ても、相変わらず由乃さんの身体のままで、骨折り損の草臥(くたび)れ儲けとはこの事だ。
 
「あっ……たた。結局昨日の再現しちゃったわね」
 
 そう言いながら志摩子さん……いや、口調から察するに由乃さんはゆっくり起き上がった。
 結局、何も変わっていないのだ。
 
「あなたたち、一体何をしているの!?」
 
 その時。
 天から降るマリア様のような声に、祐巳ははっと振り返った。
 そこにあった姿は――間違いなく祐巳のお姉さまである、小笠原祥子さま。一階の部屋から荷物を持って出てきたところを見ると、祐巳たちが二階で相談している内に、何らかの用があって物置と化している部屋で探し物をしていたらしい。
 
「あの、これは――」
 
 その先に続く言葉なんて用意してなかったけど、そこで口を塞がれた。由乃さんは祐巳の口から手を離すとそのまま祐巳の腕を掴み、もう片方の手で志摩子さんを掴んで走りだした。薔薇の館の扉を開け放ち、より遠くへと一目散。
 
「待ちなさい!」
 
 祥子さまの厳しい声が聞こえて、思わず縮こまりそうになった祐巳だったけど、腕を掴んだままの由乃さんがそれを許さない。
 
「ね、ねえっ。何で逃げるの!?」
「あの状況をどう説明しろっていうの!」
「だからって……」
「いいから走る! 振り切った後にもっともらしい説明を考えればいいの!」
 
 由乃さんたら、もう青信号どころじゃない。きっと気持ちの上では、何キロだしてもいいっていうアウトバーンを走っているに違いない。
 しかし、ちょっと考えてみて欲しい。今現在祐巳は由乃さんの姿をしているわけで、人格転移が起こったからと言って身体のスペックまでついてくるわけではないらしいのだ。
 
「ねえ、追ってきてないようだけど」
 
 中庭を突っ切り、グラウンドの脇を駆け抜け、校舎の裏に出た所で、志摩子さんが言った。
 確かに後ろには、祥子さまの姿はない。祐巳は念のためさっき曲がってきた校舎の角から辺りを窺ったけど、やはり祥子さまはいない。いや、そもそも追いかけて来たかどうかすら知らなかった。
 
「大丈夫……みた……い」
 
 祐巳はふらふらと二人の元へ戻る。足が言う事を聞かない。いつもならこのぐらい走っただけでは、こうはならない。それはひとえに由乃さんの身体だからだであり、それはさっきも考えたことだった。
 
「祐巳さん、大丈夫?」
 
 どちらが先導するわけでもなく、志摩子さんと由乃さんが祐巳に歩みよってくる。
 
「あっ」
 
 でも、それがいけなかった。
 ――ああ、この感覚は二度目だ。
 今度は階段を踏み外したのではなく、地面に落ちていた大きな石に足を取られた。
 今度は視線が天に向くのではなく、地面の方を向いた。
 唯一昨日と一緒だったのは、他の人が撒き込まれると言う不幸だけだった。
 
「あっ……つぅ」
 
 まったく、自分の注意不足加減に嫌気がさす。
 一体昨日と今日で、何回落ちたりこけたりしなきゃならないのか。
 
「ごめんっ。またわた……し……」
 
 ――あれ?
 違う。何か違う。だけど同じなのだ。
 声が違う。だけどそれは、丸一日前とまったく同じ。
 
「大丈夫だっ……た?」
 
 目の前に自分であるはずの姿が転がっているのが同じなら、その人が目を白黒させているのも同じ。
 祐巳は立ち上がって、身体を見渡した。それは同然自分の物でなければ、由乃さんのものでもなかった。この長くてふわふわの髪は、志摩子さん以外の誰のものだというのだ。
 
「と言う事は……由乃さん?」
 
 祐巳は自分の姿をした少女に声をかけた。
 
「いたたた……何、志摩子さん。……って、あれ? 何で私がそこにいるの?」
 
 やっぱりだ。
 そして消去法で行くと、由乃さんの姿をした人が志摩子さんなんだろう。流石に二回目になると、比較的冷静に判断できた。
 
「また、繰り返しちゃったみたいね」
 
 志摩子さんは、祐巳が話しかける前に状況を理解したらしい。
 やっぱり気になるのか、志摩子さんは頭から下げられている三つ編みを撫でていた。
 
「あの、ごめんなさい……。また私の不注意で」
「いいのよ、祐巳さん。むしろ感謝したいぐらいよ」
「そうね。きっとこれは必然なのだから」
「へ……?」
 
 今度こそ怒るんじゃないかと思っていた二人は、予想とは逆に晴れやかな表情だった。
 どうしてまたこんなややこしい事になって、そんな顔が出来るんだろう。祐巳なんか、もう泣きたいというのに。
 
「後一日、頑張ってみましょう」
「ええ」
「あの……二人とも?」
 
 さっきまで二人とも、疲れきった表情をしていたというのに、そのやる気はどこから沸いてくるのか。
 祐巳が頭の中で疑問符を天使の輪のように浮かべていると、不意に地面を踏みしめる音が聞こえた。
 
「あなたたち――」
 
 振り返って、確かめる必要もない。
 祥子さまの声を聞き違えるはずがあるものか。
 
「昨日から変だとは思っていたけど、一体どうしたっていうの。いきなり階段から飛び降りたり、急に走り出したり」
 
 祥子さまは目を吊り上げて言った。服装や髪が乱れていないのを見る限り、歩いてこの場所に辿り着いたらしい。こんな時でも淑女のたしなみを忘れない祥子さまが、ばたばたと走り去るといった行為に、不快感を持たないわけがない。
 
「聞いて下さい、お姉さま」
 
 もうすっかり祐巳になりきっている、由乃さんが言った。
 そしてその姿をはらはらしながら見ていた祐巳は、今頃になって気付いたのだ。
(人格が『紅→黄→白→紅』って転移していったのなら――)
 あと一回人格が転移すれば元通り、という訳だ。
 
「何かしら、祐巳」
「はい、私たちは――」
 
 それにしても。
 
「私たちは、バンジージャンプの練習をしていたんです」
 
 流石にそのいい訳はないと思うよ、由乃さん。
 
 祐巳は心の中のマリア様に手を合わせる。
(マリア様。もし見ているのでしたら、速やかに平穏な日々をお返し下さい)
 けれど祐巳が何度もマリア様みたいって思ったお姉さまは、今にもヒステリックに叫び出しそうな顔をしているのだった――
 
 

 
 
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