■ 黄薔薇ごっこは道なき道
      第三話『由乃ビーム騒動』
 
 
 
 
 「天上天下唯我独尊」、それはいつのまにか薔薇の館にかけられた掛け軸に書かれている言葉だった。もうこの言葉だけで、誰が掛けたかは考えるまでもないだろう。
 
 そして、いつのまにかその隣に「下克上」などと書かれた掛け軸がかかっていた。これは間違いなく、その妹(仮)が掛けたのだろう。
 
 さらに、その隣に「お菓子の家がほしい」などという、誰が、というより、何を考えて、といいいたくなるような、文字がミミズがストレッチをしてるような字で書かれた掛け軸が7月頃から掛けられていた。おそらく、七夕かなにかと勘違いしてるのだろう。
 
 そしてたった今、掛ける本人が魂を慟哭を込めてで書いた4枚目の掛け軸が掛けられ・・・・・・ってあれ?
 
 ばりっ! びりびり!
 
 ええと、スペースがないので「お菓子の家がほしい」の掛け軸をゴミ箱に捨てた後に掛けられようとした。
 それは震える字で、大きくこう書かれていた。
 
 「明日はどっちだ」
 
 と
 
 ここは、昔は薔薇の館と呼ばれたところ。
 いったい自分たちは何をやっているのだろう? 乃梨子は目の前で展開されていることを見て思う。
 
 じゃらじゃら
 
 ぱちっ
 
 「あ、そのド○ミ、ポン!」
 「くぅぅっ! せ、せっかくいいツモ流れでしたのに。なんてことするのですか、祐巳さま!!」
 「ひがまないの、ドリル。あ、そのジャ○アン、ドンジャラ!」
 「キィィィィー!!」
 「ふふ、高いわよ。ジャ○アン、ス○オ、の○太、しず○ちゃんのレギュラー四暗刻単騎、32000ドラ! あ、ドリル、ハコったわね。はーい、じゃあ今回のアンケート調査をやるのはドリルに決定!」 
 「サッ、サマですわ! サマ! そっ、そんなでかい役、簡単に出きるわけありませんわ!」
 「んなわけないでしょ! さっさとやりなさい!」
 「くぅぅっ!」
 「だめだよ、瞳子ちゃん。そんな牌切っちゃあ。そこでジャ○アンは危なすぎるよ」 
 「いっても無駄ですわ、祐巳さま。所詮、瞳子はタコ突っ張りですから」
 
 確かに祐巳さまのいう通り、あの場面でジャ○アンを切るのはタコ過ぎる選択だろう。だが、乃梨子はあることを知っていた。由乃さまのスカートにあるポケットが、困ったときに好きな牌をとり出せる四次元ポケットだということが。
 
 ここまで来ると説明は要らないかもしれないが(いやいるか)、少し前から山百合会では「山百合ドンジャラ」なるものが流行りはじめ、そして最近ではその熱が生じて、それに負けたものがバツゲームとして山百合会の仕事をやらされるという、マリアさまに見られたら申し開きが出来ないことを行っていた。
 
 もし、リリアンの生徒たちに山百合会の仕事がこんなもので決められていることを知られると、ドンジャラどころかしりとり侍よろしくチャンバラで袋叩きにあうのは間違いないだろう。
 
 ちなみに今日やっていた山百合ドンジャラは、ドベになったものが由乃さまの気まぐれで急遽つくられた山百合会が主催するアンケート「ゴロンタとランチ、呼び名はどっちでしょう?」を生徒に配るという、やりがいどころかやりきれなさしか残さない仕事をやらされる人間を決める為に行われていた。
 
 で、結果はさっきの通り。瞳子のタコが見事に炸裂して、若くして人生のやり切れなさを嫌でも体験できる貴重なチャンスをタコゲットしている。
 
 ちなみに乃梨子と志摩子さんは、一回戦であっさり二人でワンツーフィニッシュを決め勝ち抜けを確定させている。
 まあ自慢ではないが、志摩子さんと乃梨子の二人のコンビ打ちは「哭きの志摩子」、そしてそのオヒキである乃梨子は「オヒキノリ」(なんでノリでとめんのよ! コを入れんかい!!)などとご飯が恋しくなりそうな名前で呼ばれ、リリアンでは最強のコンビ打ちとしてなんとなく恐れられていた。
 
 みなは言う、志摩子さんが哭くたびに牌が光って見える、と。
 
 「あら、あなた、背中が煤けてるわ」 
 
 どこかで聞いたことがあるようなセリフを志摩子さんが口にしたとき、相手は魅入られたかのように当たり牌をきってくる。まさに志摩子さんは「哭きの志摩子」だった。
 
 ・・・・・・ただ、哭いてさらされるのがジャ○アンとかス○オとかなのでイマイチかっこよくないのが玉にキズなのだが。
 あと他にも「超天然ジャン師」とか「裏ドラジャンボ宝くじ」とか「タコドリル」とか「振込み青信号」などの、人として、それは・・・・・・、と突っ込みを入れたくなるような通り名が目白押しだ。
 
 ふっ。まああんなのが相手なら、しばらくは鳴きの志摩子とオヒキノリのコンビの最強の名は揺らぐことはないだろう。ふっ。
 乃梨子はその口元に、不適な笑みを浮かべた。
 
 ・・・・・・いや、ちょっと待て、自分。
 
 だめだ。最近この空気が当たり前に感じてしまいそうになる自分を乃梨子は叱咤した。 
 
 (ちがう、ちがうぞ、二条乃梨子。今、私がいいたいのはそんなことじゃない!) 
 
 別にドンジャラのことなどどうでもいい。ここで大切なのは、人としてどうよ? といわれそうな明後日の方向に向かって由乃さまとドリル、山ザル会二人のトップランナーがその無駄なエネルギーを尽きることなく発揮させ突っ走ってトップを争い。
 すぐその後ろには、山ザル会第二集団であるタヌキとノッポが「逃がすものか!」とばかりにぴったりと二人の後をマーク。
 さらにその後ろに、実は楽しんでいるんじゃないのか? と乃梨子が思ってしまう行動が多々ある志摩子さんがクマのぬいぐるみを抱えながら嬉しそうにその4人を後ろからぴったりとストーキングしていて。
 そして、その遥か後方に両手両足を「腐れ縁」という名の切っても切れないロープにつながれた乃梨子が「ずざざざ!」とその5人によって引こずられているという、この涙で明日が見えない状況をいかにするべきかだった。
 
 ・・・・・・ああ、マリアさま。明日は、どっちなのですか? 乃梨子は明日が見えません。さっぱり見えません。お先真っ暗です。
 
 乃梨子が心の中で涙を流していると、最近では由乃さまドリルに続く第三の女として乃梨子の心の涙腺を緩くしてくれるのに大いに貢献してくれている黒ダヌキが話し掛けてくる。
 
 「乃梨子ちゃん、私が飾ってた短冊知らない? なんか今日きたらなくなったんだけど?」
 
 やっぱりあれ、七夕用だったのか。この人は、笹のはサラサラ、というより頭からなにかサラサラでてるんじゃないだろうか? 乃梨子は激しくそう思った。
 
 「いえ、全然知りません」
 「そんな〜 せっかく願い事を書いたのに〜」
 「彦星が持っていったんじゃあないですか?」
 「あ、そうか。そうだったんだ。なあんだ、えへへ」
 
 もし乃梨子が彦星だったら、あんなものは間違いなくミルキーウェイの道端に捨てて帰る。まさに星の屑だ。あれがなにかの役に立つとすれば、せいぜい織姫との話のネタにするぐらいだろう。
 
 (明日に、明日になればいいことが・・・・・・あったためしがない。い、いや、信じよう。明日はきっといいことが起こる)
 
 乃梨子は、そう己に暗示を掛けながら薔薇の館を後にしたのであった。
 
 そして、次の日。
 
 乃梨子が薔薇の館にやってくると、昨日乃梨子が掛けた掛け軸の隣に
 
 「バケツサイズのプリンが食べたい」
 
 という掛け軸が半ばムリヤリに掛けられていた。
 それを見て、ちょっと乃梨子はムカっときた。 
 
 それと、乃梨子の掛けた掛け軸の「明日はどっちだ」の文字の下に、
 
 「←あっちかな?」
 
 とミミズが這ったような字で書かれている。
 それを見て、ちょっと乃梨子は殺意を覚えたりした。
 
 さらに、瞳子の入れてくれたお茶を飲んだ由乃さまが、最近無駄に鍛えぬかれた肺活量を惜しげもなく発揮させコロニーレーザーのように激しくお茶を噴出し、それは何故かいつも射線上正面にいる祐巳さまにごんぶとな勢いで命中してた。・・・・・・「はぶあ!」と言いながら吹き飛ぶタヌキを見て、ちょっとだけ乃梨子はすっきりした。ふう。
 
 そして、ふと気がつくと、さっきまで椅子に座っていたはずの志摩子さんの姿はそこにはなく、額に「2号」と書かれているクマのヌイグルミに変わっていた。なんか前のより大きくなってた。
 
 その後に、ノッポを含めた恒例(なんなよ、こんなもん恒例に)の山百合プロレスINバトルロイヤルが、「志摩子」と名札のついたクマのぬいぐるみに生温かい目に見守られながら祐巳さまのゴングで開始され、乃梨子はいつものように祐巳さまから解説を求められる。
 
 「はい、やっぱり今日も解説者は乃梨子ちゃんです。乃梨子ちゃん、どうぞ」
 
 乃梨子は、祐巳さまに向かって魂の叫びで答えた。
 
 「うおぉぉー!! 明日はどっちだぁぁー!!!」
 
 「以上、乃梨子ちゃんからでした!」
 
 ・・・・・・マリアさま、乃梨子には明日がさっぱり見えません。明日は、どっちなのですか? ぐすん。
 
 

 
 
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