その素敵な夏の夜は…
 
 
執筆:亜児(金襴之契

 
 夏休みも残すところあと1週間あまりになったある日、私は駅の改札で志摩子さんが来るのを待っていた。待ち合わせの時間まではあと20分もある。後輩の私が先に来て待っているのが普通とはいえ、少し早すぎたかも。
 少しでも早く志摩子さんに逢いたくて、つい早めに来てしまった。お祭りだし、志摩子さんは浴衣かな?電車が着くたびに、私は志摩子さんの姿を探す。
 私の横をたくさんの人が通り過ぎてゆく。OL、サラリーマン、学生、子供・・・。未だに志摩子さんの姿はない。きっと次の電車だ。私はそう思い込んで待つことにした。
 
 駅にある時計は、すでに待ち合わせの時間を過ぎている。私は少しずつ不安になってきた。もしかして、志摩子さんに何かあったのだろうか? 確かめようにも、私も志摩子さんも携帯電話を持ってない。志摩子さんの家にかけても、家を出ましたって言われることが想像できたので、公衆電話に向かいかけた足を止めて、元の場所へ戻る。
「ごめんなさい。遅れてしまって。電車で私の近くの方が具合が悪くなってしまったの」
「それなら仕方ないですよ。気にしないで下さい」
 志摩子さんは、優しいなあ。きっと他の人が見て見ぬふりをしてるなかで、周りの目も気にしないで、その人に駆け寄ったに違いない。駅員に任せて自分は立ち去ることだってできたはず。でも、志摩子さんはそれをしなかった。
 そんな理由の遅刻を誰が責めることができようか。私が手を差し出すと、志摩子さんも笑顔で手をにぎってくれた。
「行きましょうか、志摩子さん」
「夏祭りなんて久しぶりだから楽しみだわ」
 志摩子さんは、黒地に朝顔の紋が入った浴衣を着ている。フランス人形のような顔つきなのに、とてもよく似合っている。私だとこうはいかない。どうしても浴衣に着られている♀エじになってしまう。もしくは座敷わらし=c
「浴衣、よく似合ってます。素敵です。志摩子さん」
「ありがと、乃梨子。乃梨子は浴衣じゃないのね。ちょっとだけ残念だわ。浴衣で並んで歩きたかったのに」
「着てくるつもりでしたけど、色々とありまして」
 夏祭りに志摩子さんと行くと決まってから、すぐに千葉の実家に連絡して浴衣を送ってもらったけど荷物に入っていたのは、ずっと着ていたお気に入り浴衣ではなく、なぜかミニの浴衣が入っていたのだ。一応、着てはみたけど、しゃがむと見えそうになるのが恥ずかしいので着てくるのをあきらめた。神社までの道は、親子連れやカップルで賑わっている。
 神社へ近づくにつれて祭囃子の音が大きくなってゆく。はぐれてしまうような混雑ではないけど、私は志摩子さんの手をぎゅっとにぎりしめる。
「けっこうな人ね。この中ではぐれたら乃梨子を見つけることができるかしら」
「私は絶対に志摩子さんを見つけてみせます!」
 根拠や自信があって言ったわけじゃない。自然と口から出てしまったのだ。冷静に考えると、ものすごく恥ずかしいことを言っている。私は顔が赤くなるのを感じていた。
「ありがと。嬉しいわ」
 私の恥ずかしい言葉までも、志摩子さんは受け止めてくれる。そうして歩くうちに、左右に露店が並ぶ場所へと出た。
「どうしますか?」
「お参りしてからにしましょう」


 さらに奥にある本道本堂へ行って、お参りすることにした。人ごみの中を手をつないで歩いてゆく。隣を歩く志摩子さんは、どこか嬉しそうだ。
「志摩子さん。何かいいことありました?」
「特に何かがあった訳ではないの。こうしてみんなが笑顔でいられることって素敵なことだと思わない?」
 そう言った志摩子さんの横を子供たちが元気に走り抜けてゆく。少し遅れて母親の声が届く。
「危ないから走っちゃダメよ〜」
「はーい」
 子供たちは返事をしながらも、その足が止まることはない。あれぐらいの年なら夏祭りではしゃぐのも無理ないか。
「そうですね。みんなが笑っていられる時間って素敵だと思います」
 本堂にたどりつき、賽銭箱へサイフから取り出した10円を投げ入れて、二礼二拝。普段は、マリアさまに向かって合わせる手を違う宗派の神さまに向かって合わせる。敬虔なクリスチャンである志摩子さんも、普段と同じようにお祈りしている。
(志摩子さんとずっと一緒にいられますように)
 私は、ただそれだけをお願いした。10円しか入れてないし、たくさんお願いしても神さまも大変だろうと思ったからだ。ちなみにお祈りの時間はやっぱり志摩子さんの方が長かった。
「乃梨子は何をお祈りしたの?」
 本堂から露店の並ぶ場所へ戻る途中で、志摩子さんが口を開く。私から聞こうと思っていたのに。ひとさし指を唇の前に立ててポーズをとった。
「内緒ですよ。こうゆうのは、人に言うと叶わないって言いますし」
「それじゃ、私も内緒にしないといけないわね」
「すごく聞きたいですけど、やめておきます」
「うふふふ」
「あははは」
 顔を見合わせて笑う。今みたいな時間がずっと続けばいいのにと思う。露店を見てまわることした。最初に足を止めたのは、お好み焼きの屋台。お昼から何も食べていないので、かなりお腹がへっていた。
「お好み焼き食べませんか?」
「半分こして食べましょう」
 店のおじさんにお金を渡して、パックに割り箸をつけて志摩子さんに渡す。さすがに立ち食いする訳にもいかないので、手近なベンチに腰かけてから、パックを開ける。濃厚なソースのいい香りが鼻をくすぐる。
「「いただきます」」
 ひと口サイズにしたお好み焼きを割り箸でつまんで、志摩子さんの前へ差し出す。
「はい。お姉さま。あーん」
「恥ずかしいわ。乃梨子」
「大丈夫ですよ。誰も見てませんから」
 志摩子さんは周りの様子を気にしながらも、お好み焼きを口へと運ぶ。ヤケドしないようにゆっくりと味わうとワリバシを手にして、にこやかに笑う。
「次は乃梨子の番ね」
 志摩子さん差し出したお好み焼きを味わった。こうして食べさせてもらうだけなのに、おいしく思えるのは、なぜでしょうか。答え。そこに愛があるからなんてね。お好み焼きを食べ終えた私たちは、空パックをゴミ箱に入れて、次のお店を探す。私はある店を指差した。
「次は、あそこにしましょう」
 そこは輪投げのお店。お客のほとんどは子供で、景品を狙って夢中になっている。景品の近くへ輪が飛ぶたびに、歓声が上がるけど、その直後にはため息に変わる。
「おじさん、1回ね」
「毎度あり。がんばっておくれ」
 私はおじさんから輪っかを受け取り、引かれている線の後ろまで下がって構える。
「志摩子さん。何か欲しいものある?」
「えっと・・・」
 人差し指をあごに置いて景品を眺める志摩子さん。その視線がある一点で止まる。視線の先にあるのは、ウサギのぬいぐるみ。
「わかりました。任せてください」
「乃梨子の好きなものを取っていいのよ」
「私がプレゼントしますから、見ててください」
 まず1つめの輪っかを持って、深呼吸してから軽く投げる。
 輪っかは、狙っているウサギのぬいぐるみの手前にポトリと落ちる。少し短かったか。後ろを振り向くと、志摩子さんが不安そうな表情で見守っている。チャンスは残り2回。絶対に志摩子さんにぬいぐるみをプレゼントしてみせる。いざ2回目。その気持ちが入りすぎたみたいで、目標を大きく越えてしまう。ラスト1回。心の中でゆっくりと10数えて精神を集中させる。私の手から放たれた輪は、キレイにウサギのぬいぐるみにかかった。
「やるじゃねえか。お嬢ちゃん」
「どうも」
 店のおじさんがウサギのぬいぐるみを渡してくれた。受け取った私は、志摩子さんにプレゼント。
「志摩子さん」
「ありがとう、乃梨子」
 志摩子さんは笑顔でぬいぐるみを受け取ると、ぎゅっと抱きしめる。
 ああ!そのぬいぐるみになりたい!縁日の景品に嫉妬する私だった。輪投げの後も、金魚すくいやったり、クレープ食べたりして縁日を楽しんだ私たちだった。そして、帰ろうかとした時に1枚のポスターに目が止まる。
 
浴衣美人コンテスト開催!!
 飛び入り大歓迎。優勝者には豪華賞品をプレゼント。
 
 私の頭にあることを思いついて、志摩子さんに声をかける。
「志摩子さん、これ出てみませんか?」
「浴衣美人コンテスト……?」
 志摩子さんは、首をかしげながらポスターの文字をおっている。身内びいきなしでもかなりいいところまで行けそうな気がする。私は志摩子さんの答えを待った。
「面白そうね。出てみましょうか」
 てっきり悩むかと思っていたけど、志摩子さんはあっさりと出場することを決めた。
 近くのテントで受付を済ませて胸に番号札をつけてもらった志摩子さんは、出場者控え室で待機することになり、私は、ステージ前に並んでいるパイプ椅子に座ってコンテスト開始を待った。賑やかな音楽をバックに司会と思われるおじさんが舞台に登場。すると、観客席から声が上がる。
「待ってましたー!」
「シゲさんーーー!」
「よっ、大統領!」
 地元ではかなりの有名人みたいだ。続いて審査員を務める3人が出てきて、左側に並んでいる椅子に座る。反対側は、出場者が座るために椅子が10コ並んでいる。
「それでは、始めてまいりましょう!本日、参加してくれた浴衣美人は、この方たちだ!みんな、拍手で迎えてくれよ!」
 ド派手な音楽が流れて、スモークがたかれるなか、コンテスト出場者が入場する。予想以上の盛り上がりを見せる会場の雰囲気に戸惑いながらも、私も拍手で参加者を迎えた。8番目に登場した志摩子さんは、私に気づくとにっこりと笑ってから席についた。こんなたくさんの人のなかから、私の姿を見つけてくれたことがうれしかった。コンテストは、順番にステージで自己紹介と自己アピールをして、審査員が点数をつけていくというものみたい。
 点数は、その場では発表されないので、最後まで優勝者はわからない。最初に登場したのは、長い黒髪が美しい人だった。かなりのハイレベルな争いになりそうだ。自己紹介をした後のアピールタイムで何をするかと見ていると、その方はとんでもないことを言い出した。
「カエルぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ! カエルぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ! カエルぴょこぴょこ三ぴょこぴょこ合わせてぴょこぴょこ六ぴょこぴょこ!」
 椅子から転げ落ちそうになった。エントリーした時に、危険でなければ基本的に何をしてもOKとは言われたけど、早口言葉でくるとは思わなかった。出てくる人は、かなりレベルが高いので、このアピールタイムが優勝のカギになるような気がしてきた。その後も手品あり、一発芸ありとかなり楽しめるコンテストだった。
「続きましてエントリーナンバー8の方、どうぞ!」
 シゲさんに呼ばれて、志摩子さんがステージ中央へ歩み出る。
「8番。藤堂志摩子です。リリアン女学園2年。今日は妹と一緒に来ています。」
「こちらの藤堂さんは、当日参加してくれたうちの1人です。では、アピールタイムに行ってみよ!」
 シゲさんが自分の席へ戻ると志摩子さんがゆっくりと前へ歩を進める。
 優雅な身のこなしで、特技の日本舞踊を披露した。聞いて知ってはいたけど、実際に見るのは初めてだ。私の近くの席からも志摩子さんを称える声がする。
「見事なもんじゃ」
「最近の若者にしては、珍しいのお」
「ぜひ孫の嫁に」
 おいっ!最後のひとつは聞き捨てならんぞ。言った人を探して説教してやろうと思ったけど、暗くて周りはよく見えないし、志摩子さんにも迷惑がかかるのでやめておいた。出場者全員のアピールが終わって、ステージに並ぶ。このまま結果発表かと思っていると、半被を着たお兄さんがメモ用紙とペンを配っている。受け取ると、その紙には1から10までの番号が印刷されている。審査員の点数と会場の点数で優勝者が決まるという訳らしい。
「今年の浴衣美人はこの人だ!と思う人の番号に丸をつけたら、半被を着たお兄さんに渡してくれよ。みんな美人だけど、丸をひとつだけにしてくれよ!」
 迷わずに8番に丸をつけて、お兄さんに渡して結果発表を待つ。待つのはいいけど、その間の出し物がシゲさんのモノマネショーというのは、どうなんだろ。面白かったからいいけどさ。
「会場のみなさま、お待たせしました。今年の浴衣美人は……」
 お約束のドラムロールが入り、会場は水を打ったかのように静まり返る。私も息をのんで発表を待つ。
「エントリーナンバー8番の藤堂志摩子さんに決定しました!!」
 会場から拍手が起こり、シゲさんが志摩子さんにマイクをもってインタビューを始める。
「優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「この喜びを誰に伝えたいですか?」
「はい。一緒に来ている妹です」
「その妹さんは、どちらにいらっしゃいますか?」
 まさかと思った時には、もう遅かった。志摩子さんが満面の笑みをうかべて手招きをしている。
「せっかくですから、妹さんもステージへどうぞ」
 恥ずかしいけど、逃げ出す訳にもいかないので、ステージへ上がると、また拍手が起こる。照れ笑いを浮かべながら、私たちはそれに応えた。
「それでは、賞品の贈呈です。優勝賞品は、温泉旅行です!」
 志摩子さんがシゲさんから目録を受け取ると、この日一番の拍手が会場を包み込む。カメラのフラッシュまでたかれている。
 後で、写真をもらえないか聞いてみよう。こうして浴衣美人コンテストは、幕を閉じた。
「まさか優勝するなんて思わなかったわ」
「やっぱり日本舞踊が効いたと思います。年配の方が多かったですし」
「そうかもしれないわね」
 コンテスト会場を後にして、花火を見るために移動しようとすると後ろから声をかけられた。
「ねえ、リコだよね?」
「えっ?!」
 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには中学の同級生の若菜と麻巳がいた。もしかして、ステージに上がった時から見られていたのかな。
「やっぱりリコじゃん。久しぶり〜」
「リリアンに行ったとは聞いてたけど、そちらの方がリコのお姉さま=H」
「はじめまして。リリアン女学園2年。藤堂志摩子です」
 マリアさまのような微笑で若菜と麻巳を見つめる。普段から見慣れている私でも、ドキドキしてしまうのだから初めて会う2人が言葉を失うのも無理はない。
「…リコが変わったのも、わかる気がするよ。お楽しみのところ、悪いから、今日はこれで」
「今度、ご飯でも食べに行こうよ」
「うん。メールちょうだいね」
「それでは、藤堂さん、変わり者のリコをどうぞよろしくお願いします」
 2人は頭を下げると、人ごみの中へと消えていく。
「乃梨子が変わったって…?」
「まあまあ、細かいことは気にしないで下さい。花火始まっちゃいますよ」
 私は志摩子さんの手をとって境内の階段を登ってゆく。
「綺麗ね…」
 志摩子さんの方がきれいですという恥ずかしいセリフが出かけたけど思い切り飲み込んだ。しばし言葉も交わさずに私たちは花火を見上げる。
「志摩子さん…」
「どうしたの?乃梨子」
 志摩子さんがこっちを向いた瞬間にほっぺにキスをした。
「私からの賞品です」
「もう、乃梨子ったら…」
 頬を赤らめながらも、嬉しそうだった。花火も終わって帰り道に志摩子さんが口を開く。
「この温泉旅行、どうしようかしら?」
「志摩子さんが行きたい人を誘うのが一番だと思います」
「そうねえ…。久しぶりにお姉さまに会ってみようかしら」
「えっ?!」
 志摩子さんの言葉に素になって動揺してしまう私。そんな私の反応に満足したのか、志摩子さんは笑って言った。
「冗談よ。乃梨子と一緒に行きたいわ」
「行きます!!」
「それじゃ、明日家に来てもらえるかしら?父も乃梨子に見せたいものがあるって言ってたわ」
「わかりました。どんなものを見せてもらえるか楽しみです」
「今日はとても楽しかったわ」
「私もです」
 色々とあったけど、今日はすごく楽しかった。私は志摩子さんに思い切り抱きついた。

 
 
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