陽炎
 
 
執筆:Taya(Ivory filter

 
 じりじりと強烈な陽射しが照りつける、真夏の昼過ぎ。
 汗は拭っても拭っても止まることを知らずに噴き出し、それで衣服に汗が張り付いてくるのが不快でたまらない。
 その厳しい暑さの中、祐麒はハンカチで顔を拭いながら家に向かって歩いていた。今日は学園祭のことで会議があって花寺に出ていたのだ。
「少しぐらい雲が出ればいいのにな…。」
 暑さで顔をしかめたまま空を睨み、そう呟いた。空には雲が全く無く、眩しい太陽が元気良く照り付けている。これで少しでも曇ればその分涼しくなるのだが。
 祐麒は喉に渇きを感じ、足を止めてカバンを探って中から水筒を取り出し、その蓋兼用のコップに麦茶を注ごうとする。が、それは数滴出ただけで出なくなり、結局祐麒を落胆とさせるしか効果が無かった。
 思い返して、会議中にほとんど飲み干していたんだというのを思い出した。
「もっとでかい水筒にしときゃよかったかな…。」
 空の水筒をカバンに戻して一人ごちる。飲めないとなると余計に飲みたくなるもので辺りに何か無いか見渡してみた。しかし自販機も喫茶店も無く、肩を落とし溜息を吐いてその場から歩き始めた。
 
 そこから歩き始めて数分経つと、小さな公園が現れた。その公園は祐麒が子どもの頃よく遊んでいた公園で、遊具のペンキは塗り替えられているものの、十年近くたった今でも大きな様相の変化は見られない。
 中を見ればこの猛烈な暑さをものともせずにはしゃぎ回っている五、六歳の子どもたちが見える。その公園の脇には、先ほど探していた自販機があった。
「ラッキー…。」
 公園に入り、自販機にお金を入れて目当てのジュースのボタンを押す。数秒後に取り出し口からガコンと音がしてから缶ジュースを取り出した。
 それを持って木陰にあったベンチに座り、蓋を開けて中身を飲むと心地良い甘さと冷たさが体に染み渡っていく。それで何とか渇きを潤す事が出来た。
 欲求を満たす事が出来た祐麒はほっと息を吐いてそのままベンチにもたれ掛かって、目の前の遊具にて広げられている光景を眺める。
 目の前の子ども達は帽子を被り汗だくになりながらも相変わらずはしゃぎ回っている。その少し離れたところではその子らの母親らしき女性が日傘を差して井戸端会議に夢中になっていた。
(…俺も子どもの頃はあんなふうにはしゃいでたっけな…。)
 ちびちびとジュースを飲みつつその光景を眺めて、ぼんやりとそんな事を思う。子どもの頃の自分…いや、周りの友人達は目の前の子ども等と同じように真夏でも外ではしゃぎ回っていた。今、友人達を集めても外で遊ぶ気にはなれないだろう。
 大概クーラーの効いた友人の家でダラダラするかゲームをするかの、インドアな展開になるのは容易に想像できる。そう考えると、何故子どものころはあんなに元気だったのか、と不思議に思う。
 
「祐麒、こんなところで何してるの?」
 不意に声を掛けられて考えるのを一時中断する。声のした方を向けば、リリアンの制服を着た祐巳がハンカチで顔を拭いながら話しかけてきているのが見えた。
 確か、祐巳も今日は山百合会で会議があったんだった。
「何って、暑いからちょっと休憩してたんだよ。」
「確かにあっついもんねー…。祐麒、それちょっと頂戴。」
 祐麒が持っていた缶ジュースを見ながらそう言った。祐麒はそう言われて考えるような仕草をしたが、それを祐巳に手渡した。受け取った祐巳は嬉しそうにそれを口に運びそうにしたが、途中でその手が止まった。
「…入ってないじゃない。」
「もうほとんど飲んじゃったからな。自分で買えばいいじゃん。」
 悪戯っぽい笑顔を浮かべてそう答える。ちびちびと飲んでるうちにその缶は空になっていて、それを悪戯心で祐巳に手渡したのだった。
「けちんぼ。」
「弟からジュース取ろうとする方がセコイって。」
 不満を垂れながらその空き缶をゴミ箱に捨て、自分の分のジュースを買って祐麒の隣に腰掛けてそれを飲む。それだけで祐巳の顔が幸せそうな笑顔に変わっていく。
「おいしー。」
 心底嬉しそうな顔で祐巳がそう言う祐巳がおかしくて、思わず祐麒がプッと噴き出した。その祐麒をジロリと祐巳が睨む。
「何がおかしいのよ。」
「いや、単純だなって思ってさ。」
「何よそれ、失礼ね。」
 少し頬を膨らまして、プイッと目を逸らしてもう一口ジュースを飲む。祐麒はその祐巳からまた前の子ども達に視線を移した。
「こんな暑いのに、よくあんなに元気よくはしゃぎ回ってられるよな…。」
「えっ? …ああ、あの子達か。」
 祐麒が言った事に一瞬何の事かと思ったが、目の前の光景を見て合点が付いたように祐巳が返す。
「でもさ、私達が小さい頃には夏だってここで遊んじゃない。」
「まあ、確かにそうだけど。」
「それにしても、あの子達見ると思い出すね、子どもの頃の自分。懐かしいなぁ。」
「あぁ…。」
 祐巳にそう言われて、自分が子どもだった頃の思い出を思い出した。
 ブランコでどこまで飛べるか競った事、ぐるぐる回る遊具で回りすぎて目を回した事、かくれんぼや追いかけっこした事…こうやって思い返すと腕白な事ばかりでどれもこれも懐かしい。
 そうやって思い返しながら隣の祐巳を見て、不意にもう一つ、あることを思い出した。
(…そう言えば祐巳の前だと英雄気取りだったっけな…。)
 子どもの頃、自分は何かとドジな祐巳に対して色々と助けてあげたりしていた事が多かった。
 ジャングルジムに登ったは良いが怖くて降りられなくなり、祐麒に助けを求めてきた事、いじめっ子にいじめられてるところを駆けつけて助けた事、大きな虫に追いかけられてそれを追い払った事…。
 それらから助けてもらう度に祐巳は自分によく懐いたのだった。
『ゆうきはゆみの“えいゆう”だね!』
『うん、ぼくがゆみをまもるんだからね!』
 ふと、そんな会話をしたことを思い出した。
 あの頃自分は祐巳にとっての英雄だと思い込んでいた。祐巳がピンチになれば駆けつける、そんなTVアニメであるような正義のヒーロー。そういう自分が誇らしく、また祐巳に頼られるのが嬉しかった。
 そうやっているうちに過去の残像が次から次へと浮かんできて、それが胸を締め付けていく。
 …今はどうなのだろう。今でも祐巳は自分の事を頼ってくれるのだろうか…そう考えると胸の辺りが切なくて少し、痛む。
「じゃ、そろそろ行こっか。お腹空いちゃった。」
「え…あ、ああ。そうだな。」
 ぼんやりと昔の自分を思い返していたら祐巳から話しかけられて、意識を昔から現実へと引き戻す。祐巳がジュースの空き缶を捨ててから、二人は肩を並べて家に帰ろうと歩き始めた。
 
*        *        *
 
「…英雄…か。我ながら恥ずかしい事考えてたもんだ…。」
 家に着いて昼御飯を食べた後、自分の部屋でベッドに横になりながらさっきの公園で考えていた事をもう一度思い返していた。
 英雄。今考えるとなんとも大げさな称号であるが、その頃はそうである事が嬉しかった。そして、それが自分の存在意義であると信じきっていた。
 さすがに今でも自分が祐巳にとっての“英雄”だとか、本気で考えているわけではない。…でも、頼られる存在でありたかった。
 思えば自分は何かと祐巳に対して心配性だ。表面では何も無い様に振舞っているものの、内面では祐巳のことを心配に思っている事も多々ある。
(…自分は今でも頼られてるのかな…。)
 ゴロンと寝返りをうってそんな事を思う。祐巳にとって今、自分はどういう存在なのかよく分からない。弟として見ているのは確かだが、果たして今でも自分の事を頼りにしてくれているのだろうか…。
 そう考えた自分が滑稽で、少し恥ずかしくて頭を振って考えを中断させる。こんな事を考えるから自分はシスコンだとからかわれるんだ。
 そう思いながらもう一度寝返りをうってうつ伏せになり、枕元の文庫本を手に取った。そのままの体勢でしおりの挟まっているページを開き、続きの部分から読み始める。
 しかし文字を追っていっても今一つ内容が頭に入らず、次第に眠気が襲ってきてそのまま目を閉じてしまった。
 
 
 
(…あれ…ここって…。)
 祐麒は気が付くといつの間にかいつもの自分の部屋の中央で立っていた。だが、そこに自分がいるという感覚が無い。
 分かりやすく言うと現実感が感じられないのだ。足の裏には感じるはずの床の感触も無く、何となく体がフワフワしているようだ。
 一瞬何事かと思ったが、すぐにそれが何か分かった。
 …ああ、そうか。これは夢なんだ。自分は夢を見てるんだ。
 すぐに夢だという事が分かって、祐麒は落ち着いてから辺りを見渡す。本棚やCDプレーヤー、窓の外の景色は特に変わり無いが心なしかセピア色に染まっているように見える。
「おい。」
「うわぁ!?」
 突然後ろから話しかけられて祐麒は情けない声を上げてしまった。さっきまで何も無かったところから話しかけられたのだから驚くのも無理は無い。例え、夢の中だとしても。
 慌てて振り返ると、そこには自分が立っていた。背格好もほとんど変わらない、自分と同じ自分が。
「疲れてんのかな俺…。」
 溜息交じりにそう呟く。いったい自分はどういう夢を見ているんだ、と我ながら少し可笑しく感じられた。
 それを気にする様子も無いように、夢の自分は口を開く。
「お前は過去に囚われてる。誰だって変わるんだ。」
「はあ? 何言ってんだお前…って、自分かお前は。」
 突然向こうが言い出した意味が分からずに、呆れたような口調でそう返した。さらに夢の自分は話を続けていく。
「祐巳のことだ。」
「祐巳?」
「お前の中の祐巳と今の祐巳は違う。頼れる人はお前だけじゃないんだ。」
「分かってるよ、それくらい…。」
「いや、分かってない。祐巳が頼れるのは自分だけだ…そう思ってる。いや、そう思いたがってるんだ。」
 そう指摘されて、祐麒は言葉に詰まった。思い当たる点が、幾つもあったから。
「そんな事、俺は思ってなんか…。」
「そんな事ない。祐巳も変わっていくのにお前だけ変わっていない。変わろうとしてないんだ。」
 無表情のままそうやって話してくる自分に対して、段々腹が立ってきた。
 何で同じ顔に説教めいた事されなきゃならないのか、さも知っているかのように言ってくるのか…何故、ここまで的確に言い当てられるのか。
「うるせぇよ! 何でお前にそんな事言われなきゃいけないんだ!」
 怒りを露にして、祐麒は声を張り上げて目の前の自分に食って掛かった。正直もうこれ以上言い当てられるのが怖かった。
「祐巳は、祐巳はまだ支えてやらなきゃ駄目なんだよ、まだこれからもたくさん傷付く事もあるだろうから!」
「そうだ。確かに支えてやらなきゃ駄目だ。」
「だったらどうして…!」
 目の前の自分は相変わらず表情一つ変えないで、同じ口調で話をし続ける。
「それはお前だけの役目じゃない。言っただろ。昔と今の祐巳の取り巻く環境は変わっている。」
「変わってる…?」
「…お前も分かってるはず。もしくは、そのうち分かるはずだ。」
 それだけ話すと、目の前の自分は陽炎のように揺らいで消えていってしまった。祐麒はセピア色の部屋にただ一人取り残される。
「ちょっと待て、どういうことかちゃんと説明しろよ!」
 大声で張り上げても、もう何の反応も無い。
 次第に窓の外から、激しく降り付ける雨の音だけが響いてきた。
 
 
 
「…雨…?」
 ぼんやりとした意識で体を起こして辺りを見渡す。当たり前だがそこは自分の部屋であり、一瞬祐麒はまだ自分が夢を見ているのかと思った。
 試しに自分の頬をつねってみると痛みが走り、これが現実だと言う事を理解した。
 今度は窓の外を見る。窓の外は黒い雲が空を覆っていて、窓に激しい雨が容赦無く降り注ぎ雷鳴が聞こえてくる。どうやら夕立らしい。
「…すっげー変な夢見た…。」
 先程まで見ていた夢を思い出して、思わず溜息を吐いた。夢というのは元々意味不明なものが多いが、あれは意味不明もいいところだ。
 今の気分から言えば悪夢に近い内容である。
 祐麒は頭を振って立ち上がり、リビングへ向かう。その途中、祐巳の部屋のドアが空いているのが見えたが、中には誰もいなかった。
 そのままリビングに行っても祐巳の姿は無い。テレビも点いておらず、薄暗い部屋の中の明かりはキッチンから漏れる明かりのみだけだった。
 祐麒はリビングからキッチンで料理をしている母親に話しかける。
「祐巳は? どっか行ったの?」
「ええ…実は祐巳ちゃんにお使い頼んだんだけど…。」
 母親からのその言葉に、祐麒は目を見開いた。外は激しい夕立、こんな中お使いに行ったのだろうか。
「行ってもらった時は晴れてたんだけど…大丈夫かしら…。」
 祐麒の疑問を察したかのように、母親はそう言った。それでも、問題が解決されたわけではないが。
「どこにお使い行かせたの? 場所は?」
「行ってくれるかしら? いつものスーパーに行ってもらったの、分かるわよね?」
「ああ、それじゃ行ってくる。」
 祐麒は不安でいても立ってられなくなり、祐巳の分の傘を持ってそのまま家を飛び出した。
 
 外は相変わらず激しい雨で、雨が地面から跳ね返り容赦無く足元を濡らしていく。おまけに時折雷が鳴り響いてくる。
 それでも構わず祐麒は走り続けた。この雨でずぶ濡れになって寒くて震えてるんじゃないかとか、雷に怯えてるんじゃないかとか、様々な心配事が頭をよぎっていく。
「祐巳、大丈夫だからな…。」
 スーパーへは歩いていけば十五分ぐらい。このまま走り続けていけばあと十分足らずでそこへ着くだろう。
 それから走り続けていくと、ようやく目的のスーパーが見えてきた。祐麒はそこから更ににスピードを上げていく。もう既に足元はずぶ濡れだ。
 そこから進んでいくと、すぐに出入り口で祐巳が立っているのが見えた。祐麒はそれを確認して、とりあえずホッと息を吐く。
「おーい、祐…。」
 祐巳を呼ぼうとそこまで言いかけて足と口を止めた。よく見ると人影は祐巳だけではない。それに、その前には祐巳には不釣合いな高級車が止まっている。
「…祥子さん…?」
 祐巳と一緒に居る人影、それは祐巳の姉である祥子さんに間違いなかった。祐巳は祥子さんと何か話していて、その顔はとても嬉しそうだ。
 と、不意に祐巳がこっちの方を向いてきて大きく手を振ってきた。どうやら気付かれたようだ。祐麒はそれに応えて二人がいるスーパーの出入り口に向かって行った。
「こんにちは、祐麒さん。」
「え、あ、こ、こんにちは。」
 美しい笑みで祥子さんから挨拶をされて、祐麒は思わずどもってしまった。こんな美人から挨拶された事などあまり無いから仕方が無い。
「祐麒聞いて、雨宿りしてたらお姉さまが来てくれたの! やっぱりお姉さまは頼りになります!」
 祐巳は嬉しそうな笑顔でそう言った。それに答えるように優しい笑顔を浮かべて祥子さんが口を開く。
「そんなにはしゃがないの。それにたまたま通りかかっただけだから、そんな大層な事ではないわ。」
「それでもこんな素敵な事になれたのは変わりません! ありがとうございます、お姉さま!」
「大げさね、素敵だなんて。」
 嬉しくてはしゃぐ祐巳と、落ち着きながらも楽しそうにその様子を眺める祥子さん…その光景を、祐麒は何も言わずにただ眺めていた。
 いや、何も言えなかった。二人の空気に、とても入り込めそうになかったから。
「そう言えば、祐麒はここまで何しに来たの? 傘二つも持って。」
「えっ…何しにって…。」
 祐巳を迎えに来たんだ、そう言おうかと思ったが今の二人を見てはとてもそんな事を言えそうになかった。
 祐巳の嬉しさを壊してしまうような気がして。
「…小林のやつが傘忘れたから迎えに来いって、さっき電話があってよ。それで今行く途中なんだ。」
「小林君から?」
「ああ。前に奢ってもらった貸しがあるから断りきれなくてな。やんなっちまうよ。」
「そうなんだ。じゃあ、早く行ってあげなさいよ。待ってるんでしょう?」
「そうだな…。それじゃあ、俺はこれで。祥子さん、祐巳をお願いします。」
 祐巳に嘘を言ってから、祥子さんにお辞儀をする。祥子さんも、同じようにお辞儀を返してくれた。
「ええ、祐巳は私が送り届けるから、祐麒さんは安心して行ってちょうだい。」
「はい…お願いします…。」
 それだけ交わすと祐巳と祥子さんは止めてあった車に乗り込み、そのまま雨の中を走り去って行った。
 このままさっさと帰りたいところだが、小林を迎えに行くといった手前すぐに帰っては怪しまれる。祐麒は車の後姿を見送ってから、あても無くその場から歩き始めた。
 
(やっぱりお姉さまは頼りになります…か…。)
 とぼとぼと当ても無いまま雨の中散歩している間、さっきの祐巳の様子を思い返していた。あの様子からだと、祐麒が迎えに来てくれることはほとんど期待していなかったようだ。
 少しは期待してくれていると思っていたんだけど。
 それよりも祥子さんと祐巳のあの雰囲気はまるで本当の姉妹のように自然であり、祐巳の笑顔はもうずっと祐麒に見せた事の無いものだった。
 まるで昔の自分と祐巳を見ているような、そんな雰囲気だった。違うところを言えば、自分の立場が祥子さんに変わっていたというところだ。
 その事が、祐麒の胸をギュッと締め付けた。
(…俺より祥子さんの方が頼りになるのかな…。)
 夢の自分は『昔と今の祐巳の取り巻く環境は変わっている』と言っていたが、その答えが今になってようやく突きつけられた気がする。
 いや、今までそれを理解しようとするのを避けていたのかもしれない。
 今の祐巳にはたくさんの仲間がいる。姉の祥子さん、山百合会メンバー、佐藤聖さん…。昔は俺一人だけに頼っていたのに、今では多くの頼れる人たちに囲まれている。
 この十年近くの間に、祐巳とその周りは自分を頼りにしなくても生きていけるように大きく変わってしまった。
 いや、もしかしたら夢の自分が言っていたように自分が十年前から変わっていないのかもしれない。未だに姉離れが出来ていない、幼稚な自分のままなのかと。
 
「ん…。」
 不意に目の前が急に眩しくなった。傘を下ろし空を見上げれば、眩しい太陽が雲の隙間からまた強烈な日を照りつけ始めている。それで雨が既に止んでいた事に気が付いた。
 考え事をしていたせいかまったく気が付かなかった。
 祐麒は歩きながら傘をたたんで、そのまま進んでいく。夕立が過ぎて少し涼しくなったとはいえ、強烈な日差しは変わらずじりじりと辺りを照り付けていく。
 それからさらに進んでいくと、いつの間にか昼頃に休んだあの公園の前まで来ていた。さすがにさっきまで夕立が降っていたために人影は一つも無い。
 祐麒はそのまま公園に入っていき、中のジャングルジムに近づいていった。子どもの頃は大きく感じられたジャングルジムも、今見てみるとそうたいして大きいとは感じられなかった。
 それだけ、自分が成長したと言う事だろうか。
 ジャングルジムに触れてみると、夕立に降られて冷たくなった感触が返ってきた。この陽射しでもうすでに乾き始めてるけれど。
 そのまま辺りを見渡してみると様々な遊具が目に入り、それら一つ一つの出来事を思い出しては祐麒の胸を締め付ける。
 祐巳との思い出が懐かしく、そして痛いまでに切ない。
「…俺も変わらないといけないのかな…。」
 陽射しを浴びて、立ち上がってきた陽炎を眺めてそう呟くとまた少し寂しくなった。自分だけを頼りにしてくれる祐巳はもういないのだと、分かってしまった気がしたから。
「…そろそろ帰るかな…。」
 公園の時計を見れば既に五時近い。祐麒は家路に向かうため公園を出て行った。
 きっと帰ったら祥子さんの事を嬉々とした様子で話されるのだろう、そう思うと少し切なくなる。
 少しだけでもいい。今でも、頼りにして欲しい。いざと言う時、少しだけでも…。
 
『ゆうきー!』
 遠くで揺れてる陽炎の中、一瞬だけ幼い祐巳が陽炎のように揺らいでいたように見えた。もう一度目を擦って見てみたが、もう浮かぶ事はなかった。
 遠くで陽炎が揺れてる、ただそれだけの道が真っ直ぐ伸びているだけだった。
 
 
 
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