白薔薇姉妹のガチレポート
 
 
執筆:滝(流れ落ちる何か

 
「ごきげんよう、島津由乃です。太陽が燦々と降り注ぐ時を経た今は夕暮れ時。私達は今、藤堂さん宅へ侵入……もといお邪魔しています。関係者によると白薔薇姉妹は真夏にも関わらず熱々百合百合し放題、しかしその姉妹の片割れ二条乃梨子さんには彼氏が居るのでは? という噂を聞き付け、現地にやってまいりました」
「ご、ごごごきげんよう。福沢祐巳です。えーと、何て言ったらいいのかな。あんまり喋らない方がいいのかな」
「……ええ、確かに声が裏返っているようでは、控えた方がいいのかも」
 由乃さんはテープレコーダーのマイクを抑えて、祐巳に「落ち着きなさいよ」と言った。時は夕暮れ時。藤堂家の敷地の一角で、祐巳たちは何かに必死だった。
「しっかりしてよ。これじゃ物にならないわ」
「ご、ごめん」
 さて、こんな蒸し暑い中、祐巳たちは何をしているのか。説明は簡単、白薔薇姉妹のスキャンダルを追っているだけだ。
 ならば何故、スキャンダルを追うのか。これも簡単、取引だ。これは決して、祐巳と由乃さんが陰でこっそりチョメチョメしてたのを新聞部にスッパ抜かれて脅されたというわけではない。それはうん、本当に違うわけだ。
「えー、では実況は福沢祐巳。解説は島津由乃さんでお送りさせて頂きます。よろしくお願いします」
 祐巳の言葉に、由乃さんも「よろしくお願いします」と返した。ちなみに何故、リポーターが実況中継になっているのかお察しして頂きたい。由乃さんはこういうの、一度やって見たかったらしい。
「えー、さて由乃さん。とある情報によると二条乃梨子さんにはボーイフレンドがいたとのことなのですが、この状況はどうでしょうか。縁側に座ってスイカを食べるという、非常に風流な光景のように思えますが」
「そうですねー。しかし冷静沈着な志摩子さんでも、妹に彼氏が出来たとなると、これはもう一大事であると思われます。今は嵐の前の静けさという奴ですね」
「おーっと、よく見て見ると二人とも水を張った桶に足を浸けていますねー。とても仲がよさそうに見えます」
「祐巳さーん、これは大変な状況ですよ。水というのは、何か間違いが起これば人を殺める道具にもなりますからねー。これは二条乃梨子選手、非常に不利な状況になってきましたよ」
「こ、怖いなぁ……。と、藤堂志摩子選手、今やっとスイカを食べ終えたようです。二条選手に三十秒遅れてのゴールとなりました」
「よーく見ておいて下さい、祐巳さん。ここからが試合の本番ですよー。二条選手、藤堂選手のスイカの種マシンガンによって、いつ蜂の巣にされるとも限りません」
「本当一見風流ですけど、いきなりアクション映画ばりの展開になるわけですね。完全に由乃さんの妄想ですけど」
 祐巳たちが陰でこそこそと囁き合っているうちに、白薔薇姉妹は新しい動きを見せる。何とも積極的なことに、乃梨子ちゃんが志摩子さんにしなだれかかったのだ。
「おおっと二条選手、色仕掛けで命請いです! 藤堂選手、これにどうでるか!?」
 志摩子さんはよりかかってくる乃梨子ちゃんを左手で抱き締めた。なんだか恋人をエスコートするみたいな手の回し方で、素敵だなぁって思った。
「入ったー! ゴール! 乃梨子ジャパン、一点先制です!」
「もうアクション映画なのかスポーツ中継なのかどっちでもいいですけど、あんまり大きな声を出すと気付かれると思う十七歳の夏です」
 祐巳は冷静に突っ込んだけど、隣の友は「ッシャー!」とガッツポーズを決めていた。楽しい友達に恵まれていると思う。
「ねえ、志摩子さん」
「なぁに?」
「暑くない?」
「大丈夫よ。逆に乃梨子がいなくなったら、私は凍えてしまうわ」
「志摩子さん……」
「おおっと藤堂選手、二条選手のジャブにアッパーを返しました! 二条選手、ノックダウーン!」
「だから由乃さんっ、そんなに声出したらバレちゃうってばっ」
「何よ、祐巳さんったら。そのセリフだけ聞いたらエロいわよ」
 んなこと言ってんじゃねーよ、と祐巳は心の中で呟いた。白薔薇姉妹といい、隣の由乃さんといい、みんな暑さで頭が沸いているらしい。
 そうこうしているうちに、白薔薇姉妹のイチャイチャはエスカレートしていく。乃梨子ちゃんったら、志摩子さんに膝枕なんてしてもらっちゃって、甘えたい放題だ。
「しーまこさんっ」
「きゃっ」
 そうこうしているうちに、乃梨子ちゃんが志摩子さんの首に手を回して引き寄せた。なんだかこう、説明に困る体勢になる。
「出たーっ。二条選手の逆卍固めーっ!」
「いや、どうみても騎乗位だろ」
 その表現もどうかと、言った後に思った。
「の、乃梨子。そろそろ夕食じゃないかしら」
 しかも上になった第一声がそれか、志摩子さん。動揺しすぎて可愛い、やたら可愛い。
「ご飯より――」
 ぐい、と乃梨子ちゃんが志摩子さんの腕を引っ張った。
 志摩子さんが食べたい。
 乃梨子ちゃんの唇は、そう動いたように思えた。
「……由乃さん」
「……何よ」
「写真撮った?」
「あたぼうよ」
 福沢祐巳アンド島津由乃、これでも突撃パパラッチ隊。これで脅しを掛けてきた新聞部に……じゃない、取材を依頼してきた新聞部に顔向けが出来る。
「結局、乃梨子ちゃんに彼氏はいたのかな?」
「さあ、いないんじゃないの? 志摩子さんを見る目、ガチだし」
「そうだよね、あれはガチだったね」
「ガチ志摩、ガチ乃梨ね」
 帰ろっか、と祐巳が言うと、由乃さんは頷いた。とりあえずネタは手に入ったし、めでガチ、めでガチ、と。
 
*        *        *
 
 後日のこと。
 祐巳は由乃さんに誘われて、電車で結構かかる海岸までやって来ていた。何でも「この前令ちゃんと行った海が余りにも海らしくなかったから」という理由らしい。
 平たく言えば、由乃さんの気まぐれに付き合わされた訳だけど。まあ、いつものことだし、祐巳だってまんざらじゃなかった。
「水着持ってくれば良かったわね」
「でも由乃さん、日焼けしたくないんでしょ?」
「富士山登って、嫌でも焼けちゃったけどね。いいなぁ、祐巳さんは白くて」
 すべすべー、と言いながら、由乃さんは祐巳の手に頬擦りした。真夏なのに由乃さんの体温は低くて、何だか気持ちがいい。
「ん……?」
 何だろう。最近よく聞いた音が、遠くから聞こえた気がした。
「どうしたの祐巳さん。ぼけっとしてるとキスしちゃうわよー」
 あむ、と由乃さんが祐巳の耳を甘噛みすると、また小さいシャッター音。
「ガチ由、ガチ祐巳ね」
 そんな声が聞こえたのは、気のせいだと思いたい。
 
 
 
≪-- [戻る] --≫