とける日
 
 
執筆:メイテイ(ゆりびより

 
 別荘で過ごす最後の日。
 祐巳と祥子は前日の言葉通り、テラスの上にグリーンシートを敷いて昼寝をしている。
 テラスは木製なので寝転がるには少し堅いが、普段味わうことのないその感触が休暇気分を盛り上げてくれた。
 天気はとても良く、空の青さと雲の白さがお互いを引き立て合っている。
 注ぐ日差しに照らされる二人を、頬を撫でる風が涼ませた。
「気持ちいいわね」
「気持ちいいですね」
 夢うつつのままで言葉を交わす。
 昼食の後なのも関係してか、祐巳の脳の働きはかなり鈍っていた。
 鳥の鳴き声に耳をすませても、意識が段々とぼんやりとしていき、気がつくとまた違う鳥が鳴いている。
 祐巳は睡魔に抗って、ふわふわとする上半身を起き上がらせた。そうして体をひねり、祥子の方を向いてから口を開く。
「お姉さま、御髪(おぐし)になにかついています」
 祐巳はシートに広がる長髪を指で持ち上げ、開ききらない目で見つめる。少しして手を傾けると、数本の黒い絹がさらさらとこぼれていった。
「とれた?」
「嘘です、本当はなにもついていませんでした」
「そう」
 目を閉じたままの祥子との会話を終え再び横になる。
 太陽に照らされたシートが、祐巳を生ぬるく迎え入れた。
「お姉さま」
「何?」
「気持ちいいですね」
「そうね」
 目を閉じていても感じられる昼過ぎの日光の明るさ。
 寝返りをうつと、草のそよぐ音が辺りを包んだ。
「しりとりでもしましょうか」
 祥子がやはり目を閉じたままで言った。
 その台詞に祐巳が「よいですね」と答える。
「じゃあしりとりの”り”から始めるわよ。りんご」
「ごりら」
「蘭」
 一際強い風が吹き、グリーンシートがばさばさと音をたてた。
「終わっちゃいましたね」
「そうね」
 
「私たち何してるんでしょうかね」
「ごろごろしてるのでしょう」
「そうでした」
「とはいえ、少しくらいは何かしましょうか。祐巳、ちょっと家の中から本を持ってきて」
「はい」
 匍匐前進のようにうつぶせのままで移動する祐巳。ゆっくりと時間をかけて五十センチほど進んでから、何かに気付いたように口を開く。
「お姉さま」
「なぁに?」
「面倒くさいです」
「いいからとってらっしゃい」
 祥子が目を開いて言った。
 しかし祐巳は動かない。寝転がって顔だけを上げた状態で口を開く。
「お姉さま」
「何よ」
「本なんかより私を見てください」
「わかったわ」
 少しの間二人で見つめあう。
「祐巳、本」
 祐巳は不満そうな顔をした。
 そうして再び見つめあうこと数秒、祥子が何故か顔を赤くして言った。
「分かったわよ、自分でとりに行くわ」
 先ほどの祐巳の真似をして、祥子がグリーンシートの上を這いずっていく。長い髪とシートが擦れ合って、進むたびに微かな音をたてた。
 進行方向には横向きの祐巳が居る。しかし祥子は構わずに進んでいくので、その腕が祐巳のわき腹にぶつかった。
 うつぶせになっている妹の背中に腕をのせて、姉はさらに前進する。
 顎が祐巳の上に乗ったところで、祥子は息を吐きながら全身の力を抜いた。前になげだされた祥子の腕が、祐巳にべったりとくっつく。
「めんどうくさいわね」
 祐巳の背中に顎をつけたまま、半眼で喋る祥子。
「でしょう?」
「だけど、だらけすぎだと思わない?」
「たまにはいいじゃないですか。ほらキビタキの声が聞こえます」
 祥子に教えてもらったばかりなので、その鳥の鳴き声は覚えていた。
「これは葉擦れの音よ祐巳」
「まちがえました」
 祐巳から顎を下ろして、祥子が先ほどの場所に戻って行く。
 体を引き摺りながら進むのでシートがたわんで皺になっていた。
「お夕食はなにかしらね」
「なんでしょうね」
「なんでもいいわね」
「そうですね」
 こんな言葉を交わして眠りにつく二人。
 そうして最後の一日は、何事も無く過ぎていくのだった。
 
 
 
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