■ バイオニック・志摩子
 
 
 
 
 1、リリアン女学園
 
「きゃーーーーーっ!! 離し…」
 
 リリアン女学園とその界隈には似つかわしくない絹を裂くような悲鳴が響いた。 丁度校門からバス停に向かっていた志摩子と乃梨子の耳にもその声が聞こえて顔を見合わせる。
 
「なにかしら」
「普通じゃないよ、行ってみよう志摩子さん!!」
 
 そろって悲鳴のした方向に駆け出すが、乃梨子は全力疾走に近いが志摩子は乃梨子に速度をあわせているので余裕がある。
 
「志摩子さん……はぁ、先に行って!」
「そう? じゃあ先に行っているわ」
 
 前後に人影が無いのを確認すると。 スピードを上げる志摩子。 一瞬後には2人の距離は30m近く離れてしまう。 バス停の近くで、サングラスをかけマスクで顔を隠している2人の男に口を手でふさがれて羽交い絞めにされている女生徒が見て取れた、左目をズームさせてまず女生徒の顔を確認する。
 
「乃梨子、映像は取れているかしら?」
「一応……でもセンサーロッド使ってないでしょ……取りにくいよ、CIC(Combat Imformation Center)に転送するね」
「あれをここで付けるのは目立ちすぎるわ」
 
 PDA程度の大きさとは言え、走りながら端末を操作をするのは大変なことだ。 ハァハァ言いながらバス停から50mのところで立ち止まっている志摩子に追いついた乃梨子は膝に手を付く。 
 
「誘拐のようだけど、大胆ね学校のこんな近くで攫うなんて」
「はぁはぁ、車いっちゃうよ、志摩子さん、追いかけないと」
「‥‥‥‥やっぱり警察に任せたほうが‥‥‥」
「どうせ祥子様あたりから連絡が入って嫌々やらされるんだから」
「そう‥‥‥ねぇ‥‥」
 
 一つため息をついてカバンを握りなおすと学校を囲む高い塀を見上げる。 女生徒を拉致した誘拐犯の車は、交差点の角を曲がって逃走した。
 
「着替えるから、連絡の方お願いね乃梨子」
「了解」
 
 つま先で地面を軽く蹴っただけで数mの高さの塀を飛び越える、校庭の隅に降り立った志摩子は、周りを確認したのち体制を低くして一気に宙に舞う。 放物線の頂点、校舎の屋上から20m程のところで宙返りをして、目標の車をすぐ発見する、左目が車のナンバープレートにズームする。
 
「…あの車よね? ……」
 
 顔の半分が隠れてしまう大きなサングラスのようなゴーグルを取り出した志摩子は、ゴーグルについているヘッドセットを使って校門の辺りで待機している乃梨子に通信を送る。
 
『その車で間違いないよ志摩子さん。 で〜どうする? あんまり時間がかかると本当に見失うと思うけど』
「今見えなくなったところよ。 きゃっ」
『どうしたの?』
「ス、スカートが‥‥‥めくれちゃって‥‥‥大丈夫よ」
 
 宙返りした後、着地のため足を下にするわけだが、当然リリアンの制服のスカートは下からの風を受ける形になってまくれ上がる。 膝の辺りでスカートを引っ張って押さえなんとか広がりきるのを防ぐ。 校舎の屋上が2mに近づいた時押さえていたスカートを離すとふわりと広がり綺麗に着地した。
 
『いま全員と連絡ついたよ、バックアップ体制が整うまでに追いついた方がいいよ』
「簡単に言ってくれるけれど‥‥。 あ、映像一旦切るわよ」
『‥‥‥たまにはサービスしてあげたら?』
「いったい誰にサービスするのかしら?」
 
 そう言いながら胸元のタイをらしからぬ程乱暴に解き、着替えができそうな所を探す。 屋上への入り口、給水タンクと送風口のまとめられた屋上施設がある、そこまで一気に走りこんで、バックの中から白い布の様な物を取り出し着替えを始める。
 
 着替え中・・・・・・着替え中・・・・・・着替え中・・・・・・着替え完了。
 
 フワフワの髪の毛は後ろでポニーテールにまとめる、白のレオタード、一言で言えばそれ。 白い細目のノースリーブの燕尾服、ストッキングで覆われた足、白い手袋と白いブーツ、ヘッドセットと一体になっている大きなゴーグルと、それとセットになっているアンテナと称する白い耳、首にはマイクが内蔵された蝶ネクタイ。 全体の印象はもうそのまんま”バニーガール”。 もちろんこれ全体に使われている布は普通の布ではない。 いや実は布ですらない。
 
「やっぱり……はずかしいわね…」
『志摩子さん、そっちの準備は?』
「OKよ」
『了解! 祥子様がいまCIC(Combat Imformation Center)に問い合わせてもらっているから、もうすぐ情報が入ると思うよ』
『志摩子、取れるかしら?』
「祥子様、取れています。 逃走方向は分かっていますからとりあえずそっちらに向かいます。 乃梨子カバンの回収お願いね」
『地図を転送するわ』
「お願いします」
 
 志摩子はゆっくり歩き出すようにして前に出る、次の瞬間3m程離れた高さ約2mのフェンスを飛び越えて、校庭に降り立つと、そのままの勢いを殺さず校庭を横断し高い壁をひらりと軽く乗り越えて校外へ出ると、誘拐車の逃走した方角に向かって駆け出した。 そのスピードはカタログスペックで250km/hと言われている。
 
 
 
***2ヶ月前********
 
 2、成田空港
 
「じゃあ乃梨子、みんなも。 行って来るわね」
 
 全国的に冬休みに入ってから5日、祐巳はお姉さまの祥子と遊園地でデート。 由乃も祐麒とデートしたり令のお見合いの席に乱入したりと忙しい様子。 そして志摩子は、本日よりイタリアへ教会めぐりの旅に出るという。 よく親御さんが許したものだが、何か裏業を使ったらしい。
 
「うん、気を付けてね志摩子さん。 お土産なんかいらないから、本当に気を付けてね」
「あ、私はお土産欲しいな。 ローマ饅頭でガマンしたげる」
「由乃さん、それは売ってないって志摩子さんも含めて自分達で確かめてきたじゃない」
「またそれ探さなきゃいけないのかしら。 大丈夫よ、心配性ね乃梨子は」
 
 そう言って志摩子が国際線出国フロアからカウンターに向かって行くのを、乃梨子は心配そうに見送った。 
 
「‥‥‥でもね志摩子さん、嫌な予感がするんだよね私」
「何か言った乃梨子ちゃん?」
「いえ、なんでもないです」
「さぁ〜上に行ってお見送りするわよ〜〜」
 
 
 志摩子の乗った飛行機は徐々にスピードを上げて離陸していく。 無事離陸した飛行機は一路イタリアへ、青空に抱かれるように見えなくなっていった。
 
 
 
 
 
  『イタリア行きの飛行機が墜落、乗客乗務員多数が死亡』
 
 この第一報が流れたのは、日本時間で午後7時30分の臨時ニュースでだった。
 
 
 
 
 
 3、小笠原邸
 
 頑丈な門扉が左右に開いて、瞳子達の乗った黒塗りの車を中に通す。 乗っているのは運転手の他は瞳子と乃梨子。 墜落事故から一週間、乃梨子の憔悴は激しい。 瞳子もなんと声を掛けたものか考えあぐねてしまっている。
 志摩子の生死については今だ不明。 山間部に墜落した飛行機はバラバラになっていて、もはや生存者はいないとの見方が大勢を占めていた。 
 
 広い庭を抜けやがて大きな邸宅が見えてくる。 正面玄関の前に車は静かに停車した。
 
「さ、乃梨子さん着きましたわ」
「……ん…」
 
 かすかにうなずくものの動き出さない乃梨子を、瞳子は車から引きずり出すように降ろす。 
 
「行きますわよ、もう他の方々はお集まりなんですから」
「……ん…」
「ほんとにも〜〜〜」
 
 乃梨子の腕をつかんで階段を上がり正面玄関を開くため連絡を入れる。 程無く玄関が開き、あらかじめ話を通してある使用人たちが出迎えてくれる。
 
「車椅子を用意していただけます? さすがにこんな調子では移動させるだけでも大変ですわ」
「……ん…? …あ……着いたの?」
「ええ、着きましたわ。 さ、車椅子に乗せられたくなかったら、その足で着いてきてくださいな。 みなさんもうおそろいですのよ」
 
 先に行こうとしたものの後から乃梨子がついてくる気配が無いのに気がつく。 振り返ってみると、のろのろとカタツムリが這うほどの速度でこちらに歩いているらしい乃梨子。 
『これで遅刻もせずに学校も欠席していないのですから、なんなんでしょう。 授業もしっかり受けていますし』
 
「ああ〜〜〜もう!!」
 
 いっこうに追いつかない乃梨子に痺れを切らせた瞳子は、乃梨子に駆け寄るとその背後に回って背中を押す。 めざすは祥子の部屋で、道程はまだまだ長い。
 
「何で私がこんなことを………」
「‥‥‥え? あ〜ぁ〜ぁぁ〜!! ちょ、ちょっと?! 瞳子?! ご、ごめん、大丈夫だからそんなに押さないでって、ちょっと〜〜〜〜〜〜〜〜‥‥‥」
 
 軽いドップラー効果を引きずって小笠原家の廊下を疾走する乃梨子と、その動力源よろしくますます速度を上げる瞳子。 やがて目指す祥子の部屋の前まで来て瞳子は急ブレーキをかける、乃梨子は当然止まりきれずに廊下に転がってしまう。
 
「乃梨子さん、そんなところで寝転がるなんてはしたないですわ」
「い‥‥‥言いたい事は、それだけ?」
「皆さんもうお待ちなのですから、早く起きてくださいまし」
 
 そういって無造作に祥子の部屋の扉を開ける。 
 
「スルーなのかい」
 
 乃梨子も瞳子の後を付いて祥子の部屋に入る、中を見渡すが誰もいない。 いぶかしげに首をかしげながら瞳子のそばによる。 瞳子は壁に隠されているタッチパネルをなにやら紙を見ながら操作している。
 
「さあ乃梨子さん、これに乗ればすぐですわ」
「‥‥‥‥どこにつれてかれるの?」
「地下の小笠原家の情報セキュリティールームですわ」
「情報セキュリティールーム?」
「祥子お姉さまの部屋に入り口の一つがあったとは知りませんでしたけれど。 さ、どうぞ」
「なんで瞳子がその入り口の暗証番号を知っているのよ」
「祥子お姉様から教えてもらったからですわ、なんでここなのかは知りませんが」
 
 壁に模したエレベーターの入り口が開きその中にさっさと瞳子は入っていった、少し躊躇したあと、乃梨子もその後に従う。 ドアが閉まってエレベーターが下へ動き出す、かなりのスピードで動いているようだがなかなか着かない。 1分ほどしてようやく停止、ドアが開いた時、目の前には大小の無数のモニターとそれを取り囲むようにオペレーターが働いていた。
 
「‥‥‥で‥‥どこに誰がいるって?」
「え〜〜と‥‥‥‥」
「松平瞳子様と二条乃梨子様、こちらへどうぞ、ご案内するように仰せつかっています」
 
 ポケットにしまっていたさっきの紙をガサゴソと取り出そうとした瞳子だが、迎えに来たという所員が声をかけてきたので付いていくことにした。
 最新設備らしいセキュリティールームの中を古めかしいリリアンの制服を着た女子高生が歩けば嫌でも目立つ。 二重のゲートで掌紋登録と網膜登録をしてようやく目的地と思われる部屋に着いた。 
 
「松平瞳子様と二条乃梨子様をお連れしました」
「ご苦労様。 さあ、2人とも適当に掛けてちょうだい、挨拶は抜きよ」
 
 ミーティングルームらしい教室程の部屋の中には、液晶ディスプレーを付けられたイスがいくつもあり、そこに今回呼ばれたであろう人たちが座って待っていた。 正面の一脚、作戦とかの説明をする立場、平たく言えば隊長とか司令官が座るであろう席には祥子、そのすぐ横副隊長格の席には令。 じゃあ私は平隊員かと思いながら適当に開いている席につく、瞳子の横である。 ここにいる面々は。 祐巳、由乃、乃梨子、瞳子、可南子、蔦子、笙子、真美、日出美、桂。
 
「まずはじめに言っておくわ。 志摩子のことに関しての話をします。 ここにいる全員に協力してもらいたいことなの。 それから、これからここで話す事は今のところすべてオフレコよ」
 
 全員を一望してから祥子はおもむろに話しはじめた。
 
「志摩子は生きているわ、状態はかなり悪かったけど、なんとか持ち直しました。 ヨーロッパ方面に出張で行ったお父様が乗っていった小笠原家の所有している『疾風』に乗せて2時間後に日本に連れて来たの」
「えっ? ヨーロッパから2時間ですか?」
「まだ公表されていない……いえ、まだまだ存在すら公表できない機体ですもの。 『疾風』はターボラムジェットエンジンとロケットエンジンを搭載した極超音速宇宙機よ。 NASAから譲り受けたものをベースにして、小笠原系列の航空宇宙研究施設が面白がって改造したら出来たんですって」
 
 上から見ると二等辺三角形に見える『疾風』は全長45.87m、全幅27.54m、最大速度はマッハ35。 機体下面に装備されているエンジンナセルの中に、エアターボラムジェットエンジン4本とロケットエンジン4本を搭載していて、東京〜ニューヨーク・ロンドン間を約2時間で飛ぶことができる。
 
「現地から低体温状態にして大急ぎで日本に運んできたそうよ。 状態はひどかったらしいわね。 そこのディスプレイで写真も見られるけど、お薦めはしないわ。 精神衛生上良くないですもの。 事務的に行かせてもらうけれど。 まず、発見時に右腕、右足が欠損すでに無かったそうよ。 左手が第4度以上の火傷のため、手術で二の腕中ほどから切断。 左足は外傷性の感染症を起こす危険性があったため足の付け根付近から切除。 左目は、何かが刺さってしまったのか眼球欠損、視神経の半分が失われてしまったわ。 悪いことに現地で行われた手術が甘かったせいか、日本に来てから再手術。 手足のすべてを切除」
 
 ほぼ全員がうつむいている、生きてはいるもののその状態はあまりにひどい。 祐巳は口元お押さえて肩を震わせている。 由乃は手を握り締めて唇をかみ必死で泣くのを堪えている。
 そんな中、乃梨子は一人冷静だった。 乃梨子の考えは皆と違っていた。 状態はひどくても志摩子が生きている、生きてさえいてくれれば、また会うことが出来る。 
 
「それで、私あることを思い出して、それを実行に移すことにしたの。 小笠原系列の会社に数社連絡をして、各方面と志摩子の両親に話を付けて………」
 
 全員が自分に注目するように間を作ってから、いたずらを見つかったような笑顔で言った。
 
「志摩子のこと改造してしまったの」(てへっ)
 
 全員がこけた、ドリフでもこうはいか無いだろうというくらい見事に。 いや一人だけ立ち上がって祥子のことを見つめている。
 
「お姉さま素敵ですその笑顔」
「ありがとう祐巳」
「ちょっとまて〜〜〜〜〜!! そこのボケボケ姉妹〜!!!」
 
 乃梨子の怒声によるツッコミがミーティングルームにむなしく響き渡った。
 
 
 
 
 
 4、リリアン学園近郊住宅街→幹線道路
 
『さらわれたのは1年菊組森岡恵美さん、お父様が貿易会社をされているようだけど特に金銭トラブルなどは無いようね純粋に身代金目当ての誘拐のようね』
 
 祥子からさらわれた女生徒の情報を聞きながら、ヘッドマウントディスプレー仕様のゴーグルで地図を見ながら犯人の車を示す赤い三角形を追う、自分を示す青の光点との差は直線距離でおよそ5kmある。 入り組んでいる住宅街の道路、素直に道路を走っていると追いつかない。
 
『志摩子さん、犯人の車が向かっている先には大きな幹線道路があるわ。 衛星でも追っているようだけどなるべく早く追いつかないと紛れ込まれたら厄介よ!!』
 
 由乃のから通信の中にヘリコプターのローター音が聞こえる。
 
「衛星で追っているのなら、それほどあわてなくてもいいのではないかしら?」
『偵察用の衛星は鮮明な写真を撮るために低い高度を飛んでいるの! ちょうどいいタイミングで上空にいるとは限らないわ。 いま志摩子さんのところにも行っている犯人の車の位置情報だって、信号機の変更パターンと車の速度から割り出した推定位置なのよ』
「詳しいわね由乃さん」
『この前講習で受けたじゃない。 それより、高く飛べるんだから家でもマンションでも足場にして飛んでいけばいいんじゃない?! いま「ミサゴα」に乗ったから追いかけるわ!! 祐巳さん!! ほら早くあとあなただけよ!!』
「そうね、稼動時間内に終わらせなきゃいけないんだったわね」
 
 普通に生活している程度のレベルならおよそ3週間は動けることになっている、しかし緊急駆動だと過負荷が掛かるため最大出力での最大稼働時間は1時間程度と言われている。 身にまとっているパワードプロテクタは最大充電した状態でも30分が限界なのだ、いま志摩子はパワードプロテクタの電力節約のためバイオニック義足のパワーを使っている。
 犯人の車の方角を確認してから、路面を蹴り宙に舞う。 それほど力を入れた訳ではないので10mほど跳んだあと着地となるのだが、着地点を見た志摩子は軽いパニックを起こしそうになる。
 
「な、なんでそんな所に池なんか造るの?!」
 
 もちろん、そこの家の人も志摩子が着地すると知って池を造ったわけではない。 なんとか着地場所を変えようと手足をじたばたと振っても気流が少し乱れるだけ、空中で妙な踊りを踊っている志摩子はそのまま池に盛大に水柱を立てた。
 
「ぷはっっ、結構深いのね……。 ?!っ」
 
 1m程の深さがあったため池の底に沈んでしまった志摩子が池から顔を出すとちょうど鯉に餌をやっていたらしいその家の人と目が合った。 
 
「……こんにちは」
「……あ、こ、こんにちわ………」
「突然すみません。 あ、い、急ぎますので失礼させていただきます」
「………はぁ、な、何のお構いもできませんで……」
 
 目が点になって思考停止しているらしい家人を放って置いて、志摩子は池から上がると、まず一旦飛び越えたその家の屋根にジャンプして、そこを足がかりに次の着地点を確認してから追跡を続行するべく跳ぶ。
 
 民家の屋根、マンションの屋上を蹴り、ファミレスや駐車場などを飛び越える。 他校の校庭に着地してその屋上に降り立ったこともあった。 幼稚園の園庭に降りてしまった時は園児に囲まれてオロオロしているところを駆けつけた保母さんに『変な人に近づいちゃダメです!!』と言われて悲しい思いをしたりした。
 
「そろそろ追いつく筈だけど……………あの車だったかしら?」
 
 道路沿いのマンションに降り立って道を走っている車をチェックする。 赤の光点はすぐそこにあるのだが車に詳しくない志摩子、確かあんな形と見覚えのある一台の車に左目をズームさせてナンバープレートを確認する。 記憶にあるナンバーと同じだったのでさらに接近するために隣のマンションに移り、そこから隣接の駐車場に降り立つ。
 
『え〜と……あ、その車で……』
『その車で間違いないわ、盗難車らしいわ!! あと信号2つで幹線道路の交差点よ、車の量が増えると厄介だわ早くケリつけて!!』
「あんまり手荒なまねはしたくないわね。 説得してみるわ」
『なに言ってんのよ!! 悪即斬!!! 正義の味方の基本よ!!』
『由乃さん、盗人にも三分の利って言うからできれば穏便な方が……』
『あまいわ!! それに祐巳さん今回のは盗人じゃなくて誘拐犯だから即斬でいいのよ!! さあ、志摩子さん! とっととやっちゃいなさい!!』
 
 駐車場から道路に少し速度を落とし目で駆け出した志摩子は、件の車を補足した。 旧型のレガシーの速度は60km/h程、いまの志摩子にとってはスキップ程度の速度である、運転手側に寄る。 すぐ後ろを走っていた宅配便のトラックが急ブレ−キを掛けた、目の前に急に白いバニーガールが走り込んできて前の車と並走を始めたのだから無理も無いだろう。
 誘拐犯の旧型レガシーと並走しながら志摩子はそのサイドウィンドーを”コンコンコン”っとノックする、運転していた犯人の一人がボ〜ッとした顔のままウィンドーを開けてにっこりと笑う志摩子に曖昧な笑みを浮かべる。 
 
「すいません。 そのを娘返してもらえないでしょうか?」
「……………ひっ?!」
 
 犯人の男はアクセルをめいいっぱい踏み込んだらしい水平対抗4気筒エンジンがボクサーサウンドと言われる独特の唸りを上げる。 すぐ横に大きなゴーグルをつけた白いバニーガールが並走している、それだけでも驚愕するには十分の状況である。
 
「怖がらせてしまったかしら?」
 
 走り去ろうとする旧型レガシーを少しの間見ていた志摩子はまた走るスピードを上げた、もうすぐ幹線道路との交差点に入る”車の量が増えると厄介”由乃の言った事が頭をよぎる。
 
 
 
 
 
 
 5、小笠原系列バイオケミカル研究施設 
 
「志摩子さん!!」
 
 小笠原系列のバイオケミカル・サイバネティクス等、主に生化学関連の研究をしている施設の集中治療室のベッドの上に志摩子は横たわっていた。 乃梨子の声を聞いてか包帯を巻かれていない右目だけを動かして声の主を見る。
 
「……の、乃梨…子……みん…な…も……」
「志摩子、今は何もしなくていいわ。 まだ声を出すのもつらいでしょう?」
「…すみ…ません……」
「お姉さま。 志摩子さんは、喉も痛めてたんですか?」
 
 祐巳は口に手をあてて祥子に聞く、声が少し上ずっているのは気のせいではない。 祥子は祐巳の肩に手を乗せる。
 
「事故の時に煙を吸い込んだのよ、そのために炎症を起こしているそうだけど、これは自然に治るそうよ。 だからあなたが気にやむ事はないわ。 それよりもあなたと由乃ちゃんは薔薇の館の同学年として、桂ちゃんにはクラスメートとして、乃梨子ちゃんは妹として、これから志摩子を支えてもらわなければならないのだから、志摩子に付けられた義手義足についての説明を受けてもらうわ。 今日都合がつかなかった協力者には後日レクチャーするつもりだから、あなた達から伝える必要は無いわ。 志摩子の義手義足、それからコスチュームについてもそうだけれど最高機密事項なの、構造からすべてを把握して欲しい所だけれど、とても無理だから要点だけ覚えてくれればいいわ」
 
 祥子は祐巳と由乃それから桂に集中治療室から出るように促がす。 しかし、乃梨子は志摩子のベットの傍らに跪いて手を握りなかなか離れようとしない。
 
「そうそう乃梨子ちゃん、志摩子はまだ義手義足の使い方に慣れていないから不用意に触ると………」
「うぎゃぁぁぁぁあああ!!!」
「力の加減がまだ出来ていないから……そういう目にあうわ……遅かったかしら?」
 
 
 
 
 
 6、研究施設内 ミーティングルーム
 
「まず義手義足だけれど、基本的に人工骨、人工筋肉、神経センサーなどから構成されているわ、私もレクチャーは受けたのだけれど専門的過ぎてすべてを理解できているわけではなくてよ。 人工骨は体重はもちろんだけれど人工筋肉がだすパワーや過負荷を支え、さらにバッテリーとしてパラジュウム系常温核融合素子を搭載、各部に電力の供給も行っているそうよ」
 
 研究施設内のミーティングルームを借りて祥子が聞いた志摩子に施された改造部分の説明を祐巳、由乃、桂、乃梨子に話しだす。 資料は配られているもののメモは一切禁止、その資料も持ち出し禁止であとで枚数のチェックを行うことになっている。 研究員に説明させようかとも思ったのだが、自分が聞いて1/3も理解できなかったものを再度聞く気は無いし、4人に理解できるとは思われなかった。 試しに令には専門家にレクチャーしてもらったが、やはりよく分からなかったらしい。
 
「人工筋肉はもちろん各種センサーも電力を供給しないと作動しないのよ。 稼働時間は普通に生活する分にはおよそ3週間、無理な駆動をする場合は最大で1時間程度だそうよ。 パワーの源は人工筋肉、腕の方で最大3000kg/ps、足で5500kg/psの力を出せる導電変形プラスチック繊維、直径0.007m/mの物を使用、軽さと、超パワーから繊細な作業までの広いニーズにこたえられるように調整されているわ。 訓練しだいでまた日舞も踊れるようになるわね」
「単位がよく分からない……」
「1秒間、瞬間的に出せる最大値って言うことではありませんか?」
「あ〜〜なるほどね……って! なんなんですかこの非常識な数値は?」
「由乃ちゃん、確かに改造手術は由乃ちゃんの専売特許だったから羨ましいのは分かるけれど」
「いえ、別に羨ましくなんかないです。 けど、一般生活レベルならこんな非常識な数値は必要ないと思います」
「そうですよね」
「そうね、確かに非常識な数値だと思うわ。 最大速力250km/h、垂直跳び最大到達高度185m、走り幅跳びなら840m、握力1830kg、砲丸を音速の2倍で投げるなんてね」
 
 数々のスペックを真顔で読み上げる祥子、祐巳も由乃も桂もポカ〜ンと口を開けたままである、一人乃梨子だけが冷静な顔つきのままスペックの所を見ている。
 
「祥子様、ひょっとして志摩子さんに施された改造とは手足だけでは無いのでは?」
「その通りよ乃梨子ちゃん、志摩子はほぼ全身に強化手術に受けているわ。 強い義手義足に耐えるために背骨、腰骨、もちろん筋力も、背筋腹筋に並行してパワード・プロテクターのPP素子を糸状にして筋肉の補助にしているそうだけど」
「ぱ、ぱわ〜ど・ぷろてくた〜……ですか?」
「詳しいことは後ででてくるわ」
「左目も……そうなんですか?…」
 
 沈痛な面持ちの乃梨子、自分の考えていたことが不可能そうだと確信できてきた。
 
「左目は50倍のズーム機能付で赤外線センサー付だから暗がりでも行動可能よ」
「どうしたの乃梨子ちゃん?」
 
 祐巳が完全に沈んでしまった乃梨子を気づかって声を掛ける。 
 
「いえ、手術がまだなら、あるいは、まだ取り外せるなら取り外してもらえるかな? とか思っていたんです。 私、一生掛かっても使われたお金返しますからって……でも、無理そうですね……」
「絶対に無理だわ。 志摩子の改造手術にはもろもろ含めて……」
 
 どこからともなくソロバンをを取り出して祥子はなにやらパチパチ計算を始める。
 
「え〜と、片腕が5億7千万円の、片足が4億9千万円、パワード・プロテクターが2億4千万円、手術費用は……少しおまけしましょうか1億8千万円、合計で25億円ほどだけれど。 払えるかしら?」
「無理です……」
「そうよね、月給25万円でそれを全部支払いにまわしてボーナス払いを無しだと……飲まず食わずで833年ちょっと掛かるわね」
 
 さらに落ち込む乃梨子、周りにおどろ線を放射していてうっとうしい。 
 
「あら、金利の計算が入っていなかったわ。 何パーセントに設定しましょうか?」
「もういいです……」
 
 桂がクイックイッっと祐巳の袖を引く。
 
「ねえ祐巳さん。 紅薔薇さまって白薔薇姉妹のことあまり好きじゃないのかしら? なんか畳み掛けるように追い討ち掛けているけれど」
「う〜〜ん、むつかしい質問だねェ〜」
「ひょっとして、聖様の恨みでも晴らしているんじゃない?」
 
 祥子が嬉々としている金利計算を始めたため、話が先に進まないため由乃も話しに加わってきた。
 
「な、なにか聖様に恨みでもあるの紅薔薇さまは?」
「ほら、去年セクハラされまくってたじゃない祐巳さんが」
「ほえ〜? い、いや〜、で、でも〜う〜〜〜ん……ありえるかな?」
「まあ、基本的に祐巳さん以外がどうなろうと知った事ではない人なのは確かよ」
「なんか私、出て来る所を間違えてしまったような気がするわ。 山百合会も大変ね……」
 
 
 
 
「ごめんなさい。 すっかり楽しんでしまったわ」
 
 灰になりかかっている乃梨子をよそに喜々とした顔をしている祥子、心なしかお肌のつやもよくなったようです。
 
「さて、話を戻すわよ。 乃梨子ちゃんもいつまでも燃え尽きていないでフェニックスのごとく復活なさい。 まず、資料のP160をみてちょうだい。 電子顕微鏡の映像よ。 その六角形のもの一つ一つがPP素子、パワード・プロテクター素子よ。 横のスケール1メモリが1ミクロン、一つ一つのユニットがセンサーでありフィードバック機能を持ち、動作を制御するアクチュエーターでもあるのよ。 蜂の巣状に接続していってフィルム状の物を製作して、完全絶縁高分子繊維でサンドイッチして、そのあとで超強化化学繊維、カーボンナノフィルム、極細ケプラー繊維などと何重かに重ね合わせることによって耐衝撃性、対爆性、耐火性、耐久性を高めているそうよ」
「あの〜〜、紅薔薇さま。 要するにどういうことなのでしょう? 専門用語がかなりあってよく分からないのですが……」
「……そうね、簡単に言ってしまうと”着るだけでスーパーマンになれちゃう布が作れる”って言う事かしらね」
「スーパーマン……俄かには信じられないんですけれど……こんな一片5ミクロン厚みなんか1ミクロンなさそうな物で……」
「たしかにそうね。 でも、人間の筋肉だって細長くて小さな細胞の塊よ。 小さな物をたくさん集めて大きな力を出すと言う点では同じことよ」 
「…と言う事は、私達が着ても強くなれるということですか?」
「その通りよ。 ただし、PP素子は稼動にかなり大電力を使うの活動時間はかなり短くなるわね。 素子自体に超伝導コンデンサーが内蔵されているそうだけど。 あなた達と志摩子との決定的な違い。志摩子はバイオニック義手義足を使うことによってパワード・プロテクタの稼働時間を伸ばすことが出来る、あなた達はパワード・プロテクタにかなり頼ることになるでしょうから、もしやる気があるならかなりの慣れが必要でしょうね」
「遠慮しときます」
「私もご遠慮します」
「私も……」
「……やってみようかな……」
「いえ、由乃ちゃんはやめておきなさい」
「何でですか!?」
「令が死んでしまうわ」
「………」
「稼働時間を長くすることは出来るわ、増設バッテリーとして逐電用にPP素子にも使われている超伝導コンデンサー素子だけで構成されているフィルムをを作り、それを着るとかすればね。 まぁ、こんなデザインにするつもりだから、スタイルに自信がないと……マニア受けはするかもしれないけれど」
「え?」
「わ!?」
「な、なにそれ?」
「……ぶはっ!!」
 
 全員がそのデザインを見て顔を赤らめた。 一人、乃梨子だけは鼻を押さえた。 
 
 
 
 
 
 
 7、 幹線道路上空 V-22オスプレイ「ミサゴα」
 
「で……なにやっているのよ志摩子さんは?」
「たぶん、犯人の説得?」
「無駄だよねェ」
「らしいといえばらしいと思います」
 
 飛行機の機体、大きめのローターをエンジンポットと一緒に翼の先に付けて、上を向けると垂直上昇、20度傾けた状態で短距離離着陸STOLも出来るという、ティルトローター初の実用機V-22オスプレイ。 アメリカ海兵隊や陸海軍などでも使用されるとのうわさもある次期短距離輸送機である。
 小笠原家セキュリティールーム仕様に各種通信機、情報端末等を搭載。 光学迷彩が施されていて下から見ても非常に発見しづらい。 エンジンにも手を加えられていて静音性が向上させている。
 「ミサゴα」と名づけられている機体は道路の上空でホーバリングをして、下にいる志摩子が逃走車両の運転席に話しかけて逃げられた所をみていた。 乗っているのは祐巳、由乃、蔦子、笙子、桂、可南子の6人。 祐巳と由乃が情報指揮要員、蔦子と笙子が記録要員、桂と可南子が地上要員と言う編成である。
 
「やっぱダメだわ、望遠にすると揺れが大きくってうまく撮れない。 フィルムの感度もっと上げてシャッター速度上げないとだめかなぁ〜」
「ま、専門的なことは蔦子さんに任せるけど。 桂さんと可南子ちゃん準備できたかしら?」
「できました」
「もうちょっと……はいOK」
「襟がよれてますよ」
「え? あ、ありがとう」
「いえ」
 
 今回の場合は少し荒事もこなさなければならないかもしれないので、桂も可南子もパワード・プロテクタを着込んでその上からテニスウェアーを着ている。 桂が着ている物も自前のではなくて、用意してあった物である。
 
「じゃあ2人とも待機して。 祐巳さん、志摩子さんにハッパ掛けるから言葉考えておいてね」
「え〜〜〜?! わ、私がやるの?!」
「私は考えなくてもその手の言葉は出て来るけど、祐巳さんはとっさには出て来ないでしょ」
「あ〜〜……うん……」
「さ〜て、それじゃ。 ハッパ掛けますか。 ほら〜志摩子さん!! なにチンタラやってんのよ!!」
 
 
 
 
 8、 リリアン女学園 ストレッチリムジン
 
『紅薔薇さま、どうやら今回志摩子さんが跳んで校舎屋上に行ったのを見ていた人は居ないようです。 引き続き校内を探ります』
「了解。 お願いするわね真美ちゃん、日出美ちゃんもよろしくね」
 
 普段祥子が通学で駅まで使っているストレッチリムジンに祥子、令、志摩子のカバンを回収してきた乃梨子が乗っていた。 
 
「校舎内はOKなわけね、校外はどうなのかな? 乃梨子ちゃんが言うには周りには人は居ないようだったそうだけど、バス停とかには居たかも知れないわよ」
「居たかもしれないわね。 でも、誘拐犯の方に注目してしまっていたのではないかしら? 乃梨子ちゃん誘拐犯とはどの位離れていたの?」
「50m程だったと思います。 バス停近くにも数名居ましたけれど言われた通り、みんな誘拐犯の方に注目していました。 一番最初に警察に通報しようと守衛室に走り出した人でも、おそらく志摩子さんが跳んだ所は見ていないと思います」
「なら大丈夫じゃないかしら」
「希望的考え方だね」
「令がそういうところに気がついてくれるからこんな考え方も出来るのよ。 出して頂戴」
 
 行き先は聞かずに滑るように走り出すストレッチリムジン、行き先は小笠原邸。 ミサゴαが戻ってくるのを待つためである。
 その時、志摩子に向けての由乃の通信が入った。
 
『ほら〜志摩子さん!! なにチンタラやってんのよ!!』
 
「由乃ちゃんに言葉遣いの指導する必要を感じるわね」
「よしのぉ〜〜〜〜〜」
 
 
 
 
 
 9、 幹線道路
 
『ほら〜志摩子さん!! なにチンタラやってんのよ!!』
 
 2度ほどウィンドーを叩いてみたがついに幹線道路に出てしまった。 ヘッドセットから雄叫びが聞こえたとき、上空にいる誰かさんが烈火のごとく怒っている気配がひしひし伝わってきた。
 
「なるべくなら穏便な方がいいと思ったのだけれど、改心してくれないかしら」
『あのね志摩子さん、誘拐って言うのは、よっぽど切羽詰ってでないとやらないの! 一応身代金目的の場合成功率は低いって言う事になっているんだから、一念発起して決行したんだからそう簡単に改心なんてするわけ無いでしょ!!』
「そう……なのかしら………」
『ほら、祐巳さんも何か言ってやって』
『あ〜、志摩子さん。 ………その格好で衆人の前にいつまでもいたいの?』
「……………そうね……早く撤収したいわ」
『はい、決まり!! さっさと片付けましょう』
 
 ”……勝手なことを言ってくれて……”志摩子は加速してまた逃走車両に接近する、上下4車線の幹線道路の中央よりの車線をトラックとワンボックスに囲まれて走っている旧型レガシー。 縫うように接近してまた運転手側のウィンドウを叩く。
 
「最終警告です!! 停止してその娘を返してくれないのなら実力行使に〜〜〜〜??!!」
 
 志摩子が言い終わる前にいきなり車を寄せてくる運転手。 あわてて跳び退るが勢いを殺さずに跳んでしまって着地した先は反対車線。 目の前には……。
 
「わわわ〜!!」
 
 大型のトラックがすぐ目の前に接近している、ジャンプするが先ほどの前進の勢いはまだそのまま残っている、上にジャンプするつもりでもトラックの方へと向かっていく形になる。 トラックの上部のデコレーションの”南海の怒り”に引っ掛かりそうになってあわてて手をデコレーションの上に突き宙返りを一回してトラックの荷台に跪く。
 
「いいのかしら? 本気でやってしまって」
『そうね〜、死人がでない程度にはいいんじゃない?』
『いや手加減してあげて、志摩子さんのパワーは尋常じゃないんだから』
「そうね……本気でお灸をすえた方がいいのかしら……」
 
 いつまでも反対車線のトラックに乗っているわけにも行かないので荷台の後ろを蹴って道路の中央に降り立ち再び逃走車を追いかける。
 今度は左後方から接近する、周りの車は徐々に逃走車から離れていく。 車と同じ、いやそれ以上の速度で走り抜けるバニーガールが執拗に追いかける車などに近づきたがるもの等いないだろう、並走している宅配便のトラックも徐々に後方に下がりつつある。
 追い付いて来たバニーガールが旧型レガシーの第一ピラーに手を伸ばした時、速度を落として並走から離れつつあったトラックの方に幅寄せをして来た。 第一ピラーを掴み損なった志摩子はそのままボンネットに手を突いて、旧型レガシーとトラックに挟まれるギリギリのところで体を抜き出すと、レガシーのボンネットの上で前転をして反対側に降り立つ。 ちらっとヘッドマウントディスプレーで周囲の地図を見た志摩子は少し先に空き地があるのを見出した。
 
「由乃さん、少し先に空き地があるようだけれど、本当に何も無いのかしら?」
『え〜〜と、あ〜、あそこかな。 工場か何かの跡地みたい。 特に何も無いわ』
「そこはミサゴαは降りられそう?」
『問題なさそうだよ』
「いいわ、そこに降下する準備をしてくれるかしら」
『………OK、わかったわ』
 
 誘導先が分からないように追いつ追われつを繰り返しつつ、旧型レガシーの周りからさらに他の車を遠ざける。 ”頃合いは良し”志摩子は一気に加速して空き地の少し手前まで行くと強引に進行方向に背を向けてブレーキを掛けて煙を引きながら止まる。 迫ってくる旧型レガシーの右側のフロント部分にバイオニック義手とパワード・プロテクタのパワーを一気に叩きつける。 強引に進行方向を変えられた旧型レガシーはスピンしながらガードレールを突き破り、空き地に申し訳程度に設けられたフェンスをなぎ倒してから、更地の中央付近でやっと停止した。
 旧型レガシーからもらった質量エネルギーを殺しきれず、一部を流れてきた車の後部を避ける為の上へのジャンプに使ったものの、やはりかなり飛ばされてしまった。
 反対の歩道まで飛ばされ、街道沿いのラーメン屋の前にある駐車場で3〜4回後ろ回りした後、看板の支柱に背中が当たり頭を下にしてようやく止まった、お昼時を過ぎていたため車が駐車していなかったのが幸いであった。 両肩で体重を支えていたもののやがてバランスを崩してゴロンと横方向に倒れる、ぺたりと地面に座り込んでしまったが、まだやることがあると背中をさすりながら立ち上がる。 気がつくとヘッドマウントディスプレイにいくつか警告ランプが灯されてチェックリストが流れている。
 
『派手にやったわね〜、恵美ちゃん気絶してなきゃいいけど……』
「………あっ……でも…私も大変なんだけれど」
『それはスルーで。 まあいいわ、降下を開始するから車の監視をお願い』
「りょ、了解……大丈夫なのかしら? なにか警告らしいものが流されているけれど」
『え〜と……。 研究所から特に何も言って来てないから、たぶん……大丈夫…かな?」
 
 祐巳の言葉に深いため息を吐いてから反対車線の歩道を確認する。 空き地の中央に砂煙が上がっているのが見て取れた。 ポカ〜ンと口を開けている家族連れが近くにいて、連れていた子供が手を振っていたので振り返してやってから、旧型レガシーを跳ね飛ばした先の空き地に向かって跳ぶ。
 
 慎重に近づいていくと中の犯人2人がヨロヨロと人質の恵美を置いて幹線道路とは反対の方へ逃げようとしているところだった。 そしてその先に砂煙を上げながらミサゴαが着地しようとしている。 サイドハッチが開けられてテニスウェアを着て大きなサングラスをしている桂と可南子が恵美を回収するために飛び出してくる。 ヨロヨロしている犯人が、走って近づいて来る桂と可南子の姿を見ると懐辺りに手を持っていったと思うと何か黒い物を取り出した、左目でズームすると。 
 
「拳銃? 2人とも伏せて!!」
 
 拳銃を確認すると2人に警告しつつ急加速しながら、左手の腕輪に仕込まれている直径40cmの透明な盾を展開する。
 あっと言う間に犯人と、桂と可南子の間に入り込んだ時拳銃が火を噴いた。 一旦姿勢を低くした桂と可南子は間に入った志摩子の影から左右に分かれて止まっている車の方へ駆けて行く。 盾の部分に1発、胴の部分に2発当たったようだが輪ゴムが当たった程度にしか感じない。
 桂と可南子が車にたどり着いたのを確認してから、一気に犯人との間合いを詰めてくるりと後ろに回りこみ、首筋に軽く手刀をあてると犯人2人はクタッと気絶した。
 
 
 
 
 10、 小笠原邸
 
 小笠原邸のヘリポートにミサゴαが着地すると、乃梨子はまだローターの強い風が収まるのも待たずに跳び出して行く。 
 まず、担架に乗せられて人質にされた恵美が下ろされる。 続いて由乃、祐巳、可南子、桂。 そして最後に志摩子が降りてきた、乃梨子は志摩子の胸に飛び込んだ。
 
「志摩子さん、大丈夫?!」
「大丈夫よ乃梨子、拳銃で撃たれたりしてちょっと怖かったけど」
「け、拳銃で撃たれたの?」
「パワード・プロテクタが跳ね返してくれたからなんとも無いわ」
「志摩子、どこか不具合はあるかしら?」
「いくつか警告が出ていましたが、とりあえず大丈夫そうです」
「そう。 でも、今日動いた分検査をしなければならないわね。 車を出すからすぐ研究所に行って頂戴。 乃梨子ちゃん、付き添っていって」
「はい!」
 
 祥子の言葉にうれしそうに答える乃梨子。 すぐに車が回され研究所に向かって行った。
 
「さて、一件落着かな?」
「そうね。 でも、もう少し耐久力を上げないと使えないかしら……」
「使うって、祥子、何をする気なの?」
「そうね。 ささやかな夢の一歩かしら」
「ささやかな、夢?」
「そう。 正義の味方をやりたいの」
 
 口角を上げて微笑む祥子を見て令は思った。
 
・・・・あんたはどっちかと言うと悪の女幹部だよ・・・・・
 
                        〜・〜・〜 了 〜・〜
 
 

 
 
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