■ マジックテープはありえない!
 
 
 
 
 さて、暑い季節にお祭りがやってきました。
 そこでめずらしく志摩子さんが乃梨子を誘いました。志摩子さんは夏休み中、乃梨子と仏像展ばかりまわっていたので、内心では「仏像展示会ばかりでうんざりだったのよね」と思っていました。なので、乃梨子とお祭りに行くのが楽しみで仕方ありません。
 乃梨子が志摩子さんの家に着くと、まるでさくらちゃんのお父さんのように浴衣を手にした志摩子パパがいました。
(まさか志摩子さんが私の為に)
 乃梨子は心の中でそんな甘い事を考えていました。
 しかし――
「私が縫ったんだ」
 と、志摩子パパは満面の笑みで言いました。
 このおっさん娘の後輩に色目使う気かよ。ペタジーニかよ! 乃梨子は心の中でそうツッコミをいれました。少々間違ったツッコミでした。
「では試着を」
 おっさんに客室まで案内されてから乃梨子は浴衣を受け取りました。その際、イヤイヤながらも相手は志摩子さんのお父さんなので、仕方なく「ありがとうございます」とお礼を言いました。
「いえいえ」
 言いながら志摩子パパは笑顔で部屋のふすまを閉めました。
「おい、おっさん」
 乃梨子が冷たく言います。なぜなら志摩子パパは部屋に残ったままだったからです。
「なにかね?」
 志摩子パパはとぼけるように言いました。さも私に気を使わず着替えなさいといった感じです。
「出てけ!」
 しかしそこは我らが(?)乃梨子。ここまであからさまな行動を取られては例えお姉さまのパパといえ容赦しません。ローリングソバット(後ろ回しげり)で志摩子パパを、高いのか安いのかわからないふすまごとふっとばしました。
「あら、お父様」
 そこに現われたのは永遠の17歳である志摩子さんでした。仰向けに倒れているパパを見ても平然としています。
ちなみに志摩子さんは、白い生地に淡い色の百合が咲いている着物を着ていました。
(嗚呼……志摩子さん)
あまりに似合っていたので思考回路がショート寸前です。
乃梨子が見惚れているさなか、パパは仰向けの姿勢から顔を起こし、
「し、志摩子ぉ」
 お前はヘタ令か。そんな指摘をされそうな情けない声で娘の名前を呼びました。
「どうかなさいましたか?」
「志摩子さんのお父さんが、何を思ったのか私の着替えを覗いて……」
 志摩子パパが何か言うよりも速く、乃梨子が言いました。
「お父さま」
「ひっ」
 パパさまが悲鳴をあげるのは当然の事です。志摩子の声には殺意が込められていたのですから。その上お顔は微笑んでいます。アーヴの微笑ならぬ志摩子の微笑です。恐ろしいです。常人なら漏らしています。
「乃梨子の肌を覗いていいのは私だけです」
 にっこりと志摩子さんはパパを踏みつけると、コキっとどこかの骨が折れる音がしました。
「た、たまには平らな胸も覗いてみたい……」
 生き絶える前にいろんな意味での爆弾発言を口から吐きました。
 直後、乃梨子が身体のどこかにかかとを落とし、ボギっという音とともに今度こそ志摩子パパはみんなの心の中で生きるようになりました。
 動かなくなったものを庭に棄ててから、乃梨子は着替えようとしました。けれど場には志摩子さんがいます。
「あの、志摩子さん」
「なにかしら」
 美笑(誤字ではない)で志摩子さんが答えます。
「あの、着替えるんですけど」
「それがどうかして?」
「出て行って欲しいかなあ……なんて」
 おそるおそる乃梨子が言います。カエルの子はカエルっていいますもんね。しかし志摩子さんは意外にもあっさりと出て行き、乃梨子は昔の漫画のようによみがえったふすまを閉じました。
「あ、そうそう。浴衣の下に下着を着用してはダメよ」
 ふすま越しに志摩子さんが言いました。
「えー」
 乃梨子は不満をもらしましたが、確かにそういう話を聞いたことがあります。別に下着を着たままでもいいんだよ――とか言う人がいたら殴って黙らせましょう。
 乃梨子はしぶしぶ――念のためふすまを背にして――下着を脱ぎました。
 受け取ったときにも気付きましたが浴衣の布地は薄く、袖を通すとよりいっそう薄く感じました。
なにはともあれ、浴衣乃梨子の完成です。
 慣れない浴衣を着たせいか、乃梨子が俯いて顔を赤らめています。
 凝視すると思わず鼻から赤いものが垂れてきそうになります。
 志摩子さんは部屋に脱ぎ置いてある衣服と下着を横目で見てニヤリと顔をゆがめました。どうせ「これで乃梨子はノーパンノーブラね」なんて思っているのでしょう。
 そんな志摩子さんの視線が乃梨子に向くと、羞恥心でますます顔が赤くなっていきます。凹凸の無いものと観音様が透けて見えるはずはありませんが、素肌に薄い布地の浴衣を着るというのは思った以上に気恥ずかしく、乃梨子は動揺していました。
『あら乃梨子、帯びの結び方間違っているわ』
 言って、志摩子さんは乃梨子の背後から帯びをほどきます。するとはらりとなり、まあいろいろ大変な事になるわけです。緩んだ着物の間から志摩子さんは手を忍び込ませ、乃梨子のたまらなく綺麗で小さな膨らみを直(じか)に触り、やがてその手は敏か…………と、これ以上はR−15〜18ものになるので自粛しておましょう。
「志摩子さん?」
 そんな妄想をしていた志摩子さんに乃梨子は首をかしげながら尋ねました。
「乃梨子、お、帯びの結び方間違っているわ」
 どもりながら言いました。
「あ、やっぱり」
 乃梨子は結び方を知らなかったので適当に帯を結んでいました。最初は志摩子さんに手伝ってもらおうと思っていたのですが、危険な気がしたのでやめておいたのです。それは正しい判断でした。
 しかし結局、志摩子さんは(こんどこそほんとうに)帯に手をかけました。
 
 
 
 
「ねえ、あれ」
 祐巳は「あれ」を指でさしながら由乃さんに言った。「あれ」とは志摩子さんと乃梨子ちゃんの事だ。2人は仲よく腕に顔を乗せだらりと寝ていた。志摩子さんも乃梨子ちゃんも「だらり」とはかけはなれた存在だと思う。でも今現在、2人とも確かにだらりとしていた。
「放っておきなよ。疲れてるみたいだし」
「うん」
 いつもは真面目に、そしてしっかりと働いているのだから、元々起こすつもりなんてなかった。
 それにしても……。
「幸せそうな寝顔ね」
 祐巳の思っていた事を由乃さんが口にした。
「うん」
 横顔が丁度こちらを向いていて、その表情は由乃さんの言う通りすごく幸せそうだった。2人とも、幸せそうだった。
 もしかしたら、同じ夢を見ているのかもしれない。どんな夢かはわからないけど、それはとてもすばらしい事に思えた。
(私もお姉さまと夢で逢いたいな)
 なんて祐巳は、誰かに聞かれたら赤面してしまうような事を考えてしまった。
 
 

 
 
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