■ お姉さまを抱く夜 落ち着け、落ち着くのよ、乃梨子。 そう、自らに言い聞かせるかのように、乃梨子は心の中で何度もそう呟いた。 ここは、とある古いお寺。乃梨子と志摩子は、夏休みを利用して都内からはちょっと遠いところに足を運び、仏像や教会を見て回っていた。今いるお寺も、そんな中の一つ。 見学を終え、満足して帰ろうとしたら山道を間違えてしまい、終バスを逃してしまった。終バスを逃してしまった以上、終電にも間に合わないのは明らかなことで、二人は困り果てていた。仕方なく、恥を承知でお寺に舞い戻り、事情を説明したところ、快く一夜の宿を貸してくれたというわけだった。 和尚様も奥様も娘さんも皆、明るく気さくな人柄で、急だというのに乃梨子と志摩子を温かくもてなしてくれた。 しかし、一つだけ気に入らないことがあった。それは。 「……なんで、私と志摩子さんの部屋が別々なのよ」 女の子同士なのだから、同じ部屋、同じ布団で全然構わないというのに。まったく、気が利かないったらありゃしない。 いやいや。 言っておくけれど、乃梨子はノーマルです。同じ布団で構わないというのは、急に押しかけた身であるし、そんな贅沢は言わない、一組の布団を貸していただければもう十分です、という謙虚な姿勢なのだ。そう、変な意味は全く込められていない。 一つの布団で志摩子さんと。えへへ。 「おっと、笑っている場合じゃない」 乃梨子はそっと、足音を立てないようにして廊下を進む。確か、志摩子さんの通された部屋は、あの角を曲がった先のはず。しかし、なんでこんなに離れているのか。これじゃ夜這いに行くのも一苦労……じゃあなくって。 そう、乃梨子が志摩子さんの部屋に向かっている理由は……ええと……そう、志摩子さんを守るため!あの和尚さんが二人の部屋を別々にしたのは、きっと、志摩子さんに夜這いをかけるためなんだ。そういえば、ちょっと好き者そうな顔していたし、志摩子さんのことをじろじろ見ていたような気がする。志摩子さんくらい美しければ、目を奪われるのも仕方ないことかもしれないけれど、もういい加減、いい年をしたオジサンが高校生の女の子に欲情するとは許せない。 だから、乃梨子は志摩子さんの部屋に行かねばならないのだ。部屋に戻る前の志摩子さんの表情も、どこか不安そうな、乃梨子に来てほしがっているような、誘うようなものだったように思える。そう、志摩子さんも乃梨子のことを待っているに違いないのだ! 「ふふ、待っていてね志摩子さん。今夜とうとう志摩子さんは私のモノに……じゃなくて、今夜は私がつきっきりで守ってあげるからね」 え、ならばなぜ堂々と行かないのかって? そんなの、志摩子さんに気づかれちゃう……コホン。志摩子さんがもう寝ていたら、起こすことになってしまうからに決まっている。 ああ、しかし夏だし暑いし、借りた服は浴衣。志摩子さんの寝相が悪いとは思えないけれど、もしかしたら寝乱れ姿とか、浴衣の前がはだけてしまっていたらどうしよう。そんな姿を他の人に見せるわけにはいかない、急がないと。 乃梨子は自分の浴衣の前を心持ち緩めて、いつはだけてもおかしくない状態にする。それはもちろん暑いから。決まっている。乃梨子は至ってノーマルなのだから。 そしていよいよ、志摩子さんの部屋の前に辿り着いた。 「はあ、はあ、はあっ……」 しかし、暑いせいか身体は火照ってくるし、息も荒くなってくる。これだから夏は。決して、興奮なんかしているわけじゃあない。 部屋とはいっても入り口は障子なので、鍵がかけられているわけではない。これでは、襲ってくださいといっているようなものだ。 危険だ。 やはり、乃梨子が行かなければ誰が行くというのか。いや、誰もおるまい。 使命感に後押しされ、乃梨子は障子に手をかけて、ゆっくりと開いていった。 部屋の中は暗かった。もう寝ているのだろう、微かに寝息が聞こえてくる。 乃梨子の興奮度は、一気にMAX近くまで上がった。 いや、しかしこういうときこそ落ち着かないといけない。乃梨子は静かに部屋の中に入ると、這うようにして進んだ。 すると何かが手に触れた。ポーチだった。間違いなく、志摩子さんが持ち歩いているポーチだ。 よし、それでは…… 意を決して、乃梨子はそっと布団の中に潜り込んだ。 (って、いきなりこれじゃ、私が変態みたいじゃないか―――?!) しかしもう遅い。入ってしまったものは。 気が付かれたらどうしよう。志摩子さんはどう思うだろうか。軽蔑するだろうか。 ええい、ここまで来たらもうどうしようもない。一人で寝るのが怖くなったとか、そんなこと言えば志摩子さんだって、そんなに疑わないだろう。 「し、志摩子さん」 乃梨子は、思い切って抱きついた。 「…………あれ?」 抱きついたものの、何か違う。手に触れる感触、柔らかく弾力性のあるそれは、間違いなく女性の胸なのだけれど。 明らかに、志摩子さんほどのボリュームがない! 「っ、な、何っ?!誰っ?!」 気が動転した乃梨子は、立ち上がるなり部屋の電気を点けた。 そして、布団の上にいる人物を見た。 「は、はんむらびーーーー!!」 そして、どこかの法典のような、意味不明の奇声を上げた。 そこに居たのは、このお寺の娘さん(高校三年生、結構カワイイ)だった。はだけた浴衣を手で抑え、頬を赤らめて乃梨子のことを見上げている。 「どうしたの乃梨子、変な声を出して……あら」 声を聞きつけたのか、志摩子さんが部屋にやってきて、そして部屋の惨状を見て動きを止めた。 そりゃあなた、お寺の娘さん(18歳、くせっ毛が愛らしい)は乱れた浴衣姿で布団の上にその身を置いて、はだけた胸を両手で隠すようにしていて。 乃梨子はといえば、これまた先ほどの準備が功を奏したのか失敗だったのか、やはりはだけた浴衣の半チチ下着姿(勝負下着)でお寺の娘さん(胸は小ぶりだったけど、柔らかな感触は忘れがたい)を見下ろすように立っているのですから。 「な、なんで志摩子さんがっ?!この部屋にいたんじゃ?」 「なんでも、お父様が危険だということで部屋を代わっていただいたのだけれど……」 そこで志摩子さんは一拍おいて、部屋の中、間抜けな格好で固まっている二人のことを改めて見直して。 「ごめんなさい、お邪魔だったみたいね」 志摩子さんはそう言うと、うっすらと微笑みを浮かべながら、部屋を立ち去ろうとする。 「ま、待って志摩子さん!こ、これは違うのっ」 「大丈夫よ、乃梨子。私は別に乃梨子がそういう趣味の子でも嫌ったりしないから。というより、そっちのケがあることは分かっていたから」 とどめを刺すような言葉を、マリア様のような笑顔とともに吐き出して志摩子さんは歩き出す。 「ちょっ、志摩子さん待って……ふぎゃっ!!」 追いかけようとした乃梨子だったが、足が何かに引っかかって、無様に顔から倒れた。何かと思って見てみれば、乃梨子の足をお寺の娘さん(乱れた浴衣姿が色っぽい)が掴んでいて、すがるような目で乃梨子のことを見上げていた。 「ひどい、ここまで私の気持ちを盛り上げといて、放置ですか?」 「盛り上がっている……って?」 「私、乃梨子さんになら……ぽっ」 「ぽっ、じゃねーーーーーー!!」 古い山寺に、乃梨子の叫びがこだまする。 ……そして今宵、乃梨子は女になった。 「って、なってなーーーい!!」 おしまい
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