■ ようこそ花寺女学園へ! 注意:このお話は多分に下品な表現を含みます。
「それでは、ルールを説明します」 蓉子の目の前でそう言ったのは、柏木優と名乗った花寺学院高校の生徒会長だ。 体育館の、この楽屋裏みたいな部屋にいるのは、リリアン、花寺両校の生徒会役員のみ。正確には、両校の生徒会長のみである。 「催し物については、先日お達しした通りです。御三方には、『ミス花寺コンテスト』の審査を行って頂きます」 蓉子と、聖と江利子。三人がここ花寺学院高校に来ている理由は一つ。恒例の行事である、両校学園祭への助っ人だ。 そして以前から分かっていたことだけど、蓉子たちは『ミス花寺コンテスト』の審査員を任されている。今はその要領を説明されている、というわけだった。 「まずステージに登場した生徒には名前を告げて貰い、それから女性らしさをアピールする仕草や演技、特技を披露します。それから最後に一言コメントを言ってもらい、それに対して寸評を行って頂きたい」 蓉子は個人的に、面白い企画だなと思っている。逆のことをリリアンでやったら、令が優勝するのが目に見えているから面白くない。 「審査員席にはメモ用紙を容易しておりますので、好きにお使い下さい。最終的に一位から三位までを、薔薇さまたちの意思で決めて頂きます」 他に何か質問は、と訊いてきたので、三人で目配せをする。特にはないようだ。 「いいえ、特には」 「そうですか。それでは後三十分ほどで本番ですので、よろしくお願いします」 柏木さんはそう言って軽く礼をしたから、蓉子たちも下げ返す。 さあ。 今年の花寺の学園祭は、どんなものになるのだろう? 体育館は、雑然としていた。 いくら花寺だからと言って、観客が全員男なワケではない。他校からの来場者たちの姿も見え、それがますます『ごった返す』という表現に近いものにしているのだ。 まあ、想定内。そんな感想を持ちながら蓉子たちが審査員席に現れると、会場ステージ下からは割れんばかりの拍手と歓声。これはちょっと予想以上の反応だ。 (何だか、ね……) 歓声が嫌なわけではない。ただ、観客とは離れているため顔はよく見えないはずだ。リリアンのお嬢さまがきた、という事実だけで盛り上がる彼らに、蓉子は少しだけ辟易する。 やがて蓉子たちが一礼をしてから審査員席につくと、司会らしき坊ちゃん刈りの生徒がマイクを握った。 「さあ! 皆さまお待たせいたしました! これより第1685回、ミス花寺コンテストを開催します!」 またも沸きたつ会場を見ながら、聖は「どれだけやってんねん」と小さくツッコミを入れた。まあ、多分彼らなりのギャグだ。寒い。 「早速はりきって参りましょう。エントリーナンバー一番の方、どうぞ!」 テカテカと安っぽいゲートから登場したのは、髪を二つ縛りにした男の子。恥ずかしそうにスカートを穿いているあたり、結構無理矢理に出場させられたのではないかと思われる。 「では自己紹介をお願いします」 「はい。えっと……一番、福沢祐子です」 ユウコ。それが本名であるはずはないから、おそらくこの催しもの用の仮名なのだろう。 「では祐子さん、アピールの方をどうぞ」 「は、はい」 アピールとは、さっきの説明にもあった女性らしさのアピールだ。 さて、どんなことをしてくれるのだろう、と蓉子と聖は目を光らせ(江利子はオデコを光らせ)、祐子さんを注視した。 「……えへっ♪」 彼は心底恥ずかしそうに、両手の人差し指を頬に当て、可愛らしく笑いながら小首を傾げた。 ……まあ、こんなものだろうか、と蓉子は息を吐く。ちょっとだけ可愛らしかったから、腹が立つほどではない。 「では祐子さん、コメントをどうぞ」 「えーっと、……どうもすいませんでした」 「はい、ありがとうございました。次にリリアンのゲストの方々より寸評を頂きたいと思います。紅薔薇さま?」 「……ちょっと可愛らしかったから、いいんじゃないかしら」 「では、黄薔薇さま」 「面白みに欠けるわね」 「最後に、白薔薇さま」 「ねえキミ。姉か妹がいたら紹介してくれない?」 ステージ上でナンパすんじゃねぇ、と蓉子と江利子がエルボーをかますと、聖は両腕を押さえながら黙った。いや、声が出せなかった。 パラパラと疎らな拍手と共に祐子さんはステージを去る。ずっとこんな調子なのかな、と蓉子が考えていると、その想像はエントリーナンバー二番の生徒で打ち消された。 「二番、山田真子です。……ぜぇぜぇ」 真子さんは、そりゃもうデカかった。悪い言葉で言うなら、デブだった。 「それでは真子さん。アピールの方をどうぞ」 「うす」 真子さんは妙なポーズを取って固まると、会場に音楽が流れ出す。『うぉちゅてぃまへーっぷ』とか言う、某金融会社のCMソングである。 それに合わせて真子さんは踊る。いや、揺れる。肉が。 (……これは) かなり気持ち悪かった。ぶっちゃけ引いた。食事中じゃなくてよかったと思った。 これってどうなのよと江利子の方を見れば、踊りなんかちっとも見ずに手鏡を開き、オデコの光度や反射角をチェックしている。とてもやる気がない。 やがてダンス(プルプル)が終わると、司会にマイクを向けられるデブ。 「はい、コメントをどうぞ」 「あ、アイ・ウォント・ユー! ……ふ、フロムアメリカ!」 「意味わかんねーから帰れよバカ!」 突然、聖がキレた。おそらくフロムアメリカが気に入らなかったっぽい。 そんな暴言にも、仕掛けの一つだと思ったのか会場は爆笑の渦。こうなったら、どんなコメントをしてもオッケーらしい。 「では黄薔薇さま、寸評をどうぞ」 「憂鬱だわ」 「紅薔薇さまは?」 「痩せなさい」 「はい、どうもありがとうございましたー」 温かな拍手と笑いに包まれ、デブはステージを去っていく。あれだけ罵倒されたのに、妙に清々しい笑顔でステージを後にするのが、ちょっと気に食わなかった。 次ぐらい、まともなのに来て欲しい。おお、って声に出してしまうぐらい、女の子らしいコ。 だけどそんな蓉子の願いを空しく、次に現れたのはビキニパンツを穿いたマッチョだった。 「三番、高田鉄子。ふんっ」 そう言って鉄子さんは隆々とした筋肉を盛り上がらせる。ボディコンか何かと間違えて来ているじゃないのか、コレ。 「それでは鉄子さん、アピールの方をどうぞ!」 「イエス、カマンッ」 カマン、の合図で流れ出してきたのは、ヒゲダンスのBGM。それに合わせて鉄子さんは踊る。いや、隆起させる。筋肉を。 代わる代わる色を変える照明に、テカる筋肉。手の甲を上にして軽く上下に動かしているだけなのに、やたらと筋肉が動く。 やがてヒゲダンス(ムキムキ)が終わると、鉄子さんにマイクが向けられる。 「ではコメントをどうぞ」 「今までで一番の筋肉でした。悔いはありません」 「意味わかんねーから帰れよバカ!」 今度は江利子がキレた。手鏡を投げつけた辺り、あの筋肉のテカりが気に入らなかったらしい。ほら、江利子のオデコより光ってるから。 「では寸評の方に移りたいと思います。白薔薇さま?」 「君はテカり過ぎだから、油取り紙でも使ったら?」 「紅薔薇さま、お願いします」 「今度は来るところを間違えないように」 「はい、ありがとうございましたー!」 司会の声を合図に、鉄子さんは真子さんと同じく清々しい笑顔で去って行った。何故か、別れの挨拶の代わりみたいに「マッシボー、マッシボー」とか言いながら。これを見ていたリリアンの生徒が「ごきげんよう」の代わりに「マッシボー」とか言い出したらヤダなぁって、蓉子は思った。 「さあ! 次は講師からの特別参加です。どうぞ!」 司会の声をと同時にパッ、と照明が落とされ、ドロドロとドラムロールがなる。 やがてシャーン! とシンバルがなると、眩しいぐらいに照明が点いた。その光の中、ステージの台に上っていたのは――。 「四番、山辺山子です」 ヒゲ面の、オッサンだった。 「はい、それでは山子さん。アピールの方をどうぞ!」 「はい」 何故か採掘道具を腰に携えた山子さんが頷くと、また何かの音楽が流れ出す。よくよく聴いてみると、テレビでたまに耳にする名曲だ。「飲んでー、飲んでー、飲まれてー」とかいう歌。 その歌を山子さんは、腰をウネウネと動かしながら、裏声を使って歌い出した。 「掘ってー、掘ってー、掘られてー、掘ってー!」 採掘道具を振り回しながらの絶唱に、会場は大いに沸いた。でもその替え歌、この花寺ではちょっと危険だよなー、と蓉子は思った。 「はい、ありがとうございました。コメントをどうぞ」 「これで明日こそ、化石が出てくると思います」 「今から行ってこいや」 今度は蓉子がキレる番だと思ったから、思いっきりペンを投げつけた。運悪く鼻の頭に当たって、山子さんは「アオゥ、アオゥ」と悶えていたのが、何だかオットセイみたいで素敵だった。 「では寸評へと移ります。白薔薇さま」 「あなたと山で遭遇したら、私はきっと死んだフリをすると思う」 「では、黄薔薇さま」 「ヒゲを剃れ、オッサン」 「はい、ありがとうございました」 パラパラとした拍手に包まれ、ヒゲのオッサンはステージを後にした。 いい加減、本当にいい加減に、まともなのに来て欲しい。これではただの宴会芸だ。 蓉子がそう思いながら次の出演者を待っていると、今度は華奢な身体つきの男の子がステージに上がってくる。蓉子の願いが通じたのか、今までで一番まとも。というか、普通に女の子にしか見えないほど、可愛らしい子だった。 「五番、有栖川金子です。よろしくお願いします」 しかし、キンコ。何だか高価なものがいっぱい詰まってそうな名前だな、と思っていたら、不意に江利子が口を挟んだ。 「キンコさん? あなた、元の名前は何て言うの?」 江利子は聖曰く、スッポンの江利子。面白いものに食らいついたら離さない女だ。 金子さんは、江利子の質問を受けると気まずそうにして黙り込む。どうしたの、と江利子が突っ込むと、やがて口を開いた。 「……はい。本当の名前は、有栖川金た――」 「待て! それ以上は言わなくていい!」 そこで突然、司会の坊ちゃん刈りの少年が叫んだ。本名を言うことに、何か問題があるのだろうか。 「言わなくていいんだ……。そう、彼の名前は『金太』です。黄薔薇さま」 「え? でも『きんた』からまだ続いていたでしょう、さっきの口ぶりだと」 「――――わかりました正直にいいましょう。彼の名前はキン○マです」 はあ、キン○マ。それって多分、本当の名前より悪くなっているのではないか。つーかリリアンの生徒の前でそんな下品なワードを出すんじゃない。 「な、アリス?」 「は、はい。私はキン○マです」 「はい、ではタマ○ンさん。アピールの方をどうぞ」 おい、何か微妙に違わなかったか、と突っ込む前に、またも音楽が流れだす。さっきのヒゲと同様、歌でアピールするらしい。 それから彼は、外見と同じく可愛らしい声で某アイドルの有名曲を歌い上げると、「ありがとうございました」と頭を下げた。何故か会場からは野太い声で声援があがっていた。 「ではコメントをどうぞ」 「えっと、……頑張りました」 「はい、続いて寸評です。紅薔薇さま、お願いします」 「まあ、……よかったんじゃないかしら」 「では、黄薔薇さま」 「名前が面白かったわ」 「白薔薇さま」 「ねえ、後で電話番号教えてよ」 だからステージ上でナンパすんな、と蓉子と江利子がエルボーをかますと、やはり聖は黙った。いや、呻いていた。 「さあ、いよいよ次で最後となります。トリを努めるのは、勿論あの人!」 キン○マさんがステージを下りたあと、司会は急に声を張り上げる。 そしてまたも照明が落とされると、ドロドロとドラムロール。そしてパシャーンというシンバルの音と共に、照明が光った。 「エントリーナンバー六番――」 その光の中に佇むのは。 「我らが生徒会長っ! 柏木ハード!」 ――レザーの短パンとベストを着こなした、柏木優だった。 うおぉ、と沸き立つ場内。柏木ハードが拳を突き上げると、手拍子が巻き起こる。 ……なんだこの空間は。 「それでは『ハードの君』。アピールをお願いします」 「よし、じゃあやろうか」 そう言うと柏木ハードは、短パンからボーリングのピンを取り出した。どうやって入っていたんだと言う突っ込みはこの際割愛。とにかく柏木ハードは、三本のピンを取り出した。 「ハード、ジャグリング!」 ハードは雄たけびを上げながら、ジャグリングを開始した。これがどうして女性らしさをアピールするのが、小一時間問い詰めたい。 その後もハードは、『ハード・トランポリン』だの『ハード・バードウォッチング』だの、挙句の果てには『ハード・ソフトクリーム』なんて危険なネタまでやり出した。ちなみにその芸は歯ブラシの上に歯磨き粉をソフトクリーム状にのせるという意味不明かつショボイものだったので、誤解はしないで頂きたい。 「はい、どうもありがとうございました。それではコメントをどうぞ」 「僕は受けもオッケーだ!」 ハードの台詞に、場内は「うおぉ」だとか「イヨッホー」だかと「モニュメライズ!」だとか叫び出した。阿鼻叫喚の地獄絵図とはこのことか。 「では寸評に移りたいと思います。白薔薇さま」 「死んどけ」 「黄薔薇さま」 「面白かったわ」 「最後に、紅薔薇さま」 「この企画潰し」 「はい、ありがとうございました。これにて全ての審査が終了しましたので、審査員の方々は最終選考をお願いします」 いや、もうどーでもいいよって感じなんですが。 まあ一応は、最後までゲストとしての仕事を遂行しなければいけない。蓉子は聖と江利子、それぞれに視線を送る。 「まあ、一位はキンコちゃんね」 「そうね、二位はユウコさん。三位は……」 「結構迷うわね。面白いからあのデブを三位にしときましょ」 「あー、まーそれでいーや」 よしけってー、と順位を書いた紙を司会に渡すと、「いよいよ結果発表です!」という声が場内に木霊する。 お決まりのドラムロールがなり始めると、シンと静まり返る場内。シャーン! とシンバルがなると、司会は声を張り上げた。 「第三位、デブ!」 あ、紙に書いてある文字をそのまま読みやがった。 しかしそれが誰かはみんな分かっていたようで、ステージ下で待機していたデブはプルプルと肉を震わして喜び表現した。気持ち悪い。 「続いて第二位、福沢祐子さん!」 二位が発表されると、会場はまたもヘンな雄叫びで満たされる。もはやはしゃげれば何でもいいって感じだ。 「さあ、お待ちかねの第一位は!」 ドロドロドロドロ……と長いドラムロール。パシャーン! と一際大きいシンバルの音が鳴り響くと、司会は大きく息を吸い込んだ。 「第一位! キン○マ!」 あっ。あの小僧、また紙に書いてあることをそのまま読み上げやがった。 「一位はキン○マです! 優勝! キン○マ! キング・オブ・タマー!!」 司会が叫ぶと、会場は手拍子と共に「キン○ーマ! キン○ーマ!」と合唱しだす。 その合唱を聞きながら、蓉子は二度とこんなところに来るかと思った――。 夕焼けの朱が眩しい、帰り道。 蓉子たち三人は肩を並べ、そりゃもうトボトボと歩いていた。 「つーかよう、白と黄よう。アレなんじゃったんかいね」 「しらねーよ。ハードに訊け」 「私は面白かったからいいけれど?」 「んでもキン○マコールはないべ? リリアァンの生徒の前でキン○マ、キン○マってよぅ」 「あはは、紅も言うとるやんけ」 「私は面白かったからいいけれど?」 「あー、黄はもういい。しかしあのハード、それなりのお仕事頼まなあかんの、ウチらの学園祭で」 「よっしゃ。なら王子役やらそう。ハード王子」 「おお白、それ名案やんけ! いきなり『ナチュラル・スピンターンお願いします』とかな!」 ――しかしその目論見が空振りに終ることを知るのは、この数日後のことである。
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