■ 山百合会に斯く名(かくめい)を 「先日の学園祭は、どうもお疲れさまでした」 その会議は、そんな言葉から始まった。 「さて、改めて皆さんに集まって頂いたのには、理由があります」 会議用のホワイトボードには、達筆で『紅薔薇主催・山百合会神聖化についての会議』と書かれている。何だか真面目な口調と裏腹にとんでもない陰謀があるような気がして、乃梨子は少し逃げ出したくなった。 「一年生は知らないと思うけど、私のお姉さまである水野蓉子さまが、 二年生や令さまはふむふむと頷いているけど、事情を知らない乃梨子たちには何のこっちゃである。疑問を顔に浮かべていると、祥子さまは一年生の顔を一人づつ見ながら言った。 「それは、山百合会の神聖化を止めることです」 ずばーんと言い切る祥子さまから、にじみ出るカリスマのオーラ。多分そのオーラが神聖化に一番貢献しているんだろうけど、話に続きがあるようなので、乃梨子は黙ってことの成り行きを見守る。 「蓉子さまが現役中に、ただ一つ成し遂げれなかったこと。学園祭が終わった今こそ、それを遂行する絶好の機会なのです」 なるほど、と乃梨子は頷いた。 そんな狙いもあって、あの劇に笑いの要素を多分に取り込んだのか。そう考えると、祥子さまの策士の才たるや恐ろしいぐらいである。 「あの、祥子お姉さま?」 話に区切りがついたと思ったのか、瞳子がおずおずと手を上げて言った。 「それと私たちが集められたのと、どういう関係があるのでしょう?」 「いい質問ね。今回の作戦の重点は、まだ山百合会について理解が深くない一年生たちなのよ」 祥子さまは、瞳子に微笑みながら言う。 いつの間にか会議が作戦にすり代わっていたのには、誰もツッコまなかった。 「……ということは」 「お察しの通り、一年生を中心にプロジェクトを進めていきます」 「あの、具体的にはどうすればいいんでしょう?」 正直訊きたくなかったけど、話の流れからそう質問せざるを得ない。乃梨子の質問を受けると、祥子さまは巻くし立てるように言った。 「まず一年生には、ニックネームで呼びあって貰います。それからあまり硬い口調でしゃべらず、フランクに喋ること。それに親しみ易さを出すために、乃梨子ちゃんと可南子ちゃんには瞳子ちゃんばりのオモロイ髪型をして頂くわ」 オモロイ呼ばわりされた髪型の瞳子は、固まってしまった。 あれぐらいのインパクトのある髪型と言ったら、某伝説のロックバンド並の髪型にしなければならないような気がする。 「ニックネームって――」 例えば、どんな風に? そう訊こうとした矢先に、可南子さんが「はい」と手を上げた。 「何かしら?」 「はい☆ 私は可南ピーって呼んで欲しいです♪」 「可南子ちゃん。いくら学園祭終わって変わったからって、その変わり方はないと思うよ」 祐巳さまにそう指摘されると、可南子さんは「はい、すみませんでした」と言って席についた。 一体何がしたかったんだ、アンタは。 「あの、それについて二年生は何もしなくていいんでしょうか?」 そう訊いたのは由乃さまで、祥子さまは「いいえ」と首を降った。 「二年生だけでなく、三年生も作戦を実行するわ」 「えっ。ちょっと祥子、私たちまで?」 「当たり前よ。妹たちにだけやらせても意味がないじゃない」 確かに、とその場の全員が頷く。山百合会の神聖化を止めることについては、全員同意のようである。 「それじゃ早速個々のニックネームを決めて行きましょう。希望がある人は入ってちょうだい」 「お姉さま、他薦はありなのでしょうか?」 「もちろんよ。言ってみなさい」 「はい。それじゃ……お姉さまは『さっちー』がいいと思います」 「まあ、なんて素敵な響き。流石私の祐巳ね。ラヴ」 「イエスお姉さま。ラヴ」 祐巳さまとポーッと見詰め合った後、祥子さまはホワイトボードに『祥子……さっちー』と書くと、大きく花丸をふって決定にした。とても幸せな人たちだと思う。 「あの、お姉さま」 乃梨子はさっきから黙ったままの志摩子さんの方を見る。すると志摩子さんは、どこか遠くを見たまま、小さな声で言った。 「志摩ぴょん……」 「……はい?」 「私、志摩ぴょんがいいわ。呼んでみて、乃梨ピー」 「志摩ぴょんて。っていうか乃梨ピーって」 志摩子さんは立ち上がると、ホワイトボードに『志摩子……志摩ぴょん、乃梨子……乃梨ピー』と書いた。誰もツッコんでくれなかったから、異論なしと判断して祥子さまが花丸をふった。乃梨子は乃梨ピーで決定らしい。 「それじゃ、他の人のニックネームも決めて行きましょう」 それからまずは二年生と三年生のニックネームと先に、ということで侃々諤々の討論が始まった。 由乃さまは『よしのん』で早々に決定できたのだが、祐巳さまの段で揉めた。『ユーミン』、『ユミユミ』、『祐巳すけ』、『祐巳ポコ』――どれも祥子さまが気に入らないと言って、結局祥子さまとお揃いになるように『ゆっちー』で決定した。 ちなみに令さまは『令モンド』で誰も文句をつけなかった。令さま本人を除いて。 「ちょ、ちょっと待った! 何で私だけもろ外国人の名前なのよ? しかも男みたいだし」 「だって……ねぇ?」 「うん……」 全員が顔を見合わせたため、これも祥子さまが花丸をふって決定にした。令さまはとても悔しそうだった。 「さて、残るは一年生二人ね」 「可南子ちゃんは『可南ピー』がいいんだっけ? でも『乃梨ピー』と『ピー』が重なって何かいやらしいから『可南っぺ』じゃ駄目かな?」 「祐巳さまが付けてくださったニックネームなら、私はそれで」 「じゃあ決定ね。じゃ、次は瞳子ちゃんだけど」 再びその場の全員が顔を見合わせる。祐巳さまの『ピー』に関する発言はスルーらしい。 「瞳子ちゃんのニックネームについて、案のある人は?」 祥子さまがそう全員に呼びかけると、皆は口々に言った。 「ドリル・マスター」 「Rock'nロール」 「ドリル少女、スパイラル・瞳子」 「ミス・ドリラー」 「竜巻旋風髪」 「ドリルダーZ」 ちなみに乃梨子は『 「ちょ、ちょっと! どれも瞳子の髪のことばかりじゃありませんこと?」 「だって……ねぇ?」 「うん……」 またもや目配せしあう山百合会。それを見かねた祐巳さまは、席を立つと怒りにわななく瞳子の肩に手を置いて言った。 「瞳子ちゃん、一体何が不満なの?」 「だって、どれも映画やゲームのタイトルみたいじゃないですか。ニックネームを付けるなら、もっとそれらしい名前を付けて頂きませんと」 「じゃあ、『ドリー』ね」 「……はい?」 「メリー、サリー、ドリー。みたいな?」 「みたいな、って訊かれましても」 「じゃあドリーとドリ子、どっちがいい?」 「それは……ドリーですけど」 「お姉さま、瞳子ちゃんはドリーがいいそうです」 「そのようね」 祥子さまがホワイトボードに『瞳子……ドリー』と書き足し、花丸をふった。いつの間にか花丸が描かれたら絶対的な決定という暗黙の了解が出来上がっていたらしく、瞳子はそれを見るやいなやくずおれた。 「さあ、これで全員のニックネームが決まったわ。さて、次は親しみ易さを出すための髪型はどうしましょうか」 ――ちょっと待った。この人本当に瞳子ばりのオモシロ髪型をさせる気か? 乃梨子がそう懸念していると、由乃さまが勢いよく「はい!」と手を上げた。 「じゃあ由乃ちゃ……いえ、よしのん。言ってみて」 「はい。乃梨ピーにはパンチパーマがいいと思います」 「……その心は?」 「仏像とお揃い、です」 「まあ素敵」 おい、素敵なのはアンタの頭の中だけだ。っていうかアレは 「それじゃ乃梨ピーはパンチパーマでいいとして、可南っぺの髪型はどうしましょうか」 いつの間にかあだ名で呼ばれているし、そもそもパンチパーマは全然親しみやすくないし。 色々ツッコんであげたかったけど、もう無駄な気がした。酔っ払いに何を言っても無駄なのと同じだ。 「はい」 「はい、それじゃゆっちー。言ってみなさい」 「あのですね、可南っぺにはアフロがいいと思います」 「……その心は?」 「高身長、高アフロでダンスする可南っぺって、親しみ易くありませんか?」 「そうね、素敵だわ」 まてまて、絶対怖いから。四歳児とか普通に泣くから。そもそも高アフロが意味不明過ぎて、何故か脱力が感動に昇華しちゃったよ、乃梨ピー。 そんな乃梨子をよそに、祥子さまは『乃梨ピー……パンチパーマ』、『可南っぺ……アフロ』と書き足した。多分この場にもう一人一年生が居たら、間違いなく『モヒカン』にされていたことだろう。 「さて、それじゃ後はフランクな喋り方だけど、……これは個人に任せるわ。それぞれ研究してちょうだい」 「はぁ……」 割と投げやりだなぁ、と思っていると、祥子さまは瞳子を見ながら言った。 「ドリー?」 「……なんでしょうか、さっちーお姉さま」 「ここは、あなたの女優魂の見せどころよ」 「女優魂……見せどころ……」 変なあだ名を付けられて凹んでいた瞳子が、みるみる復活していく。 「見ていて下さい、ドリーはきっとやり遂げてみせますわ!」 ――そこからが、乃梨子の受難の始まりだった。 翌日乃梨子は、髪にリボンを付けて学園に向かった。流石にパンチパーマは校則的にマズイし、親しみ易いというコンセプトならこれで十分だと思ったからだ。菫子さんには大笑いされたけど、登校中に変な目で見られたりはしなかったので、そこまでおかしくないはずである。 「さて、と」 教室を見回すと、ほとんど人がいない。登校ラッシュに身を投じるのが億劫だったので、早く登校してきたのだ。 (可南子さん、本当にアフロにしてくるのかな) やってきたら自分の立場はないよなぁ、なんて考えながら教室の入り口を見詰めていると、不意に巨大な影が差した。 扉につっかえるんじゃないかと言うほどの背丈。そして何故か、シルエットの頭の部分が丸っこい。 まさか、まさか、と考えていると、おもむろにその影の主は扉を開けた。 「あ、乃梨ピー。ごきげんアフロ」 「…………」 可南子さんがアフロになっていた。 勢い余って、挨拶までアフロになっていた。 「ご、ごきげんアフロ、可南子さ……いや、可南っぺ」 一応のってみたけど、この挨拶はイマイチだ。っていうか怖い。アフロヘアーのお陰でより威圧感が増した可南子さんは怖すぎる。十五歳児でも泣いてしまいそう。 「どうしたの、そんなに怯えて」 「いや、あの。……本当にしてきたんだなぁ、って」 「当然じゃない。これで祐巳さまに振り向いて貰えるわ」 いや、多分祐巳さまじゃなくても振り向くよ、それ。 そう言って上げたかったけど、出来なかった。心の荷物を下ろしたついでに表舞台からも下ろされそうな人の本気に、乃梨子は何も言えなかった。 (この分だと、瞳子はどうなってるんだろ) 乗り気のようじゃなかった可南子さんでさえ、これなのだ。祥子さまに焚きつけられた瞳子は、一体どうなっているのだろう。 乃梨子が気を揉みながら待っていると、いつもの時間に瞳子はやってきた。当然ながら外見的な変化はないが――。 「お前らぶっちゃけごきげんよう! 松平ドリー、ここに蒸着いたしましてよ!」 内面が、相当に変化しているようだった。 昼休みになると、乃梨子と瞳子、それに可南子さんはミルクホールに向かった。 祥子さまより、出来るだけ目立ってフランクさをアピールすること、と伝令を受けたのだ。案の定ミルクホールでは、乃梨子たちは周囲の視線を集めた。山百合会に関わりのある一年生全員が集まっている上、祐巳さまの妹候補であり犬猿の仲であるはずの瞳子と可南子さんが一緒にいるのだから、目立って当然なのかも知れない。 「それにしても、可南っぺのアフロがカツラで安心したよ」 そう言って乃梨子が見た可南子さんは、もう元の髪型に戻っている。朝のホームルームで先生に指摘され、渋々カツラを取ったのだ。 「当たり前でしょう。ネタのために髪を弄る人間は、一人で十分よ」 三人がけの丸テーブルにお弁当箱を広げながら、可南子さんは含みのある口調で言った。そうなると、やはり反応する人はいるわけで。 「マジで腹の立つ発言ですわね」 ――と、瞳子は可南子さんは睨んだ。 「あのさぁ、とう……ドリー? さっきからその妙な言葉遣いは何なの?」 一瞬にして一触即発の雰囲気になったが、ここを流すのが乃梨子の役目である。乃梨子の言葉を受けると、瞳子は縦ロールをギュルンギュルン揺らしながら言う。 「うちに通っている、若い家政婦に『フランクとはどうあるべきか』と相談しましたの。そうしたら、砕けた言葉遣いで、たまに冗談を混ぜたら良いのではないか、と」 「……まあ、間違ってはいないけど」 確かにその助言は間違っていないけど、瞳子の解釈は多いに間違っている。たまに冗談じゃなくて、それじゃ全部冗談だ。 「『ぶっちゃけ』とか『マジで』とかも、その人が教えてくれたの?」 「ええ。若者の使う流行の言葉を混ぜた方が良いと」 「そんつぁらがんで、よー流行言えたもんられー」 「……あの、可南っぺ。それ何て言ってるの?」 「そんなことでよく流行と言っているものね、と」 「はぁ、それで。その方言は何がしたいの」 「これは新潟弁よ。お父さんに教えて貰ったばかりなの」 「そりゃ可南っぺの中での流行でしょ」 「次子が可愛いのよ、次子が」 「んなこと訊いてないし」 もはやボケキャラが定着してしまった可南子さんを諌めると、今度は瞳子が鼻で笑った。 「そんつぁらがんで、よくも人を馬鹿にできるものですわね」 「ドリー、伝染ってる、伝染ってる」 「あ、……ゴホン。とにかく、人を貶すのでしたら、もう少し程度をわきまえて欲しいですわ」 「程度ですって? だったらその縦ロールも程度をわきまえたら?」 「ちょ、ちょっと、二人とも」 せっかくフランクさをアピールするためにここまで来たというのに、また睨み合い。ただでさえ目立つのに、喧嘩して目立っていたらフランクどころか、印象が悪くなってしまう。 しかし、待てよ。――と乃梨子は思った。ここで自分が上手く喧嘩をまとめて、仲の良さや遠慮のなさ、それに気安さをアピールできたら、作戦成功と言えるのではないだろうか? 「おまいらもちつけ」 だから乃梨子は、とっておきのフランクさで二人を牽制した。 「はぁ?」 二人がハモる。しまった、この二人ネット用語が通じない? 「おまいら、なんて、田舎のお爺さまみたいな喋り方ですわね」 「もちつきだなんて、季節を考えなさいよ」 うわ、しかもマジレスされたし。なんか無性に腹が立つ。 「と、とにかく口喧嘩は止めてよね。悪目立ちするんだから」 内心凹んでいるのをカバーするように、とりあえず二人の喧嘩を遮断する。そこで二人も注目されていたことに気付いたのか、渋々口をつぐんだ。 「とりあえずお弁当食べようよ。昼休みが終わっちゃう」 「それもそうですわね」 丸テーブルに置かれただけだった弁当箱の蓋を開けて、やっと昼食開始。可南子さんはどこから調達したのかマンガ肉に食らいついていたけど、似合っていたのでツッコまなかった。多分あれも、ある種のフランクさだ。 「ところで、乃梨ピー」 可南子さんは不意に食事の手を休めると、乃梨子の方を向いて言った。 「そのリボンは何なの?」 「何なのって、……流石にパンチパーマは嫌だし、親しみ易さを出すならこれでいいでしょ」 「……果たしてそうかしら」 そう言って可南子さんと瞳子は目を逸らす。何だか嫌な空気を感じて、乃梨子は辺りを見回した。途端、こちらに視線を集中させていた人たちが、気まずそうに目を逸らす。 「あれ、……ひょっとして」 「ええ。乃梨ピーが真面目にやりすぎていて、誰もツッコめないのよ」 「そ、そんな……」 それじゃ、朝一時間もかけて「私は変じゃない」って自分に刷り込んだ自己暗示は何? 通学途中で誰もが乃梨子を見て何気ない風を装っていたのは、「アレはああいうものなんだ」って一種諦めが混じっていたって、そういうこと? 「乃梨ピーも、ちゃんとパンチパーマにしてくればよろしかったのに」 「そんなのできるわけないでしょ」 「じゃあ、仏像のお面でも被ってきたら?」 「あのね可南っぺ、それ絶対引くから」 「今と対して変わらないじゃない」 あ、今すっごくバカにされた。 「おい、バ可南っぺ」 「なんじゃい、仏像」 「ちょっと、二人とも!」 瞳子の声で、ハッと我に帰る。 いけないいけない。若さゆえの過ち・乃梨ピー 「まったく、周囲が怯えているではありませんこと?」 「……ごめんなさい」 まさか瞳子に怒られる日がこようとは。乃梨子の血がすーっと引いていくと、可南子さんはおもむろに足元からアフロのカツラを取り出し、乃梨子に被せた。一連の動作が流れるように鮮やかで、乃梨子はされるがままになってしまっていた。 「可南っぺ、何これ」 「みんなが怖がっているから」 ふーん、だからアフロなのね。わーい、ふさふさ。 「……くくっ」 半ば自虐的にアフロを弄っていると、ふとかみ殺した笑い声が聞こえた。隣を見れば、瞳子が肩を震わせて笑っていた。 まさか瞳子に怒られるだけでなく、髪型を笑われる日がこようとは。あー、何かもうどうでも良くなってきたかも。 「ふ、ふふっ……」 「……くすくす」 周りを見れば、みんな笑っていた。 自暴自棄になって、両手の親指を立てて「イエーイ」と言ってやった。間髪を入れず、ミルクホールの一角は爆笑の渦に巻き込まれる。 「あ、あはははは……」 もう、笑うしかなかった。 さようなら、クールな私。ごきげんよう、ホットな私。 顔にはやるせない笑みを浮かべながらも、ちょっと泣きたくなった。コンチクショウ。 その日のうちから、乃梨子に対する視線が変わった。 『見て、 という視線から、『見て、乃梨ピーよ』という視線に代わったのだ。 「ごきげんよう、乃梨ピー」 「乃梨ピー、この問題を教えて欲しいのだけど」 「乃梨ピー、今日も薔薇の館でお仕事? 頑張ってね」 親しく話しかけられるのは、悪くないことだと思う。いやむしろ祥子さまの作戦通りなのだろうけど、乃梨子は釈然としなかった。 「乃梨ピー、ボールペンを貸していただけないかしら?」 「……はい、どうぞ」 「ありがとう、乃梨ピー」 けれど今更、言えないだろう。 できればニックネームは「リコリコ」が良かったなんて、今更――。 乙女の集うお庭で、今日も優雅に微笑んでいらっしゃるマリア様。 その微笑がほくそ笑みに見えたのは、気のせいじゃないはずだ。
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