■ トゥ・プレシャス その2
 
 
 
 
「おはよう、祐麒くん」
「あ、おはようございます。お父さん」
洗面所で顔を洗っていると、乃梨子の父がやってきた。
乃梨子の出産に付き合った後、祐麒は菫子を乃梨子の実家に送っていくと、
乃梨子の母(祐麒の義母)に「今日は泊まって行きなさいよ。あたしたちも明日、病院に行く足が欲しいし」と言われ、そのまま泊まっていった。
「ゆっくり寝むれたかい?」
「いや、なんだか興奮が醒めなくて。それに名前を考えてたらあまり寝れませんでした」
「ハハハ。実は私もだよ。どうやら娘と孫では違うようでね。で、名前は思いついたかい?」
「ええ」
「そうかい。2人の子供だ。そっちのご両親はどうか判らないけど、私たちは2人が納得して名前を決めればいいと思っているから」
「はい」
「おっと、早く顔を洗って行かないと母さんが怒り出すわ」
「「ハハハハ」」




「リコ、おはよう」
「あ、祐麒くん。おはよう」
病室に入ると、乃梨子は顔をあげる。
「よく眠れた?」
「うん、眠れた」
そう言いながら、乃梨子は体を起こして上着を羽織る。
「顔色も昨日より戻って来てるから、一安心かな」
「顔色が悪かったのは、たぶん昨日ほぼ丸一日かかって出産したもんで、疲れたのと、お腹が空き過ぎてたのが原因だと思う。さっき朝ご飯が出たんだけど、足りないぐらいだったから」
「ハハハ、それは良かった」
「ところで、お父さんとお母さんは?」
「新生児室の前でうちの両親に会って、今ごろは4人で孫バカしてるはず」
祐麒の予想通り、4人は新生児室の前で、自分達の孫の可愛さにとろけていた。
「で、考えて来てくれた?」
「うん。ちょっとだけどね」
そう言うと、祐麒は胸ポケットから紙を取り出した。
「とりあえず、2人の名前を使いたいんだ」
「祐子ちゃんみたいな?」
「それも候補。あとは祐と梨で『ゆり』とか、麒と乃で『きの』とか」
「それなら祐と乃で『ゆうの』の方が可愛らしいよ」
「リコはどんな名前を?」
「あたしはひらがなで『ゆうみ』ちゃんと『ゆうり』ちゃん」
「合計6この案か…。義父さんには自分達で決めろって言われたんだけどさぁ…」
「相談したほうが良いよね」
「そうだね」



「6つの中でどれとどれが良いかか〜」
2人の相談を聞き、福沢父は大きく唸る。
「そうね、名字とのバランスを考えると、ひらがなは浮くわね」
二条母の一言で乃梨子の案は却下される。
「祐乃は響きは良いけど、うまく読んでもらえなさそうね」
「麒乃は漢字よりひらがなの方が可愛いと思うぞ」
「だから、ひらがなだとバランスが悪いでしょうが」
4人が口々にそれぞれの意見を言う。
そこに一緒に来ていたのにどこかへ消えていた菫子がやってくる。
「なに、名前で迷ってるのかい」
そう言うと、菫子は2人が書き出した候補リストを眺める。
「お2人さん、いつだったかの七夕で、願い事してたわよね」
そう言うと、菫子はペンで丸印をつける。
「あたしの記憶が間違ってなければ、あんたたち、祐子だ祐梨だなつきだ言ってた気がするんだけど」
そう言われて、2人は記憶を掘り起こす。
「そういえば、そんなこと言ってたような記憶が…」
「…俺も聞いた覚えがある。だから最初に浮かんだのか?」
「なら決まりだね。福沢祐子と福沢祐梨。ほら、この中で一番しっくりしてる」
菫子の言葉に、全員が納得する。
「じゃあ、お姉ちゃんが祐子、妹が祐梨ね」
こうして双子は祐子と祐梨と名付けられた。



「ホント、2人とも可愛いわね」
ベビーベッドに眠る祐子と祐梨を眺めながら、志摩子は言う。
「志摩子さん。お茶入ったから」
祐麒はアイスティーを乗せたトレイをダイニングセットに置く。
「乃梨子がいないのに、上がり込んでごめんなさいね」
「いやいや、全然かまわないよ。志摩子さん、学校が忙しいから、なかなか時間がないだろうし、リコも少しすれば帰って来るから」
その言葉通り、1、2分もしないうちに「ただいま」という声とともに乃梨子が帰って来た。
「お帰り…って、後ろの、どうしたの?」
「いや、玄関ホールに穴を開けようとしてたから、回収して来たの」
「人を掘削機械みたいに言わないでください」
そう言って、乃梨子の後に瞳子が入って来る。
「志摩子さん、待たせてごめんね」
「誰にも用事はあるものだから。祐子ちゃんや祐梨ちゃんは見てて飽きないから。それに祐麒さんと話すのも久々だし」
そう言うと、志摩子は紅茶を一口飲む。
「2人とも、同じので良いかい?」
「うん」
乃梨子がうなずくと、祐麒は氷を入れたグラスに、あらかじめ作っておいたアイスティーを3人分注ぐ。
「瞳子、舞台は順調なの?」
「ええ、小道具が壊れたとかの細かいトラブルはあるけど、概ね順調ですわ。志摩子さまも楽日までに一度足を運んでくださいね」
「ええ、必ず行かせてもらうわ。あら、こんな時間」
「どうしたの?」
「あたし、夕方から聖書の現代的解釈についての研修会があるの」
「じゃあ、気をつけて行って来てね」
 乃梨子の言葉に、志摩子は「ありがとう」と答えて玄関を出て行った。
「お忙しいわね、志摩子さまも」
「そうだね。3年の文化祭の時、栞さまにお逢いして、修道院に入るって進路から、リリアン大に行って、教師になるって決めて、大学に入ってからは聖書の新解釈とか研究してたから」
「普段はリリアンで現文教えるんだよな。ところで、瞳子ちゃん」
「なんですか、祐麒さん」
「お見合いなんだってね?明日」
「な、なんでそれを」
「いや、先輩から『瞳子が行ったら連絡くれ』って言われてね。理由を聞いただけ」
祐麒の言葉に被るように、廊下から足音が聞こえてくる。
「もしかして…」
「開いてますよ」
乃梨子の言葉に、玄関のドアが開けられ、柏木優が現れる。
「悪いな、ユキチ」
「赤ん坊が寝てますので、静かにしてくださいね」
そんなやり取りをしているうちに、瞳子は優の部下に身動き出来ないよう、ぐるぐる巻きにされていく。
「乃梨子!!あなた、親友を売りましたわね」
「あたしは柏木さんの兄心に心うたれてね」
「ユキチ、乃梨子ちゃん、確かに受け取ったよ」
柏木への返事がわりに、祐麒は瞳子に話しかける。
「瞳子ちゃん、逃げ回るのは、あまり関心しないよ」
祐麒に続いて、乃梨子が親友に忠告する。
「それに瞳子らしくないって感じね。イヤなら、2度と話が来ないぐらいにぶち壊してきなよ」
「おいおい、お2人さん。あまり瞳子を焚き付けないようにして欲しいな、親族としては」
困った声の割に、優の表情は祐麒たちと同じだった。


「祐麒くん、どう思う?」
ガムシロを入れながら、乃梨子は向かいに座った祐麒に問い掛ける。
「瞳子ちゃんのこと?」
祐麒はズズッとアイスコーヒーをすする。
2人は双子を寝かしつけて、一息ついたところだった。
「俺は17でリコと出会って、18のクリスマスに神戸でプロポーズして、一緒になって、今こうして祐梨と祐子が出来て幸せだけど、逆に瞳子ちゃんには負担なのかもな」
「負担って?」
「ほら、俺たちの周りって、何気に相手がちゃんといるのが多いじゃんか。祥子さんと祐巳、可南子ちゃんと由貴くんとか。由乃さんは支倉道場に通ってた前橋さんだっけ?その人と付き合ってるし、令さんも例のおチビちゃんと付き合ってる」
「あっ、確かに」
「しかもお見合いした人で、付き合い続けてるのって、真美さんぐらいだろ。そう言った事から、ちょっと恋愛に固定観念があるのかもね」
「そうじゃなくても瞳子は……、ひねくれ者だから」
「まぁ、こればかりは本人にしかどうしようもないさ」
そう言うと、祐麒はコーヒーを飲み干す。
「そうだね」


すると突然、奥の部屋から泣き声があがる。
「あらあら。2人とも、ちょっと待ってね」
そう言うと、乃梨子はベビーベッドから双子を抱き上げる。
「オムツ?」
「いや、お乳みたい」
そう言うと、乃梨子はブラウスの前を開ける。
「ホントは片方ずつが良いらしいんだけどね」
祐麒は優しい表情で3人を見つめる。
「いや、そういえば俺と祐巳にも、こんな風に母さんの乳を吸ってる様子を撮った写真があったなぁって思い出してね」
「と言うことは、お姉ちゃん、離乳が遅かったのね」
「まぁ、俺は生まれたばかりの頃だし、祐巳も1歳になるかならないかの頃だから」
そう言うと、祐麒はいつの間にかカメラを手にしていた。
「祐麒?」
「2人にもそんな写真があったら、良いかなってね」
何枚かシャッターを切ると、祐麒はある事を思い出した。
「そうそう、母さんが来週の日曜にお宮参り行きましょうだって」
「なら行きたい神社があるんだけど?」


当日


『祐麒、乃梨子ちゃん、来たよ〜』
祐巳からの電話を受けて、祐麒は祐子を、乃梨子は祐梨を抱き抱えて、玄関を出る。
下に降りて行くと、玄関ホール前に、白いオデッセイが停車していて、運転席から祐巳が手を振っていた。
 事前に父親が来れないのは聞いていたので、祐麒たちも祐巳が運転していても驚かない。
「祐巳、これで来たのか?」
「いや、たまには大きいのにも乗ろうかと思って。それにあたしの車じゃ全員乗れないし」
 祐麒は後ろに座っている母親に祐子を預け、助手席に着く。
「まぁ、小林に乗せてもらうよりは遥かに良いからな」
「あと聖さまね」
そんな事を言いながら、祐巳はゆっくりと車を動かした。


リリアンの近くまで来ると、区営パーキングに車を入れ、一行は目的地に向かい歩き出した。
「『荒人神社』ねぇ。リリアンの近くにこんな神社があるとは知らなかったわ」
「祐巳が聖さんに拉致られた時に来たのは、ここから花寺を挟んで反対側の神社だな。にしても、なんで乃梨子はここを?」
「ここにお宮参りすると、病気になりにくいって、松田先生が言ってたから」
「そうなんだ」
一行は一通りの所作を終えて、本殿に参ったあと、社務所でおまもりを購入した。
祐麒が買ったものを受け取って戻ると、
「ねぇ、おみくじひいてかない?」
と祐巳が提案する。
「そうだね。あたしもひく」
続いて乃梨子も賛同して、3人はおみくじをひきに行く。
「あっ、末吉。なになに、恋愛・成就しせり、健康・変わらず…まあまあだね」
「俺は…吉だ。今日は祐巳より吉があるみたいだな」
「あたしは中吉。健康・回復にむかう、恋愛・あっ…」
「どうした?」
祐麒は固まっている乃梨子のおみくじを見る。
「……子宝に恵まれる。らしいよ」
「……3人目?」


「祐巳ちゃん、2人とも固まってるけど」
「子宝に恵まれるんだって」
「あらあら、それはめでたいわね。祐巳には出来そうにないから、乃梨子には頑張ってもらわないと」
「それ皮肉?」
「さーこさまとの共同見解よ」
その言葉に祐巳がげんなりとしている横で、ベビーカーに乗せられた双子がキャッキャッと声を上げた。






あとがき

結局、友梨子は次以降になりました。
お待たせしました。
トゥ・プレシャスの2です。
当初考えていたストーリーでは、もっと名前の部分でドタバタさせるつもりだったんですが、あまり面白くなかったのでカットしました。
それと同時に、そこに登場する予定だった友梨子も登場も一緒にカットとなりました。
友梨子、次は出て来る予定だから、スタングレネードは止めてね。
さてさて、おみくじでは子宝に恵まれるって出ていましたね。
どうなるかは一応決まってますが、作品的にはもう少し先になります。
次は久々に真美さんを出してあげたいですね。
まぁ、その前に某所の企画で久々の『仕事』をするつもりですがね。(意味深)
では、ごきげんよう。
 
 

 
 
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...Produced By 川菜平太