■ それぞれの夏休み
 
 
 
 
『次は名古屋、次は名古屋』
「ね、寝過ごした!!」
 リリアン大1年生・赤星鯨、実家に帰郷するために乗った新幹線を降り損ねる。

『これより、第15回・宮廷社ライトノベル新人賞及びライトノベル大賞の授賞式を行います』
 司会者が宣言すると、会場中からパチパチパチと拍手がわく。
 1年前に小説家デビューした築山三奈子は、周囲と同じ様に拍手をしながら、編集者がいないか見回す。
 今回は三奈子の作品はノミネートされていないのだが、こういうところに出席するのも大切だと考えて、作家として出席している。
 会場を見回していると、三奈子の視界に見たことのある顔を見つけた。
(あれは…明日香さん…よね?)
 髪をアップにしているものの、それはリリアン大・バスケ部の2年で、バスケ部のキャプテンをしていた松田明日香であった。
 宮廷社で翻訳の仕事をしている聖さまならともかく、なんで明日香さんが?、と三奈子が様子を伺っていると、誰かに肩をポンポンと叩かれた。
「三奈子さん、来ていたの」
 振り返るとそこには、三奈子がメインで書かせてもらっている『宮廷社ヒマワリ文庫』の大塚編集長が立っていた。
「大塚さん、あそこにいる女の子、どなたかのお連れ様ですか?」
「んっ。あぁ、あの娘。いや、違うわよ。あの娘は…」
『…続きまして、女子向け作品の新人賞ですが、松田アスカさんの『ヘブンズゲート』が選ばれました』
「へぇー、すごいじゃないの」
 そう言う三奈子に、大塚は「あなた同様、内容になかなか深みのあるの書くのよ」と言い残して、他の作家の元へ行く。
(現役リリアン高等部生の作家か。真美は掴んでるのかしらね…)
 今はリリアン大のマスコミ学部にいる妹の事を思いながら、三奈子は何度目かの拍手を、壇上の明日香のために送った。

『さぁ、ライト点灯の表示が出たところで、先頭のゼッケン11番・キャスターホンダ、
ジベルナゥが最後のライダーチェンジのために、高橋の待つピットに入ってくるようです』
 その様子を見ていた祐麒は、走って来るライダーにメッセージボードを示して指示を出す。
『これでゼッケン74番・チームOGASAWARA、
佐倉桂選手のCBR・OGASAWARAサイクロンが先頭に立ちましたが、どこまでマージンを稼げるでしょうか!!』
 実況のコメントに答えるかの様に、佐倉は各区間のファステストラップを刻んで周って来る。
『さぁ、OGASAWARAも最後のライダーが準備をしています。
そんな状況ですが佐倉選手、130Rに200キロオーバーで突っ込みましたよ。絶対に佐倉桂選手の心臓、毛が生えてます!!』
「可南子、佐倉さんがギャップ38秒つけた。だけど、HRCもそこから離されないから、ギリギリで抜かれるかもしれない」
「了解、乃梨子さん。高橋さん、ガソリン注入は何秒かかるの?」
 ヘルメットをつけながら、可南子はパソコンを叩いて計算しているクルーに尋ねる。
「1時間前に結構入れたから、10秒ぐらい入れたら、計算上は最後まで行ける」
「可南子ちゃん、無茶はしないのよ。あたしも、さすがにメーカー相手に総合トップをとれとは言わないから。あとはあなたに任すわ」
 チーム監督である祥子が可南子に声を掛ける。
「でも可南子さんは高橋裕紀を抜くつもりでしょけど」
「当たり前ですわ。可南子さんなら、ここまで来たら抜きに行くに決まってますわ」
 日出実の言葉に、瞳子が応える。
「マシン、入って来ます」
 祐麒の言葉に、初めの作業をするクルーが一斉に準備する。
 その様子を、蔦子がカメラで撮影し、真美はメモに速記していく。
 高校時代からコンビでいることが多かった2人だが、大学入学後に正式にコンビを組み、
新聞社などに原稿と写真を投稿しては、原稿料を貰うというバイトをしている。
「瞳子、クーラーの中から氷嚢出しておいて」
 乃梨子が言い終えないうちに、マシンがピットに入ってくる。
 ライダーが降りるとすぐに前後のタイヤが換えられ、その間にライダー同士は路面などの状況を引継ぐ。
 ガソリンを注入していたタンクが離れると「可南子、GO!!」と乃梨子が叫ぶ。
 その言葉に反応して、可南子はマシンに跨がり、スロットルをまわす。
 マシンが唸りを挙げて暗闇の降りたコースへ向かって走り出す。
『さぁ、20秒で作業を終えてOGASAWARAのマシンが出てくる!!あぁ、高橋は今メインストレートに入ったとこだ。
高橋の前に出た!!出ました!!。ついに順位が入れ替わりました』
 その瞬間、OGASAWARAのピットでは、クルーが抱き合ったりハイタッチをして喜びを表す。
 後ろから高橋が猛烈に追い上げを仕掛けるが、可南子はそれ以上のパフォーマンスを見せ、追いつかれるどころか、逆に引き離すのだった。


「ユミちゃん。スズカの結果が送られて来たから、プリントアウトしたよ」
「サンキュー、ジャックさん」
 祐巳は下宿先の大家あるジャックからプリントを受け取る。
 今年の春からリリアンの大学に通う祐巳は、思春期心理学の勉強のため、夏休みを利用してアメリカの大学に留学している。
 この下宿は、祐巳が留学する大学が前年に祥子が留学していた大学と同じだったため、祥子から紹介された場所あった。
 祐巳は印刷された紙を受け取り、目を通す。
「わぁ、総合トップだって」
「ワォ、すごいじゃないの。参加1年目で優勝は普通は難しいよ」
 そう言うと、ジャックはケーブルTVのチャンネルをパチパチとかえた。
「確か、どっかのスポーツチャンネルが日本と2時間遅れで流してるはずなんだよね」
 何回がチャンネルを変えていると、夕暮れのサーキットをバイクが走る光景が映し出された。
「コレだね」
 それはちょうどOGASAWARAが順位を入れ替わる直前であった。
「あぁ、レポートがなかったら帰ってるのに」
「仕方ないよ、ユミちゃんはサマープログラムで留学してるんだから、やることいっぱいあるのは仕方ないさ。
サチコさんも去年、同じこと言ってたけど、ちゃんと終わらせてたんだから」
 ジャックは画面に映る祥子の姿を見ながら言う。
「はーい。そういうジャックさんは、アイシアさんには会いに行かないんですか?」
「あぁ、まったく残念なことに、アイシアはキッズキャンプのスタッフであと2日は帰って来ないんだよね…」
「やっぱり寂しいですか?」
「イヤ、そうでもないよ。気持ちが繋がっていたら、寂しいことはないよ。ユミちゃんもそうだろ?」
 ジャックの返しに、祐巳は頭をポリポリと掻きながら頬を緩める。
「だって、スピリチュアルシスターなんだもん」








おまけ

『名古屋、名古屋でございます』
「どうせだから、改札内の寿がきやでラーメンとソフトクリーム食べてから帰ろっと」
 赤星鯨、ただでは起き上がらないのであった。

おまけ2

「ところで、志摩子さんは?」
 不意に蔦子がとなりにいた日出実に聞く。
「そういえば、見掛けないですね」
 その頃、遊園地では…
「すみません、ピットに戻るには、どうしたら良いんでしょう?」
 トイレを探しているうちに、遊園地の方に出てしまい、迷子になっている志摩子がスタッフに道を尋ねていた。












― あとがき ―




ぶっちゃけると、書き始めた時は9月頃でした。 どーも、川菜です。 この作品、まだ出す気はなかったんです。
が、20××で祐麒と乃梨子を結婚させてしまったので、なぜそうなったかについての説明が必要となり、
その原因である話を出すために、まずこれを出す必要があったんで、
こうして表に出すことになりました。(理由の作品については、出来しだい鯨さまにお願いし て掲載していただきます)
途中の三奈子パートは、書いている最中に明日香さまがHPを閉じられたので、それまでの感謝と、これからの活躍を願い、予定を変更して入れました。
それにしても、書いた本人でも突っ込みたいとこが満載ですね。
とくに、バイクのピットインを20秒で済ませれるかについての突っ込みは勘弁してください。
あと、実際のサーキットで、志摩子さんみたいに、遊園地に迷い込むことは95%ありません。  
では、今年中に瞳子が祐巳の妹狸になります事を願って。
 
 

 
 

...Produced By 川菜平太