■ ノウェルを貴女(あなた)と
 
 
 
 
12/3 18:55

「はい、福沢です」
「夕飯時にすみません。私、佐倉と申しますが…」
「あっ、佐倉さん。祐麒です。お久しぶりです」
 たまたま電話に近かった祐麒が出た電話の相手は、元は可南子の知り合いで、
夏には8耐でお世話になった名神大学の1年で、『佐倉平太』として声優やアクション俳優として活躍する佐倉桂だった。
「良かったよ、祐麒君が出てくれて。祐巳ちゃんが出て来たらどうしょうかと思っててね」
「祐巳なら、可南子ちゃんのとこに行ってますけど?」
「そう。ところで祐麒君、単刀直入の豪速球ど真ん中で聞くけど、24日は乃梨子ちゃんとどこに行くつもりだい?」
「イブですか?横浜の方へ行こうかなとは思ってるんですけど」
 まだ乃梨子には話してないが、祐麒のなかではほぼ決定していた。
「そうかい。じゃあ、もし俺が神戸に来ないかって言ったらどうする?」
「神戸にですか?」
 桂の突拍子も無い話に、祐麒は思わず聞き返した。
「実は急にイブに神戸でイベントが入ってね。ただ、本当に急だったもんで、スタッフが誰も動けないの。
ほら、なんせクリスマスだから他にもイベントもあるし。それで俺1人で行くんだけど、
新幹線のチケットが3枚あるんだわ。あと、ホテルも押さえられてるみたいなんだけど、
俺は姉夫婦が京都にいるから、要らないんだよ。ちょうどその時期はルミナリエやってるし。
大阪にいた頃に3回行ったけど、綺麗だったよ。まぁ、自分の周りを見ると堪えるけど」
 そこまで話されれば、祐麒も桂の思惑が判る。
「分かりました。ただリコにも聞かないといけないから、返事は1日待って貰えますか?」
 桂は「わかったよ」と言うと、電話を切った。
 電話を終えると、祐麒は階段を上って自室に戻り、乃梨子の携帯に電話をかける。
「はい。祐麒君、どうしたの?」
「今、大丈夫?」
「ご飯食べ終わって、洗い物してたとこだから、大丈夫」
 電話の向こうから、水道を止める音が聞こえる。
「実はさっき、佐倉さんから電話をもらって、交通費と宿代は要らないから、
24日に神戸に行かないか?、って言われたんだけど。リコ、どうする?」
「神戸?結構遠いね。あたしは祐麒君と一緒なら、別にどこでも良いから構わないけど、祐麒君は良いの?」
「うーん、俺もリコと一緒ならどこでも良いよ」
「じゃあ、決まりね。でも…」
 乃梨子は何かを言おうとして、口ごもる。
「どうしたの?」
「思い出したんだけど、クリスマスに可南子とお姉さんも関西にいるはず。
小笠原の新しいホテルが大阪に出来たか何だかで、招待されているみたい」
 それを聞いて、祐麒は祐巳宛に祥子からの手紙が来ていたのを思い出した。
「ま、さすがに向こうで会う事はないだろう」
「そうよね。神戸と大阪だものね」
 その後、2人はたわいもない話を1時間ほどして電話を切った。


12月24日 8:30

 東京駅・八重洲口にある喫茶店。
「おはようございます、佐倉さん」
 乃梨子はカウンターでコーヒーを飲む桂に声を掛ける。
「おはよう。お、いつもよりもかわいさ増量じゃないの」
 キャスケットをかぶり、黒いハイネックセーターに白のコート、
いい具合に色落ちしたジーンズという乃梨子の姿を見て、桂は独特の表現で誉める。
「で、旦那は?」
「すぐそこまで来たんですけど、何か忘れたらしくて、コンビニ行くって」
 しばらくして、駅舎内にあるコンビニの袋を持った祐麒がやって来た。
「ゴム忘れたなら、やったのに」
「違います。携帯のバッテリーが怪しかったんで、乾電池で充電出来るのをね。あと飲み物と軽食をいくつか」
 袋を覗き込むと、確かに携帯電話のバッテリーと、パックのお茶やカフェオレ、パンやおにぎりが入っていた。
「一応、朝は食べてるけど、お腹が空くとキツいからさ」
「ありがとう」
 こまめな祐麒の気配りに、乃梨子はさらに祐麒が好きになる。
「んじゃ、そろそろ電車が来る頃だろうから、行こうか」
 時計を見ていた桂が立ち上がると、3人は新幹線ホームへと向かった。


 新幹線に揺られること3時間弱。
 祐麒たち3人は、新大阪のコンコースを在来線ホームに向かって歩く。
「それにしても、びっくりですね。スイカが大阪でも使えるなんて」
 自分の財布(正確には中のスイカ)を眺めて呟く。
「ICカードの導入は関東のスイカが先だったけど、共通化はこっちのイコカが先だからね。
しかもこれ一枚で関西の私鉄にも乗れるし。だから、俺なんて大阪時代のイコカをいまだに使ってるもん。ほら」
 そう言って、桂はパスケースからイコカを出して、2人に見せる。
「それにしても、東京駅とは雰囲気が違いますね」
「そうね。東京駅が無機質なイメージだとすると、ここはジンワリとした感じがするかな」
「あとみんな、歩くの早い」
「ハハハハッ。確かに早いよな。大阪駅前なんて、さらにスゴい事になってるから」
 桂はケラケラ笑い終えると、2人に尋ねる。
「それはそうと、これから神戸行くわけだけど、2人はどうする?」
「一応、ホテルに荷物置いたら、北野の異人館をサラッと見て、それから南京町に行って夕飯を食べようかと」
「そう。ルミナリエも南京町の方が入口だから、ちょうど良いな。ただ、南京街は店内で食えると思わず行った方が良いぞ。
まぁ、大体の店が露店を出してるから、そこで食えば良いか」
「そうみたいですね。ネットでもそう書いてありました。だから、露店で買って食べるつもりしてるんです」
「まぁ、それがなら良いや」
 そう言うと、桂は神戸行きのホームへと降りていった。




12/24 19:00


 元町の駅を港の方に降りて大通り沿いにしばらく歩くと、右手に中華街が姿を現わす。
 東の横浜と並ぶ日本有数の中華街である南京町である。
 三宮でイベントスタッフと待ち合わせしていた桂と別れた祐麒と乃梨子は、ホテルにチェックイン
した後、シティループで北野まで行き、風見鶏の館やラインの館などの異人館を巡り、再びループに乗りここにやって来た。
「焼売とか肉まん以外にも、お粥とか色々あるんだね」
「そうだね。あっ、祐麒君。チマキ食べる?」
 湯気がもくもく上がる蒸籠を前に、乃梨子は尋ねる。
「2種類あるから1つづつ買って、半分個しようか?」
 そう言う祐麒に、乃梨子は「うん」と返す。
「熱いから気をつけて」
 お店の人からチマキをもらうと、2人は道端に寄って、買ったばかりのチマキを食べる。
「はふっ、はふっ。本当に熱々で美味しいね」
「そうだね。あっ、リコ、人参ついてるよ」
 そう言うと、乃梨子の口の横についた人参のかけらを指でつまみ取る。
 すると突然、クスクスと乃梨子が笑い出した。
「ど、どうしたの?」
「い、いや、ちょっと…」
 そう言っても乃梨子はまだ笑っている。
「何がおかしいか言ってくれよ」
 祐麒の言葉に、笑うのをどうにか止めて乃梨子が話す。
「何だか今日の祐麒君って、令さまみたいだなって思って」
「ハハハ、言えてるかも。ならリコにはもっと振り回されないとね」
「あたしは由乃さま、もしくは祥子さまですか?」
「あ、その線もあったか。そう考えると、令さんの相方って、どっちも性格がキツいなぁ」
 その言葉に乃梨子は再びクスクスと笑い出した。
「さてと…、お腹もそこそこふくれたし、時間もいい頃合だから、そろそろ行こうか?」
 祐麒は立ち上がると、乃梨子に手を差し出して立ち上がらせ、お尻の部分の砂などを軽く払う。
「えっと、会場はどっちだっけ」
「こっちだよ」
 そう言うと、祐麒は乃梨子の右手を掴み、歩き出す。


 南京町を大通り側に出ると、来たときにはされてなかった交通規制が敷かれ、道路が歩行者天国に変わっていた。
 2人が周りの流れに合わせてルミナリエのある通りに向かうと、ビルの影からきらびやかな光が現れる。
「うわぁ…」
「綺麗…」
 最近ではどこでもやっている光の芸術だが、本家の迫力に2人ともただ感嘆するだけだった。
 光の門を手を繋いで潜る。それはまるで不思議と幻想の世界へ続く道のような感覚を観る者に与える。
「なんだかあまりの光に溺れてしまいそう」
「その時は俺も一緒に溺れてあげるから」
 2人は互いにクスクス笑う。
「でもさ…」
 直前とは打って変わった雰囲気の呟きに、乃梨子は祐麒の方を向く。
「今は冬の風物詩としてやってるけど、本当はこれ、鎮魂のための光なんだよな…」
 ルミナリエのアーチを見つめながら祐麒は呟く。
「祐麒君…」
「まぁ、これは佐倉さんの受け売りだけどね。あの人は現実に触れた人だから。
まぁ、そんな事考えてても今は意味ないね。今夜は楽しもうね、リコ」
 祐麒は柔らかな笑顔を乃梨子にむける。
 乃梨子も同じように笑顔を向ける。
 いつもならそのままキスになるのだが、さすがにそれは我慢した。

 幾重にも連なる光の回廊を潜り抜け、2人は終着点である東遊園に辿り着いた。
「ここには壁みたいなルミナリエがあるんだね」
「ルミナリエって、あたしたちが潜って来たのと、目の前の、それと新幹線の駅のとこにあるのの3つみたい」
「へぇ、新神戸にもあるんだ」
 そんな事を話して歩いていると、前方に人だかりが出来ているのを2人は見つけた。
「行ってみる?」
「うん」

 近付いて行くと、人だかりの前にはステージがあり、その脇ではスタッフと思われる人間が、機器を色々といじっていり。
「すみません、これって、イベントか何かですか?」
 乃梨子が人だかりの中の一人に尋ねる。
「このあと8時から、ここで『青春!!ラジメニア』って、アニメとかの曲を生放送で流すラジオのイベントの特番があるんです。
観覧はタダなんで、興味を持たれたなら、見ていってはどうです?
今日は最近話題になってる『ナイトウォーカー』でベス役をやっているねこたまさんと、グリニッジ役の佐倉平太さんが来てますから」
 桂の名前を聞いて、2人は顔を見合わせ、少し笑う。
 しばらくして、放送中の注意などの前説のためにスタッフがステージに上がり、
続いてパーソナリティーの男女がステージに上がる。
 その様子を眺めていると、ポンポンと祐麒は右肩を叩かれた。
「はい?」
 振り向くと、そこには赤いピンで髪をいつもと逆に七三分けにした真美、いつも通りカメラを構えた蔦子、
夜間撮影用の機材を持った笙子の3人が立っていた。
「さっき、舞台裏で佐倉さんに会った時に2人も来てるって聞いてね。もしかしたらと思って探したの」
「真美さま、すごい読みですね。あたしたちも偶然いただけなのに見つけるなんて。こっちにはこの番組の取材のために?」
「いや、本命は大阪に出来た小笠原グループのホテルの取材だったんだけど、文芸部の方からも依頼されてね」
 そうこうしているうちに、公録が始まり、桂ともう一人のゲストが姿を現した。
「そうそう、小笠原と言えば、祐巳さんと可南子ちゃんも招待されてたみたいね。
あたし、祐巳さんと社長さんと話してるの見たわよ」
「すぐ後ろにいた可南子さんも、今日は髪を編み込んで、ちょっと格好良かったし」
「まぁ、被写体としては2人とも悪くないわね。あっ笙子、前行くよ」
 そう言い残すと、蔦子と笙子は前方へ移動してしまった。
「んじゃ、あたしも退散するわ」
 真美も前へ行こうとする。が、一歩踏み出したとこで2人の方を振り返る。
「そういえばさっき、『今日は大事な話もするから、ちょうど良いかもね』って佐倉さんが言ってたんだけど、
2人は佐倉さんから何か聞いてる?」
「いや、聞いてないですよ」
「あたしもです」
「なら良いわ。じゃあね」
 そう言い残すと、真美は今回こそ前方へ行った。
 2人がステージに目をやると、リスナーからの質問をゲストが答えるコーナーが行われていて、
高校生の女の子から「好みの恋人のタイプは?」という質問が出されていた。
『たまは、自分自身をよく理解してて、決断力のある優しい人ですかね。あとロン毛はダメです。たまの方が短いですから』
 最後のコメントに、会場からは笑いが起こる。
『僕は自分より背が低くて、可愛くて、髪がこんくらいで、考えごとしてる時に後頭部を掻くのが癖で、ハグハグして気持ちいい娘』
 桂のコメントに、祐麒は周りに聞こえないぐらいの声で付け加える。
「正確にはそれプラス、胸があって、それでいてスリムで…って感じだよね」
「うんうん。そんな感じだよね、離珠さん。あたしもあんな体型に生まれたかった」
 2人は周りに聞こえない程度の声で、話をする。
「えらく具体的ですねぇ」
 司会の女性パーソナリティーが突っ込みを入れる。
「実は昨日、結婚しましたから」
 サラリと言った言葉の重さに、会場はサーっと静まり返る。もちろん、祐麒と乃梨子も突然のことに固まっている。
 硬直が解けた始めた会場がざわめき出す。
「お相手は僕が一番信頼していて、一緒に居ると、素の自分に戻れる女性(ひと)です。
詳しいお話は、HPにてさせていただきますので、ここでは勘弁を」
 そこでやっと会場から「ワァー」という歓声が上がった。
「あっ、蔦子さんと真美さん。情報解禁は今日の11時だからね」
 桂の指示に、2人とも『了解』と親指を立てて応えた。


「あー、びっくりした」
 乃梨子は靴を脱いで、ベッドの上に倒れ込む。
「半日一緒だったけど、そんなそぶりもなかったんで、俺もびっくりした」
 祐麒も応接セットのイスに座る。
「他人のことだけど、こういうのって嬉しいよね」
「そうだね」
 祐麒は立ち上がると窓に近付き、カーテンを開ける。
「わぁ…」
 窓の外にひろがる夜景に、思わず乃梨子は声を上げる。
 神戸の市街地から少しはずれた場所にあるこのホテルからは、100万ドルの夜景と呼ばれる神戸の市街地の夜景と、
神戸港の夜景が望める。そこに今日はクリスマス用に施されたイルミネーションが華を添える。
「本当に綺麗だね…」
「うん」
 窓際に肩を寄せ合いながら、二人は夜景を眺める。
「リコ、ちょっと待ってて」
 そんな事を突然言って、祐麒は荷物のある隣りの部屋に駆け込む。
 1分ほどして、戻って来た祐麒の右手には、小さな小箱が握られていた。
「別に佐倉さんに当てられたわけじゃないけど、いま渡すべきだと思って」
 そう言う、祐麒は小箱を開ける。そこには小さな青い宝石がはめられた、銀の指輪が入れられていた。
「リコ、いや乃梨子さん」
「はい…」
 いつになく真剣な祐麒の表情と、これから言われるであろう大切な言葉を前に、乃梨子の心臓は人生で一番激しく鼓動する。
「貴女のウエディングドレス姿を、僕に予約させてください」
 言い終わった瞬間、部屋の空気がピンと張り詰める。
 時間にして3秒もないくらいだったが、祐麒には1時間にも等しく感じれた。
「ウエディングドレス姿どころか、これからの人生の節目は、常にあたしの隣にいてください…」
 そう言う乃梨子の目からは、涙が流れていた。



 乃梨子の左手薬指に指輪をはめると、2人はどちらからともなく口づけを交わす。
 より相手を感じようと、2人は絡まりつくようにキスをする。
「リコ…」
「祐麒…」
 一旦唇を離すと、ベッドサイドの明かりに浮んだ互いの顔を見つめ合う。
「祐麒…」
「愛してるよ、リコ…」
 そう呟くと、静かに祐麒はサイドライトを消した。











 あとがき
『スパムメールは勘弁してください』
 そんな訳で、川菜です。
 さて、祐麒×由乃を超えるマイナーCPでのドタバタラブコメをお送りした訳ですが、どうでしょうか?
 実はこの続きがあるんですが、あえて話をここで切らせてもらいました。
…まぁ、祐麒と乃梨子がどんな熱い夜を過ごしたかは、皆さんの想像にお任せします(笑)
 もし続きのご要望がありましたら、感想などとともに、鯨様のBBSか、僕にメールをお願いいたします。
 今回の舞台、神戸ですが、本当に綺麗な街で、僕も好きです。
 ただ、神戸に昔から住む友人の話だと、震災前はもっと綺麗だったというので、震災前に行くことが出来なかった事を悔やみますね。
 いろいろ書きたい事はありますが、このへんで。
 ごきげんよう
 
 

 
 
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...Produced By 川菜平太