■ ミッドナイトローズ
 
 
 
 
中央道を猛スピードで走るCBR400『DAIJIRO・SP』
 前を塞いでいたトレーラーを抜き去って、前方がクリアーになると、ライダーはメーターゲージに付けている時計を見る。
デジタル表示は21:54。
(あと日が変わるまで2時間しかないじゃない。お姉様の誕生日の今日中に着かないと、頑張ってる意味がないじゃないの)
 時速100キロで200Rの右コーナーをパスしていきながら、全身DAIJIROモデルで固めたライダーはそんな事を考えていた。
 ライダーの名前は細川可南子。リリアン女学園高等部2年。
 そしてお姉様の名前は紅薔薇さまこと、福沢祐巳であった。

 可南子がその事に気付いたのは、部活の合宿で諏訪湖に行くことが決まった時だった。
 全4日の予定が組まれていたのだが、そのなかの3日目が祐巳の誕生日と被っていたのだ。
 お姉様のことだから、部活のスケジュールと被ったと言えば、許してくれるだろう。
 しかし、それでは可南子の気持ちが納まらない。
 誕生日の日は直接逢ってお祝いをしたい。しかも、祐巳の誕生日を祝えるのは、これが最初で最後の機会である。
 だが、合宿をサボるわけにはいかない。
 そんなジレンマに陥って、可南子は薔薇の館の倉庫でウンウン唸っていた。
「可南子、必死に祐巳さまと逢う計画を考えているとこ、失礼するよ」
 そう言って入ってきたのは、乃梨子だった。
「可南子、あたしも考えたんだけどね、『弾丸作戦』はどうなの?」
「『弾丸作戦』?」
「そう、サッカーとかの応援で、日帰りで行ってすぐに帰って来るやつね。諏訪湖からなら日帰り出来ない訳でもないし」
「内容は判ったけど、合宿に出ている以上、1日も休めないわよ」
「わかってるよ。ただ、合宿と言っても練習やらに拘束されない時間、ようは夜の時間があるわよね?それを使うの」
「でも、それだと行きは良くても帰りの電車がないわよ」
「そこは裏の手よ。可南子、バイク乗ってるわよね」
「うん、確かに乗ってるわよ」
「バスケ部・諏訪湖合宿は、正午までに各自で諏訪の駅に行けば良いって報告書にあったわよ。どこにもバイクじゃダメとはないわね」
「ようは、諏訪の駅に正午に居れば良いと…」
 可南子と乃梨子は互いを見合って、ニヤリと笑う。
「さすがね、乃梨子さん」
「いやいや、何事も、自分の良い方にとらないとね」
 その後、乃梨子がネットが調べて、隣りの駅前に駐輪場がある事が判り、
バイクはそこに、ライダースーツは駐輪場に近い駅の入口にあるロッカーに置いて置く事、
当日中に祐巳に逢うには、諏訪を20時には出る事などが決まった。
 こうして、『お姉様に逢いにとんぼ返りするわよ』計画は実行を待つ事になった。

 そして計画決行当日。
 朝から可南子のテンションは高く、いつもはあまり食べない朝食もしっかり食べ、朝練でもシュートをバンバン決めていた。
 可南子の絶好調は昼も続き、ゲーム練習では3Pやレイアップを次々に決めて、ディフェンスでもブロックショットをバシバシ決めていった。
 その様子に、周囲は『明日は雪でも降るか』と心配していた。
 そうこうしているうちに日は暮れ、時刻は18時を少しまわったあたり。
 夕飯を終え、お風呂に行ったり、部屋で話をしたり、姉妹のところはどこかへ行ったりと各自、思い思いの時間を過ごしていた。
 可南子は食事後、すぐさまお風呂に入り、Tシャツとロングスパッツに着替えた。
 そして今は自分たちの泊まっている部屋で、大きなバックから必要な物をウエストパックに入れ替える作業をしていた。
 室内には可南子しかいない。
「これで準備よし。あとは…」
 そう言って可南子は廊下に出て、非常口の鍵が開いてる事を確認する。
 あとは伝言のため、同室の鯨かその妹のケロリン、もしくは未来が帰って来るのを待つだけだ。
 出来るだけ鯨・ケロリン姉妹が帰って来て欲しいと願っていると、願いが通じたのか、手を繋ぎながら2人が帰ってきた。
「可南子さん、帰りましたよ」
「お帰りなさい」
 可南子は最上級の笑みで二人を出迎える。
 こういう表情をする人は何か企んで居る。それが判っている鯨とケロリンはそれまでのラブラブな気分が一気にブっ飛んだ。
「な、何かしたかな?それとも、何をすれば良いのかな?」
 先にフリーズから解けた鯨が尋ねる。
「あたしたちに出来ることなら、なんでもやります。ね、お姉様」
 ケロリンも必死に言う。
「実は、今から諸事情でちょっと消えるから、誤魔化しておいてね。今までどこでナニしてたかとか
、昨日のシャワー室での事は聞かないから」
 笑顔で話す可南子に対し、2人再びフリーズし、冷や汗をダラダラ流しながら、可南子の話に頷いていた。

 非常口からうまく宿舎を抜け出て、諏訪の駅に着いたのが19時15分頃。
 都市部に比べれば本数が少ないが、ラッシュ時とあって電車はすぐ来て、隣り駅に着いたのが19時23分。
 すぐさまロッカーから中身を取り出すと、可南子はトイレに飛び込み、すぐさま着替え出した。
 バイクと揃いのデザインのライダースーツは、レース中の事故で若くして亡くなった天才ライダーの名を冠したトップモデルで、
表は摩擦に強い合皮、裏地はストレッチ素材になっていて、可南子のスタイルの良い体にぴったりとフィットする。
 実はこの装備一式やバイク、可南子がバイクの免許を取得したという事を知った可南子の父が、
母や夕子と出費し、古い友人の伝てで購入した物で、バイクも型遅れではあるが、元々は100万、
購入時でも正規で買えば70万はするトップモデルのマシンである。
 ヘルメットなどは、自分もお金を出したり、採寸など行っているので値段を知っていたものの、
バイクは父が選んだので、はじめは値段を知らなかったが、
後で乃梨子にネットで調べてもらい事実を知り「バイクに乗り始めたばかりの人間にこんな良いモノ、与えないでよ」と、
3人に泣きながら怒ったぐらいである。 そういう事もあり、このバイクたちは可南子の大切なモノランキング第2位になっている。
 ライダースーツに着替えると、可南子はバイクに向かいつつ、乃梨子に電話をかける。
「可南子?今、どこにいる?」
「バイクの所に向かうところ。鯨さんたちに『お願い』して来たから大丈夫」
「…了解。それと祐麒君にはこのこと言ったよ。で、祐麒君から伝言。『気をつけて』だって」
「わかってるわ。道の方はどう」
「道.comのリアルタイム情報だと、首都高が混んでるみたいだから、八王子で降りた方が良いよ。
予測も可南子が来る頃は、まだ渋滞が解消されてないだろうってなってる」
「下道使うなら、すぐ出ないとキツいわね。ありがとう」
 電話を切ると、可南子はバイクを駐輪場の外に押し出していき、グローブとフルフェイスのヘルメットを装着する。
 そして、タイヤの空気圧とガソリンの量をチェックするとバイクに跨がり、エンジンをかける。
 ホンダ車独特のエンジン音が周囲に響く。
(このコ、やっぱり良い音するね。ヨシヨシ)
 愛車にホレ直すと、可南子は駅前の時計塔に目をやる。
(今が19時48分、間に合う!!)
 可南子は地面を蹴り、アクセルを噴かした。

 その後、一度休憩と給油のためにSEに10分ほど停ったものの、あとはずっと走り続け、今に至る。
 遠距離トラックなどを抜かし続け、可南子の駆るバイクは、県境を越えてついに都内に入る。
(どうにか間に合いそうね)
 高速を降りて、下道をしばらく走ると、いつも通学で使うM駅前に出る。
 ロータリーの向こうの交差点を曲がれば、祐巳の家まではあと少し。
 可南子は逸る気持ちを押さえながら、その交差点を曲がる。
 曲がって直線に入った瞬間、可南子は道路脇に、見覚えのある白いオデッセイが停車しているのを見つける。
 すぐにブレーキをかけて減速し、その車の後ろにバイクを停車させる。
 可南子がヘルメットを外してバイクを降りると、車からも1人の小柄な少女が降りてきた。
「お、お姉様…」
 それはまさしく可南子の姉である祐巳だった。
「祐麒と乃梨子ちゃんの電話を偶然聞いちゃってね。はじめは可南子が来るのを待ってようと思ってたんだけど…」
 祐巳は頭を掻きながら済まなさそうに言う。
「でも、どの道で来るかも判らないのに…」
「あたしは可南子なら、この交差点を曲がって来ると確信してたわ。
いつも家に行く時、ここを通ってるもんね。それに可南子とあたしの携帯、GPSが付いてるじゃない」
 可南子の前まで来ると、祐巳はポケットからリボンを取り出して、可南子の髪を結ぶ。
「頑張って逢いに来てくれたご褒美」
「これ…」
 ヘアゴムに大きなリボンが付いていている、祐巳がポニーテイルにする時に使っていたもの。
「前々から可南子にあげたかったのよ。可南子、あまり可愛いのしないけど、絶対に似合うって思っ
てたから」
 それを聞いて、可南子は祐巳に抱き付く。
「嬉しいです。お姉様」
 抱き締められた祐巳は、腕を動かして可南子の頭を軽く撫でる。

「じゃあ、そろそろ行かないとね」
 しばらく話をしたあと、駅前の時計を見て祐巳は言う。時間は日付が変わって0時30分を示している。
 可南子はバイクにまたがり、運転の準備を始める。
「あと1日、頑張って来ますね」
 そう言うと、可南子はグローブを付け、ヘルメットを被ろうとする。
「可南子…」
「はい?」
 名前を呼ばれて、可南子は祐巳の方に向く。

  チュッ

「!!」
 いきなり祐巳に唇にキスをされ、さすがの可南子もフリーズした。
「事故に遭わないおまじない」
 ペロッと舌を出しながらさらりと祐巳は言う。
「…どっちかというと、呪いっぽいですけど」
「じゃあ、もう一度したら完璧…」
「やったら、この場で剥いて、良い声で鳴かしますよ」
「遠慮しとく…」
 そう言うと、祐巳は車に戻る。
 可南子はヘルメットを被り、エンジンをかける。
「じゃあ、行きますね」
 運転席の横まで来ると、可南子はバイザーを開けて祐巳に告げる。
「本当に気をつけて行ってね」
 祐巳の呼び掛けに、可南子は親指を立てて答える。祐巳も親指を立てて応える。
 可南子は一気にアクセルを全開にして、クイックターンで方向を変えて対向車線に入り、走り出した。

「行っちゃったなぁ…」
 自分しかいない車の運転席で、祐巳は一人呟く。
「可南子、逢いたかったのはあたしも同じだからね…」
 そう呟くと、祐巳は日除けに貼ってある、可南子と初めてのツーショット―文化祭のご褒美の写真―の中で笑顔で笑う可南子をつついた。


 ごきげんよう、皆様。
 今回は祐巳の誕生日に可南子が頑張るって話です。
 とにかく、可南子をカッコ良くしたかったので、バイクに乗せてみましたが、皆さんはどう感じたでしょうか?
 まぁ、紅薔薇様がユーザーオーダーのお値段の張る車(オデッセイには車線キープ機能はついてな
いので)を乗り回している設定の世界ですから、あまり気にはしないでください。
 ちなみに作中で可南子が乗っているバイク『DAIJIRO・SP』は僕の願望なので実在しませんが、
DAIJIROデザインのヘルメットやウェアなどは実在します。
 最後に、設定をお借りした明日香様をはじめ、作品を読んでいただいた皆様に感謝します。
 嵐の後には澄んだ青空がひろがるように、苦しみの後には喜びがある事を忘れず…
 
 

 
 
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...Produced By 川菜平太