Title:『カニチャーハン以外』   ...produced by 滝  それは7月に入ったばかりの、暑い日の昼食時。 「あー、外は暑そうねぇ」  空調が良く効いた保健室の中、暢気に外を眺めているのは養護教諭・仁科恭子だ。  恭子の視線の先には、グラウンドでゆらぐ陽炎。  この日はどうやら、今年一番の暑さとなるらしい。  恭子がコーヒーを飲むためにグラスを傾けると、カランと氷が音を立てた。  “がちゃっ” 「はぁ、暑かったぁ……」  ふとそこに表れたのは古典教師・野乃原結。  その手には、いくつかの菓子パンや調理パンがある。  炎天下の道のりと、カフェテリアの混雑の果てに手に入れた戦利品だ。 「今日は遅かったじゃない、結」 「うん、いつもより混んでたから」  そう言って結はデスクにパンを置くと、冷蔵庫の扉を開いた。  ――そう、保健室には冷蔵庫がある。  勿論これは住み良い保健室を目指したが故に設置した、夏場では欠かせない機器だ。  冷蔵庫は恭子の私物が大半を占めているが、中には結の私物もあり、主に飲み物とプリンが入っている。  “とん”  その冷蔵庫の中から結はお茶のペットボトルを取り出し、これもデスクに置いた。 「最近ここでご飯食べる事、増えたんじゃない?」 「それは……ここが一番クーラーの効きがいいし、冷蔵庫もあるし」  パンの袋を破りながら結は言う。  どうやら住み良い保健室を目標としたが故に、住人が増えてしまったようだ。  だが恭子はそれを厭うような態度は見せず、それもそうね、とだけ言ってまたアイスコーヒーを一口飲む。 「さて、いただきます」  結は丁寧に手を合わせてから食事を始めた。  まずは調理パン――ウインナーロールを一口齧った後、余程喉が渇いていたのか、お茶をグイッと飲む。 「うあっ!?」  二口程飲んだ所で、結は素っ頓狂な声を上げた。  口を押さえ、目を潤ませる結を、恭子は不思議そうな目で見る。 「どうしたのよ? お茶に何か入ってた?」 「……そうかも知れない」  はぁ? と言いながら恭子は結の持っているペットボトルを取り、中身を見た。  別におかしな所は見当たらず、恭子はふと匂いを嗅いでみて気付く。 「ちょっ、結っ!? これブランデーじゃないっ」  恭子は信じられないといったふうに、大きく目を見開いた。  それはそうだ。アルコール度数が40%もある酒を、咽ずに二口も飲んだのだから。  外見はあれでも、舌と喉は大人なのかもしれない。  と、恭子は結が知ったら絶対に怒りそうな事を考えた。 「恭子……どうして冷蔵庫にお酒なんか……?  それに何でペットボトルに入れてたんでしょう?」 「どうして、って……そりゃ私だって泊まり込みで仕事してたらストレスも溜まるし、  ブランデーを瓶ごと冷蔵庫に入れておいたらかさばるし」  それは酷く真っ当な詭弁だった。  一般には知られていないが、恭子はウイルスの研究者で、泊まりこんで研究に打ち込む事も多い。  集中し、頭が冴え切って眠れない夜は、寝つけ薬に酒を用いていたのだった。  蓮美台学園の噂の一つ、保健室の冷蔵庫には酒が……というのは噂でなく、事実だったわけだ。 「とりあえず結、午後から授業なかったわよね? ベッド空いてるから、休んでおくべきよ」  恭子はそう言って、横になる事を促す。  どう考えたって、結は酒に強いようには見えない。  酔っ払って変な事をしないように、とそう勧めるのだが、結の答えは決して良い色ではなかった。 「そんなわけには行きません。B組は古典が遅れているから、社会の授業の時間を頂いたんです。  休んだらまた授業が遅れますし、折角授業の時間を割いてくれた桜井先生に何て言ったらいいのか……」  どうも不幸は重なるものらしい。  これでは結をおいそれと休ませる事は出来ない。  もし無理矢理休ませるにしても、理由を説明しなければならない事必至。  そうなれば、学校に酒を持ち込んでいる事が露見するだろう。  恭子の脳裏に『減棒』の二文字が過ぎると、授業に行こうとする結を止める意思は沈黙した。 「結、お酒を飲んだ事はある?」 「いえ……まったく」 「身体はどう?」 「ちょっと熱くなってきてるような……」  本人はそういうが、幸い顔に赤みがさしているような事はない。  溜息を吐きながら冷蔵庫にブランデーを仕舞いに向かう足取りはしっかりしているし、これなら酒が入っているようには見えないだろう。  場を飛び交う沈黙と苦悩。そして―― 「……分かった。結、授業をしててこれ以上の異変があるようなら、授業を中断して戻ってきて。絶対によ」  苦渋のゴーサイン。  対する結は「なんで手違いとは言えお酒を飲まされて、変な制約を付けられるんだろう」と不満顔だ。 「……恭子先生?」 「何?」 「高級プリン、3個」 「くっ、3個とは足元見るわね。……お酒のせいかしら」  恭子は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。  強気に埋め合わせを要求する結は、やはり酔っているのか。 「……とりあえず食べましょう。もう昼休みも少ないわ」 「そうですね。しっかり午後のプリンをする為にも」 「結、プリンじゃなくて授業よ」  こめかみを押さえる恭子。  前途は多難なようである――           #          #          # 「ねえ、久住くん」 「ん?」  昼休みも終わりかけた頃。  ふいに美琴は、次の授業の準備をしている俺に話かけてきた。 「次の授業、古典だよ?」  美琴の言葉に、教科書を持つ手が止まる。  いや、次は社会の授業のはずだったが。 「いつの間にそんな事になっている?」 「朝のホームルームで言ってたよ。聞いてなかった?」 「……朝は息を整えるので精一杯だ」 「あはは、今日もギリギリだったもんねー」  胸をはって言う俺に、笑って返す美琴。  そう、今日は特にギリギリだった。  時間は間に合うかどうかの瀬戸際だったし、外は暑いしで、今日は本当に厳しい戦いだったわけで。  だからまあ、聞き逃していても仕方あるまい。  それに今日は午前中に古典があったから、別段困るわけでもないし。  “キーンコーンカーンコーン”  俺が古典の教科書とノートを出すと、それを待っていたかのようにチャイムが鳴る。  教室を支配していた喧騒が、ほんの少しだけ小さくなる。 「でも午後一番に古典かぁ……戦況は芳しくありません」 「寝るなよ、美琴」 「うぅ……難しいかも」  “がららっ”  そんな会話を交わしていると、まだ冷めない喧騒に扉の開く音が混じった。  教壇に上がるまで姿が見えないというのは……あの先生に違いないわけだ。  さあ、また憂鬱な午後の授業が―― 「はい、それじゃあ授業を始めますので、みなさん席に着け」 「………………わお」  ――始まりまくった。  “かちり”  いつもと違う結先生の様子に、教室中が凍りつく。 「えっと、それじゃあ4限目の続きからなんですが……」  だがそんな様子を気にもとめず、結先生は鷹揚と教科書をめくり、授業を進行しようとする。  なんとか解けだしたクラスメート達はノロノロと席に着き、結先生の次の行動を見守った。 「じゃあ……藤枝さん。教科書の94ページを読んで下さい」 「あ、はい」  名前を呼ばれ、立ち上がる保奈美。  ……別に結先生に変わったところはない。  やっぱりさっきのは単なる言葉の綾だろうと、勝手に納得する。 「あ、それと藤枝さん」 「はい」 「ボケて、下さいね」 「え……野乃原先生?」  が、そう思った矢先にこれだ。  今日の結先生は、どこかおかしい。 「あの……ボケるって、それは教科書を普通に読むなっていう事ですか?」 「そうですよ。普遍的な大人なんて、いい事なんか一つもないんですから」  言っている事は正しいけどムチャクチャだ。  だけど……このデタラメな展開は面白すぎる。  おそらく一生に何度見れるかというぐらいの、保奈美のボケが繰り出されようとしているのだから。 「わ、分かりました……」  少し頬を赤らめて言う保奈美。  その言葉に『おおっ』と教室が沸き立つのと、保奈美が教科書をひっくり返すのは同時だった。  もしやそれは……一番ベタな。 「に、に西は日に東は月、や花の菜……」  所々から嗚咽が聞こえる。  おそらく保奈美ファンクラブの奴らの、憐憫の声だろう。  保奈美……お前はよく頑張った。ボケろと言われて素直にボケたその姿は、模範的生徒以外の何者でもあるまい。  そしてこの難題の出題者はというと。 「ぷっ……くくっ……ふ、藤枝さん、座っていいですよ」  ウケていた。必死に笑いを噛み殺して、肩を震わせていた。  それで確信する。結先生は、絶対に変だ。  ならば異議を申し立てる必要がある……と心に決めたその直後に、ズボンのポケットに入っていた携帯が震える。  珍しい事に、恭子先生からだ。いいのか、授業中に生徒にメールするなんて。 『突然だけど、結先生は今お酒が入ってるから注意してね』  なるほど、と納得しかける俺に歯止めをかける冷静な部分。  ちょっと待て、何で結先生が? 『何で結先生が、酒を飲んで授業してるんです?』 『お茶と間違えてブランデー飲んじゃったのよ』 『どうしてそんな事に?』 『それは追々話すわ。久住、結が変な事しだしたら止めてあげてね。お礼はちゃんとするから☆』  語尾の星マークを見て、眩暈がした。  どういう理由だか知らないが、結先生は酔った状態で授業をしている。  その事実を知っているのはこの場では俺だけで、それを止めなくてはいけないのも俺なんだけど……。 「……と、こういう有名な俳句の作者の名前を覚えておくと、テストで得するかもしれませんよ」  結先生の言葉に反応し、ノートにシャーペンを走らせるクラスメート達。  何だかんだ言いつつ、割とちゃんと授業を進行している。 「じゃあ次の所は……全力で船をこいでいる天ヶ崎さんに読んでもらいましょう」 「ふぁ……あ、えっ?」  結先生に呼ばれて、軽くヘッドバンキングしていた美琴はキョロキョロと辺りを見回す。  授業の異変にも動じず眠りかけていた美琴はいいとして、眠っている生徒は起こさない主義の結先生が美琴を指すとは。  いや、眠りかけはセーフなのだろうか? 「天ヶ崎さん、教科書を読んで下さい」 「えっと、何ページですか?」 「先生の話を聞いてなかったんですか?」  そんなの美琴の様子を見ていたら分かるだろうに、結先生は詰問する。 「私が昨日、夜遅くまで分かり易いようにと考えてきた授業の内容を、天ヶ崎さんは聞いてなかったんですね?」 「は、はい、すいません……」 「そうですか、ではお仕置きです」  にっこり。  結先生は笑いながら目を光らせた。  その手には、チョーク。  嫌な予感……というか、次に起こる事態を予測するのは簡単すぎた。  “ひゅんっ”  美琴に向かって宙をかける白いチョーク。 「あぶな……っ」  美琴を庇おうと、咄嗟に手を出そうとして。  “ゆらり”  そこに表れた黒い影に、俺は手を止めた。 「ふあぁぁ…………ムゴッ」  まるでチョークの軌道を読んでいたかのように、美琴の前の席の男子生徒があくびをして、チョークを受け止める。  ……それも身体を張った事に、口で。 「田辺くん。ダメですよ、そんな悪いタイミングで起きては」 「はい、すいまひぇん…………バリボリ」 「……謝ってる。しかも食べてる」  色々ツッコミ所はあるが、これで美琴は救われたのだ。  よくやったぞ、男子学生Tよ。 「ね、ねぇ久住くん。結先生どうしちゃったのかな?」 「きっと人生に疲れたんだよ」 「そっか……色々大変だろうしね」 「小さい分、余計にな」 「うん、そうかもね」  本人に聞こえていたら絶対に怒られそうな事を、結先生の的から外された美琴と言い交わす。  それで納得する美琴も凄いが、結先生の異変に対して既に順応しているクラスメート達も凄い。  お前らグレート、などと軽い頭で考えていると、ふいに携帯が震えた。  恭子先生からだろうか? と考えながら机の下で携帯を見るが、送信者の名前が違う。 『今日の晩ご飯は何がいい? まつり☆』  乙女チック街道まっしぐらなフォントに、ついつい肩の力が抜ける。  まったく、俺の彼女さんはいちいち可愛いな。  今夜の食卓の風景を思い浮かべ、晩ご飯には何がふさわしいか考え……ていると美琴につつかれた。 「久住くん、ニヤケ過ぎ」 「マジで?」 「マジマジ」  危ない危ない、と右手でグッと口元を押さえる。  晩ご飯も大切だが、今は結先生が変な事をし出さないように見守る事が優先事項。  今の所ちゃんと授業をしている結先生に視線を戻す。 「……というのがこの文から読み取れるわけです。それから――」  “うぃーん”  だが、俺の興を削ぐかのように再び携帯が震えた。  今度は恭子先生からだ。 『それで、報酬は何がいいのかしら?』  報酬……つまり結先生の面倒をみる見返りだろう。  だけど待てよ、まだ今日の晩飯を決めていない。  まずは順番に茉理の方から考えよう。  今日の晩飯……報酬……何がいい……晩飯。  ぐるぐると頭の中をかき回し、やがて答えを導き出す。 『カニチャーハンが食いたい』 『はあ? あんたそれが報酬でいいの? さてはお昼ご飯食べ逃したわね。  いいわ、作っておいてア・ゲ・ル』  ぬお、間違えて恭子先生に送ってしまったっ。  しかも勝手に納得してしまっているが……まあいいか。 「はい、じゃあ次はテスト範囲になる漢字の読みを勉強していきましょう」  そこでふと目線を携帯から外した。  テストという言葉に反応したのか、他のみんなも沈みかけていた視線を黒板に向ける。  カツカツと音を立て、結先生は黒板にいくつかの文字を書いていく。  勿論、全部黒板の下の方に。 「はい、じゃあ広瀬くん。この漢字を読んでください」  そう言って結先生が指したのは『首領』という文字。  ノートに書き写す手を止めた弘司は、戸惑うことなく答える。 「はい、『しゅりょう』です」 「ぶー、答えは『ドン』でした」 「……へ?」  はぁ? という視線を投げるクラスメート達。  どうもまた変な事を言いだしたが……まあ、弘司なら上手くかわすか? 「じゃあ次。これを読んで下さい」  そして指した文字は『鉄砲玉』 「えっと……『てっぽうだま』です」 「ぶー、『とっこう』でした」  うわぁ、やっぱりメチャクチャだこの人。  これはこれで傍観者としては面白いけど、間違った事を刷り込まれては堪らない。  ましてやテスト範囲となるところなんだから、しっかりして貰わなくては。  どこまで酔った結先生に通じるかは疑問だが、報酬が受理されてしまった手前、俺が結先生を止めなければ。 「ちょっとま……」 「ちょっと待って下さいっ」  意を決した俺の声に、覆いかぶさる女子の声。  その声の主は……委員長? 「何ですか、秋山さん?」 「先生、今日はちょっとおかしいですよ」  結先生の異変に、遂に物言いをつけ始める委員長。  こういう時にビシッと言うとは、流石リーダーシップの塊だ。 「何を言うんです? 私はいつも通りですよ。プリンプリン」  多分「プンプン」と言いたいんだろうが、個人的嗜好のお陰で「リ」が入ってしまっています、結先生。 「やっぱり……先生おかしいです。  もし体調が悪いのなら、保健室で休んでいた方がいいんじゃないでしょうか?」 「秋山さん。それは私を心配してくれているんですね?」 「はい、そ、そうですけど……」  言いながら委員長に歩み寄る結先生。  なんだろう。その一歩一歩が、見ているこっちにまで伝わってくるほどの威圧感を持っている。  きっと、教科書を丸めながら歩み寄ってくるフカセンよりも怖い。  その物々しい雰囲気に、委員長を始めクラスメート達が身体を強張らせる。 「……秋山さん」 「は、はい」 「いいコですね、秋山さんは〜」  なでなで。  結先生はまるで日向ぼっこをしている猫みたいな表情で、委員長の頭を撫でた。  なんじゃそりゃあ、とみんなの緊張が解ける。 「先生の心配してくれるなんて、秋山さんはなんていいコなんでしょう〜」 「うあぁ、せ、先生!?」  はぐはぐ。  更に結先生は委員長を抱きしめた。  勿論身長差から、その反対にしか見えないけど。 「せ、せんせぇ……」 「うふふ……秋山さん……」  まずい。どうも雰囲気があやしくなってきた。  最初は頬を緩ませていたみんなも、二人の様子に首を傾げ始めている。  “キーンコーンカーンコーン”  そこになり響く、救いのゴング。  ならば長居は無用。これ以上妙な事をし出す前に連れ出さないと。 「きりーつ、きおつけ、れいっ!」  委員長の代わりに号令をかけると、惰性でみんなそれに従う。 「はいはい結先生、保健室に行きましょうねー」 「うわっ、ちょっ、久住くん!?」  ベリっと結先生を委員長から引き剥がし、手を引いて教室を出る。  みんなに注目されてしまっているが……ここは結先生を連れ出すのが先決だ。  “がららっ”  俺達は勢いよく、教室を飛び出した。           #          #          #  結先生の手を引き、保健室に続く廊下を早足で進む。  好奇の色をした眼球達がこっちをみているが、気にしていたって仕方ない。 「久住くん、何をそんなに急いで……」 「あ、久住。いい所に」  そして階段との三叉路。  湯気が立っているカニチャーハンを持った恭子先生と鉢合わせる。 「恭子先生、丁度いい所に――」 「あ、直樹ーっ」  と、丁度いい所に丁度よくない声。  恭子先生とは逆の階段に、茉理の姿があった。  ちょっと待て、今の俺は結先生の手を引いていてただでさえ誤解されやすい状況にあるというのに……。 「ほら久住、愛情いっぱいのカニチャーハンよー」 「もう、久住くんってば強引なんですから〜」  あんたら揃いも揃って何を誤解されるような事を言いますか。 「……直樹?」 「待て茉理、誤解だ」  結先生の手を引き、恭子先生にカニチャーハンを差し出される俺を視認した茉理。  それはもう凄い剣幕で、俺は次の言葉を無理矢理飲み込むしかない。 「ねぇ直樹、メールに返事が来ないからこの場で聞くんだけど」 「はいぃ……」  にっこり。  茉理は額をヒクヒクさせたまま、笑顔で言った。 「今日の晩ご飯、何がいーい?」 「……カニチャーハン以外でお願いします」  その日の晩飯は、うまい棒とコーヒーだけとなった。                           <> #おまけ--------------------------------------------------  さくさく。  その日の晩、俺は茉理と食卓を囲んでいた。  俺の目の前にはうまい棒と、コーヒー。そして茉理。 「なあ、茉理。……さくさく」 「……なに、直樹? さくさく」 「何で茉理まで、うまい棒食べてるんだ?」 「……だって」  うまい棒の袋を破く手を止めた茉理は俺を見つめた後、視線を外しながら言う。  それはもう、しれっとした顔で言った。 「あたし、直樹と一緒のもの食べたいし」 「ははぁ……」  なるほど。  一人だけちゃんとした料理を食べるのに引け目を感じるワケじゃなく、一緒のものが食べたいから、か。 「おまえ、やっぱり可愛い」 「なっ!? そ、そんな分かりきった事、急に言わないでよっ」  そう言いつつも、頬を真っ赤にした茉理。  うむ、愛い奴よ。 「ば、バカな事言ってないで、さっさと食べてよね」 「はいはい」  コーンポタージュ味のうまい棒は、いつもより甘い気がした。                              <<閉幕>>