■ ポーカーフェイス迷い道いつの頃からだろう 「茶話会」 最近、リリアンでよく耳する言葉だ。 茶話会などといっているが、このイベントの参加資格は二年生と一年生のみ。しかも、スールを持っていないというのが必須条件。 このことから推測されるに、この茶話会は、姉、もしくは妹がいないものがそれぞれのつがいを見つけるためのイベントだろう。 瞳子には姉はいない。が、別にそのようなものは必用はない。故に、茶話会にも出るつもりはない。 ただ、瞳子は初めからスールが要らないと思っていたわけではない。 というよりも、ある人の妹になると最初から決めていた。 そう、瞳子の親戚でもありよき理解者でもある祥子お姉さまの妹になることを信じて疑わなかった。 いや、入った当初でさえ、そう思っていた。 なぜなら、祥子お姉さまの妹とやらがあまりにも祥子さまとお似合いでないと思ったからだ。 何故、祥子お姉さまはこのような人を妹にしたのだろうか? 瞳子の祥子さまの妹である福沢祐巳という人物に対する第一印象はそれに尽きた。 成績が良い訳ではなく、スポーツができるわけではなく、ましてや顔が良いわけではない。 いったい、何故? 部活の先輩などに福沢祐巳という人間を聞いても見た。だけど、具体的な答えは返ってくることはなく、ますます福沢祐巳という人間がよく見えなかった。 ただ、印象に残ったのは、大半の人間が、福沢祐巳と祥子お姉さまがスールということに対して違和感がない、いやそれどころか、あの二人が他のものと姉妹の契りを結ぶなど考えられない、というものまでいたほどだった。 理由を瞳子が聞いても、あの二人が他の人間をスールにしているということが想像できない、といったあまり理由になってないような理由が返ってきた。 それを聞いた瞳子は、自分が祥子さまの妹に相応しくない、と言われているようで面白くなかった。 それから瞳子は、福沢祐巳という人間を観察して、こう結論づけた。 おめでたいお方、だと。 福沢祐巳、あの人は、顔がおめでたい。 その顔の表情は、まるでマンガのキャクターのいつも目まぐるしく変わる。あれがもし演技だったらあの方は歴史に名を刻むぐらいの女優になるであろう。だけど、あれは紛れもない天然だ。 福沢祐巳、あの人は、性格がおめでたい。 あの方の性格は、いつもいつもとんちんかんな勘違いをいつも起こしている。いつも思い込んだら真っ直ぐで相手の迷惑を全然考えない。もう少し、落ち着きというものを覚えた方がいいだろう。 福沢祐巳、あの人は、行動がおめでたい。 あの方の行動は、そのおめでたい性格も相成ってか、いつもいつも余計なお世話というものの見本を相手の迷惑を考えずに起こしてくれる。しかも、その行動のおめでたさといったら普通では考えられない。その行動のおめでたさは、本人に敵対行動を取ったものに対してさえ発動される。 例えば、ある人間はその方に対して完全に自分自身のイメージでその方を偶像化し、それが間違いだと分かったら手のひらを返したかのようにその方を忌避するようになった。普通の精神であれば、そのかってな思い込みをした人間に対して軽蔑しか浮かばないであろう。事実、瞳子はそう思った。 だが、そのお方は怒ることも無くこともあろうか、その人間に対して自分自身が不利になるのを承知である約束ごとをしたりもした。 またある時は、集団行動である人間がよけいなトラブルを抱えたとき、その人間に対して、あなたは必要ない、と伝えるという役目を仰せつかったであろうその方は、その役目を放棄したばかりかその人間のトラブルをまるでわが事のように捉え、一緒に解決しようなどと提案した。 いい、迷惑だった。 ヒソヒソ ヒソヒソ 季節はもう秋に入っているというのに、まるで春の陽気にやられたとしか思えないような囀りが教室のあちこちで瞳子の耳に聞えてくる。 「ねえ、瞳子さんって、茶話会に参加されるのかしら?」(ヒソヒソ) 「それはするに決まっているんじゃないですの、だって…」(ヒソヒソ) 瞳子が声のする方を見ると、その囀りはとっても不思議なことにぴたりと止まった。 どうやらその囀りの内容は瞳子が茶話会に参加するかどうかという話題で、どういうわけか彼女らの頭のなかでは瞳子は茶話会に参加するということが決定しているみたいだった。 (不思議。ふふ、とっても不思議だわ) 何故なら、瞳子は一度たりとも参加するなどといっておらず、それどころか話題にすら上げたことも無い。 何を考えているのだろうか、この人たちは? 頭の中が春のように花が満開で咲いているとしか思えない。 その彼女たちの様子を見て、瞳子は自分の唇が緩やかに上がるのを自覚した。 (うふふ、いったいあの方たちは何を考えているのかしら? 正直、おつむの方を疑うわね) 何か聞きたいことがあるのなら、面と向かって聞いてくればいい。そうした彼女たちも満足して、あの奇行ともいえる囀りを止めようというものを。 (いくらでも教えてあげるのに、瞳子はお茶会には参加しません、と) 当人に聞かずして、どうしてそのようなことが分かるのだろうか? 是非、その不思議な思考回路というものを瞳子にご教授していただきたい。間違いなく、舞台で彼女らに近い役柄を演じるときに役に立とうというもの。 それは「道化」という名の役柄。 だって、そうだろう。彼女たちは自覚が無いのだから。自分たちがどれだけ愚かな事をしているのかを、どれだけ卑怯なことをしてるのかを。 人は決断を下すときに色々と外部から情報を取り入れその情報を知識に変え、そして思考によって決断を下す。 それなのに、彼女たちの高尚な思考は初めの二つをばっさり無視して同じ判を押したかのように「瞳子は茶話会に参加」というのを前提に行われている。 (ふふ、あの人たちは分かってるのかしら。あなたたちの囀りは「偏狭」という名の鳴き声だということを) そうだ、心優しい誰かが教えてやればいい。彼女らの一人一人のそれは「偏見」という名のものであって、彼女たちのそれは「衆愚」というものだということを。 だからこそ、瞳子は彼女たちの囀りを無視することに決めた。彼女たちを相手にしないことに決めた。 そして、参加しない瞳子にとって関係などあるはずのない茶話会のことなど気にしないことに決めた。 それなのに。 それはまったくもって、不意打ちだった。 初めは瞳子の友達でもある乃梨子がうわの空で同じ所を掃いているから、軽く注意してみた。ただ、それだけ。 その後、いくつかのやり取りがあった後、乃瞳子がゴミ箱に箒と塵取りで集めたゴミを捨てようとした時、乃梨子が瞳子にあることを質問してきた。 とても短い言葉だった。とてもシンプルな質問だった。 「祐巳さまのこと、どう思っている」 でも、瞳子はその質問に即答できなかった。 瞳子はその質問の意味を考えながら、とりあえず、質問の意味を図りかねる、といった表情を浮かべながら「どう、って」と返した。 それはただの時間稼ぎ。おそらくこの友人は「踏み込んだ意味」で聞いてきてるのだろう。だが、それをあえて無視して瞳子個人としてではなく、福沢祐巳さまの風評は、といったニュアンスで質問に答える。 「落ち着きが無くて、お顔の表情が豊かで、お人好しで、おっちょこちょい」 そうだ。あの人は、いつも落ち着きが無くて、いつも他人のために無防備に笑ったり怒ったりして、底抜けにお人よしで、そして後先考えずに行動を起こす。 あと、どうしてだか。 「それから、一年生に人気がある、らしいわね」 そう、あのお方はやたらと一年生、いやおそらくは学年を問わずリリアン全生徒に人気がある。 それについては不思議、では無いのかもしれない。別に瞳子があのお方をどうこう思っているわけではないが、あくまで一般論として、あのお方は見てる方が腹が立つぐらい他の人間に、それも分け隔てなく自分との利害と関係なく全力でお節介をやいて、要りもしない救いの手を差し伸ばして、そしてその手を相手から拒否されて自分が傷ついてもまた性懲りも無くあの無防備なまぬけ顔を相手に向けてくる。 あれだけの「おめでたさ」を振りまけば、まず「嫌い」と答えるのは難しいだろう。 瞳子がそこまで答えると、乃梨子は「そうだね」と微笑をしながら返してきた。 その微笑を見て「この話題」は終わったと判断した瞳子は心の鎧を脱ごうとしたその時、まるで狙い図ったかのような鋭い一撃が目の前の友人から放たれた。 「祐巳さまの妹になりたいと思ってる?」 体が、そして思考が凍りついた。 ……今、何と、言った? この、目の前の、人間は。 その質問の意味を理解したとき、瞳子は自分の顔が引きつるのがわかった。いや、分かったような気がしただけかもしれない。それだけその「質問」は、瞳子に鋭く深く突き刺さった。 これが、別の人間。教室で頭が春の囀りをしている連中の一人からだったら、何を言ってるのかしらこの人は、といった嘲笑のような笑みを浮かべながら「さあ、そんなの知りませんわ」と答えることができただろう。だって、彼らにそのようなことをわざわざ答えてあげる義理や、まともに相手をしてあげる慈悲の心など瞳子は持ち合わせていないのだから。 でも、目の前のものに対してそのように答えることができなかった。 そう答えるには、あまりにも乃梨子の眼は真っ直ぐだった。 ただ、瞳子は煮えたぎる自分の心を押さえつけながら 「それを聞いて、どうするの?」と返した。 否。そう返すのが、やっとだった。 瞳子がそう言うと、乃梨子は少しだけ身じろぎをした。が、すぐにそれは止まり、その顔を瞳子の方に向けてくる。 その視線は、何の迷いも無いように感じられた。 ぱたぱた ぱたぱた 二人の横を、クラスメイトたちが足音を立てながら通り抜けていく。幾人かは二人の方に挨拶のようなものをする者や、怪訝そうな視線を向けてくるものもいた。そのなかに、ひときわ大きいクラスメイトが二人の横を通り過ぎていった。その表情に少し苦笑ようなものを浮かべていたのを冷静ではなかった瞳子は気がつかなかった。 ぱたぱた ぱた・・ぱ・・た 二人の横を通るものがいなくなったとき、乃梨子が一句一句かみ締めるかのように口を開いた。 「私、瞳子の力になりたい」 その言葉は短いけど、真っ直ぐで、真剣で、純粋で、そしてなにより温もりがあった。 だけど、それ故に。今の瞳子に、それは重荷にしかならない。 (力になりたい? だれの、なんの、ために? この、松平瞳子のために?) それは、なんのために? (……ああ、乃梨子さん、二条乃梨子さん。あなたはお優しいですのね。知ってましたわ。ええ、知ってましたとも。ここ最近、それとなく私のことを気にかけてくれていたのは) でも。 (あなたには分からないのかもしれませんけど、いえ、おそらくは分かって仰っているのでしょうけど、それは「余計なお世話」というものですわ) 瞳子は、そう乃梨子に心で語りかけていた。 ただ、自分でも気がついていたのかも知れない。さきほどの「余計なお世話」とは、自分自身を納得させるためのものだったのかも知れないのを。 何故なら。 (だって、あの方は何も私に言わない。別に、あの方は私のことなどなんとも思っていない。…私だって、あの方のことなどなんとも思ってなど……いない) 故に。 「乃梨子さんの力を借りることなんて、なにもないわ」 瞳子はそう言って、乃梨子の返事を待たずその背を向け教室を後にした。 その背中に、瞳子の名を呼ぶような声が聞こえたような気がした。 が、瞳子が振が返ることは無かった。 (……そう、力を借りることなんて、なにも、ない) 終わり。
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